妹への贈り物だと言われた指輪に、私の名前が刻まれていました
宝飾店の主人が差し出した小さな輪を、私は窓の光へかざす。内側に彫られているのは、間違いなくマノンという綴りだった。その隣にはユストの名前があり、二つの名前の間を細い蔓の模様がつないでいる。
「これを、消すのですか」
主人の問いに、すぐには答えられなかった。店へ来たのは、寸法を直した妹の指輪を受け取るためだ。母から渡された預かり証にも、直し代を入れた財布にも、刻印の話などなかった。
「妹は、そう頼んだのでしょうか」
「ええ。輪を広げるのと一緒に、と。ただ、注文主からお聞きしていたお名前と違いますので、確認が済むまで手をつけておりません」
私の手の中で、黄色い石が光った。淡い蜂蜜のような色。その両脇に、小さな葉が彫られている。
六週間前、この店で見た図案を思い出した。大きな石は普段使いに向かないと私が言うと、ユストは、それなら毎日つけられるものにしようと答えた。石を留める爪に手袋が引っかからないようにと、主人へ何度も尋ねていた。
「この指輪の注文主は、ユスト・ヴァレル様ですか」
「はい。お二人で図案をお決めになりましたから、こちらでも妙だと思いまして。妹様にお尋ねしても、お母様に聞いてほしいとおっしゃるばかりで」
主人は私の顔を見て、声を落とした。
「ご事情が変わったのでしたら、注文主のご意向を確かめさせていただきます。お急ぎでも、そのままお渡しはできかねます」
私は頷き、指輪を受け皿へ戻した。手を離すと、指先が冷えていることに気づく。
十日前、母に言われたのだ。ユストから届いた指輪は、妹のポリーヌへの贈り物だったと。
「あの方も、ようやく自分の気持ちが分かったのでしょう。お前も薄々、気づいていたのではないの」
北方の街道調査へ出て以来、彼からは一度も手紙が来なかった。最初は忙しいのだと思った。次には病気を心配し、それから、私の書いたことがつまらなかったのかと、自分の手紙を思い返した。
妹は母の隣で、困ったように笑っていた。
「私も驚いたのよ。でも、あの方がお好きなのは私みたい。お姉様から婚約を譲ると言ってくだされば、誰も困らないでしょう?」
何を言っているの、と聞いたと思う。けれど、そのあとのことはよく覚えていない。ユスト自身に確かめたいと言ったら、帰ってきた方を責め立てるのはみっともないと叱られた。
私はその晩、机の前に座り、何も書けずに夜を明かした。引き出しには、彼から以前もらった手紙がしまってある。読み返すと今の自分が余計に惨めになる気がして、触れなかった。
「……ユスト様が妹へ贈り直すよう、頼んだ可能性はありますか」
尋ねた声が、思ったより小さかった。主人はすぐ首を振らず、奥から注文控えを持ってきた。
「当店で伺っているのは、マノン様への婚約指輪として、この形で仕上げることだけです。お届け先も、お名前も、変更のご連絡はありません」
差し出された紙には、石の色も、寸法も、私の名も記されていた。六週間前の私が、間違いのないことを確かめて頷いた控えだった。
「ご本人に、手紙を届ける方法はありますか」
「街道調査のお仕事でしたね。ご出発前に、宿舎の宛先をお預かりしております。仕上がりについて、こちらからもお便りを差し上げましたので」
私は財布の中身を確かめた。指輪の直し代として預かった金には触れず、自分の小銭入れを出す。速達の使いに頼めるだけの金額があると分かり、ようやく少し息ができた。
「紙とペンを、お借りできますか」
主人は売り台の端を空けてくれた。私は日付と自分の名前を書き、それから、できるだけ短く用件を続けた。
指輪を妹へ贈ったと聞きました。けれど、店で私の名前を見つけました。妹は、その名前を消すよう頼んでいたそうです。あなたのお気持ちを、あなたから聞かせてください。
書き終えても、封はすぐにできなかった。妹を好きだという返事が来るかもしれない。それなら、今度こそ信じるほかない。
それでも、返事を待つなら、自分で尋ねたことの返事を待ちたかった。
*
家へ戻ると、ポリーヌが玄関まで出てきた。私の手に小箱がないのを見て、笑顔が消える。
「指輪は?」
「受け取れなかったわ。注文主に確認したいことがあるそうよ」
「お母様の預かり証を持っていったでしょう?」
「持っていったわ。でも、私には頼まれていないことまで、お願いされていたから」
妹は母を呼びに行った。私は帽子を脱ぎ、いつもなら召使いに預ける財布を、自分で応接間へ運ぶ。母の前へ預かり証と直し代を置いた。
「どうして持って帰ってこなかったの」
「指輪の内側に、私の名前がありました」
母は紙へ目を落とした。それから、何でもないことのように息をついた。
「初めはお前へ贈るつもりだったのでしょう。事情が変わったのだから、直していただけばいいことです」
「その事情を、私はユスト様から聞いていません」
「手紙も来ないのが、お返事ではないの」
それは、私が十日間、自分に言い聞かせていた言葉だった。彼から手紙が来ない。だから、母の話は本当なのだろうと。
「指輪に添えられていた手紙は、どこにありますか」
「あの方を疑うつもり?」
「読みたいんです」
母は黙った。ポリーヌが、その袖を引く。
「お姉様。もう決まったことを、今更どうして」
「誰が決めたの?」
妹は答えず、母を見た。私は二人の顔を順に見て、返ってこない言葉を待った。いつもなら、この沈黙に耐えられなくて、私から話を終わらせていた。
「今日は疲れました。部屋へ戻ります」
お辞儀をして、戸口へ向かう。母は、マノン、と強い声で呼んだ。
「余計なことをして、あの方に嫌われても知りませんよ」
扉の取っ手を握ったまま、私は目を閉じた。もう嫌われたのだと思って泣いた夜を、母は知っている。それでも、同じ言葉で私を止められると思ったのだろう。
「それも、あの方から聞きます」
自分の部屋へ戻り、鍵をかけた。椅子に座ると膝が震え始め、私は両手で押さえた。母に言い返したことが怖い。尋ねた手紙がユストに届くことも、届いたあとの返事も怖かった。
引き出しを開け、以前の手紙を一通だけ取り出す。私の好きな焼き栗を見つけたから、次に会う日に買っていく、と書かれていた。読み終えると、出かけたときのことまで思い出した。彼は待ち合わせに遅れ、栗を焼いていた店主がなかなか袋へ入れてくれなかったのだと、息を切らしながら説明した。
私は、あの人にまた会いたかった。
返事が届いたのは、翌日の昼だった。宝飾店に寄せられたものを、私が頼んでおいた使いの少年が運んできてくれた。屋敷の門前で待つよう伝えていたので、私は昼の散歩に出るふりをして、それを受け取った。
封を開けると、見慣れた右上がりの文字があった。
『指輪は君のものです。ポリーヌ嬢へ贈った事実はありません。君の名前を消させないでください。明日の午後、そちらへ着きます。できれば最初に、君と話したい』
私はその場に立ったまま、何度も読み返した。もう一枚、短い紙が入っている。出発直前に私の速達を受け取ったこと、返事は同じ使いに託したことが記されていた。
『ご家族から聞いた話と、君の手紙が食い違っています。私も、君に直接確かめるために帰るところでした』
最後の一文を読んで、私は手紙を畳んだ。ただ嬉しいだけでは、会えないのだと分かった。彼も何かを聞き、そのために帰ってくる。
私は使いの少年に礼を払い、もう一度、伝言を頼んだ。明日の午後、宝飾店の隣の茶店で待っています、と。
*
約束より半刻早く着いたのに、ユストはもう店にいた。
窓に近い席で、卓上の手袋を両手で握っている。扉の音に顔を上げ、私を見つけると立ち上がった。道中で上着が皺になっている。髪も、いつもより少し長かった。何を話そうかと考えていたはずなのに、その姿を見ただけで、用意した言葉が出てこなくなる。
「マノン」
名前を呼ばれ、私は頷いた。彼は椅子を引き、私が座るのを待ってから向かいへ戻る。卓上に置かれた手袋の片方が裏返っていて、手首の内側に小さな結び目が見えていた。
「まだ、使っていたんですね」
彼の指が止まった。去年の冬、私が編んだ手袋だった。右の親指だけ長くなってしまい、一度ほどいて編み直したので、その根元に糸の継ぎ目がある。
「北は、朝が冷えるんだ」
「新しいものを、買ってくださってよかったのに」
「まだ穴も開いていないよ。指も動かしやすいし」
ユストは右の手袋をはめ、指を曲げて見せた。私は親指の先を見つめる。編み直したあと、もう一度はめてもらい、長さを確かめた。私が気にするほどのことではないと彼は笑ったけれど、私はどうしても直したかった。
「捨てたのかと、思っていました」
彼は手袋をはめたまま、私を見た。
「どうして?」
「もう、私のものなんて、持ちたくないのかと」
「そんなことを、誰が言ったの」
責める声ではなかった。だから、かえって答えるのがつらかった。私は鞄から、彼の返事を取り出して膝の上に置いた。
「お母様から、指輪は妹への贈り物だと聞きました。お手紙も来ませんでしたし……あなたのお気持ちが変わったのだと」
ユストは内ポケットから封筒を出した。私へ渡す前に、少し迷うようにその表を見つめる。
「僕にも、君が婚約を解消したいと言っていると、手紙が来た」
差し出された封筒には、母の字があった。中の便箋を開くと、私が別の縁談を望んでいること、そのためユストからの手紙への返事もできなかったことが書かれている。続いて、ポリーヌは以前から彼を慕っていたので、よければ改めて縁談を考えてほしい、とあった。
私は最後まで読み、紙を卓上へ置いた。手を離しても、細かく震えているのが自分で分かる。
「違います」
「うん」
「別の縁談なんて、望んでいません。お返事だって、来ていないから、書けなくて」
「僕は、四通送った。出発してすぐと、その次の週に。そのあとは君から来なかったから、具合でも悪いのかと思って」
ユストは、こちらを急かさずに待ってくれた。私は水を一口飲み、四通とも読んでいないと伝える。自分でも三通書き、いつものように、母がまとめて出す便りに預けたことを話した。
「最後の手紙に、杏の芽が出たって書いたんです。去年、二人で食べた実の種です」
ユストは首を横に振った。私が植えた種のことは知っている。けれど、芽が出たことは知らない顔だった。
「一つだけですけれど。鉢を外へ出したら、鳥が土を掘ってしまって。だから、窓辺で」
そこまで話して、私は口元を押さえた。来なかった返事を待つあいだ、何度も窓を見た。最初の葉が開いたことも、茎が伸びたことも、次の手紙に書こうと思っていた。返事が来ない人に何通も送るのは恥ずかしくて、途中でやめたのだ。
「僕は、君から別れたいと言われたと思って、ここへ帰ってきた」
ユストの声も、少し掠れていた。
「お母様の手紙を読んで、すぐに返事を書いた。妹君とのお話は受けられないし、婚約については君から直接聞きたいと。仕事を引き継ぐのに数日かかったけれど、帰る許可をもらった。その矢先に君の速達が来たんだ」
彼が、手袋を外した。親指の根元を指で撫で、卓上にそろえて置く。
「六週間、長かった」
私は頷くことしかできなかった。母が何をしたのかは、まだ母に聞かなくてはならない。けれど、私の知らないところで彼まで同じように待ち、傷ついていたことが、今は苦しかった。
「もっと早く、直接、確かめればよかったですね」
「僕も。君からの手紙が来ないなら、別の宛先を聞くこともできた」
二人とも黙った。店の女主人が紅茶を運んできて、食べ物はあとでよいかと尋ねる。私は頷き、温かい茶碗を両手で持った。ユストも一口飲んだが、そのあとすぐ、こちらへ身を乗り出した。
「指輪のこととは別に、一つだけ、今、君に聞きたい」
私は茶碗を置いた。
「婚約を解消したい?」
母の手紙にも、妹の言葉にもない質問だった。私がどうしたいのかを、彼が私に尋ねている。怖くなって、目を逸らしそうになったけれど、私は彼の顔を見た。
「したくありません」
口にすると、涙が落ちた。拭こうとしてハンカチを探すより早く、ユストが自分のものを差し出す。受け取った私の手に、彼の指が一瞬触れた。
「ずっと、会いたかったんです」
「僕もだよ」
彼はそこでようやく、私の手を取った。握り返すと、力を込めてくれる。赤くなった私の目を見て、自分まで泣きそうな顔をしたので、私はハンカチを半分返そうとしてしまった。
「大丈夫。まだ使っていて」
彼が笑った。私も少しだけ笑い、涙を拭く。まだ聞きたいことも、話したいこともたくさんあったけれど、その前に済ませなくてはいけないことがある。
「家で、お母様に確かめます。一緒に来ていただけますか」
「もちろん」
握った手を離す前に、私はもう一度、彼の指を確かめるように握り直した。
*
母は、ユストと並んで帰った私を見て、笑顔のまま立ち止まった。
「お帰りなさいませ。もうお戻りでしたのね」
「本日、マノンさんにお会いすると、私からご連絡を差し上げればよかったですね」
ユストは礼をしたが、私の少し後ろに立ったままだった。私は応接間の卓上に母の手紙を置き、その前へ腰を下ろす。立ったままなら、膝が震えているのを隠せなかったかもしれない。
「これは、いつ、私がお母様にお願いしたことでしょうか」
母は手紙を見て、私を見た。
「マノン。まずユスト様にお茶を」
「あとで結構です。お母様がお出しになった手紙について、お話を伺いたい」
彼の返事を聞き、母は向かいの椅子へ座った。廊下から来たポリーヌが、彼を見つけて頬を染める。けれど誰も席を勧めないので、母の椅子の脇で止まった。
「お前は待つのがつらいと、毎日、泣きそうな顔をしていたでしょう」
「だから、婚約を解消したいと書いたのですか」
「あの方は、これからも遠くへお仕事に行かれるのよ。お前のように思い詰める子より、ポリーヌの方が」
「私のお返事を預かったのは、お母様ですよね」
母が口を閉じた。私は膝の上で手を重ねたまま、続けた。
「ユスト様は、一通も受け取っていないそうです。私に届いた四通のお手紙も、どこにあるのでしょうか」
ポリーヌが母の顔を見た。その目の動きで、妹も手紙のことまでは知らなかったのかと思ったが、確かめずに決めつけるのはやめた。私は母の返事だけを待った。
「少し、考える時間を置かせたかったのです」
母はようやくそう言った。
「ポリーヌがあの方をお慕いしていると聞いて、お前も一度落ち着けば、妹に譲ることを考えられるのではないかと」
「……私が、嫌われたと思えばですか」
母の眉が動いた。私はその顔を見ていた。指輪のことを聞かされた夜、部屋で泣く私を慰めに来なかったことも、昨日、余計なことをすれば嫌われると言ったことも、母は覚えているだろうか。
「お前なら分かってくれると思ったのよ。妹には、もう何件も縁談が流れている。お前まで急いで決めなくても」
「私は、ユスト様と決めていました」
その隣で、彼が小さく息を吸った。
「手紙を、返してください。私が書いたものも、ユスト様が書いてくださったものも」
母は動かなかった。ユストが口を開く。
「私からもお願いします。保管していらっしゃるのですね」
しばらくして、母は召使いを呼び、書斎の鍵を取りに行かせた。手紙は、書き物机の引き出しにまとめてあるという。私の家の中で、私は何週間も、自分宛ての手紙を待っていたのだ。
「お姉様が断ったら、私にお話をしてくださるって、お母様はそう言ったの」
ポリーヌの声に、私は顔を上げた。妹はユストを見ていたが、彼が何も答えないので、今度は私を見る。
「指輪も、お姉様にはもういらないものだからって」
「それなら、どうして私の名前を消すよう頼んだの?」
「だって、私が使うのに、お姉様の名前があったら」
そこまで言って、妹は黙った。私は頷いた。自分の名がある指輪を渡されたのだから、知らなかったとは言わせたくなかった。
「指輪のことを聞かされた日、私に譲ってほしいと言ったわね。私は、いいと言った?」
妹は首を横に振った。
「これからは、私の返事を聞いて。お母様がいいと言っても、私が承知したことにはならないわ」
戻ってきた召使いが、七通の手紙を盆に載せた。三通は私の字で、封も切られていない。残りはユストからのもので、どれも開かれていた。彼が自分宛ての三通を取る。私は四通を受け取り、鞄へしまおうとして、少し手間取った。
「マノン。家族の中で済ませられる話でしょう」
母の声を聞きながら、私は鞄の留め金を閉じた。
「お母様の手紙は、もう家の外へ届いています」
母はユストを見た。彼は姿勢を正し、卓上の手紙を自分の側へ戻す。
「マノンさんとの婚約を継続します。ポリーヌさんとのお話は、お受けしません。両家の取り決めについては、母にも報告したうえで、改めてご連絡します」
彼の母親は、私たちの婚約を取りまとめてくれた人だった。大げさにすることはないと、母は言いたそうな顔をしたけれど、今度は私の方から尋ねた。
「ほかに、私が婚約を辞退すると伝えた方はいらっしゃいますか」
母は唇を引き結び、やがて伯父の名を挙げた。ポリーヌの縁談を世話してくれていた人だ。私は、伯父には自分から手紙を書くと伝えた。
部屋を出るときも、母は私の名を呼んだ。振り返ったが、今度は何も続かなかった。ユストが扉を押さえて待っている。私は母へ一礼し、彼と廊下へ出た。
*
部屋の窓辺で、杏の鉢を持ち上げた。
芽は、いつの間にか指の長さを越えていた。小さな葉の端に埃がついている。私は指でそっと払い、鉢を窓から遠ざけた。急いでどこかへ行かなければならないわけではない。それでも今夜は、母と同じ食卓へ座れる気がしなかった。
その晩は食事を部屋へ運んでもらい、伯父への手紙と、王都に住む伯母への手紙を書いた。しばらく滞在させてほしいと頼むと、伯母からは翌日、迎えの馬車と一緒に返事が来た。必要なものを持っておいで、という短い言葉を読み、私は植木鉢を包む紙を探した。
出発の前、母が部屋へ来た。私が杏の鉢を籠に入れているところを、戸口から見ていた。
「そこまで、家を離れたいの」
私は鉢の隙間に畳んだ布を詰めてから、母へ向き直った。
「今は、一緒に暮らせません」
「お前があの方と結婚すればよいでしょう。話は済んだのではないの」
母には、まだ済んだことにできるのだと思った。けれど、手紙が返ってきても、それを隠した母と、何事もなかったように食事をすることはできなかった。
「結婚は、ユスト様と相談します。今日は伯母様のところへ行きます」
籠を持ち上げると、母は扉の脇へ退いた。私は鞄に四通の手紙が入っていることを確かめ、部屋を出た。
伯母の家に着いた日は、借りた部屋で最初の一通を読んだ。ユストの宿舎の窓から、山が見えるという。朝食に塩辛い魚が出るので、毎朝、パンばかり食べているらしい。こんな話を私に伝えようとしてくれていたのだと思うと、笑っているのに涙が出た。
次の手紙には、私が寒くなると耳を痛がるので、来年は帽子も買いに行こうと書かれていた。三通目には、指輪の仕上がりを店に尋ねたこと。最後の一通では、私の具合を案じていた。返事は短くていい、元気だとだけでも知らせてほしい、とあった。
私は全部読み終え、便箋を日付順に並べた。どの手紙に何と返したかったか、今からでも書きたくなった。
三日後、ユストと二人で宝飾店を訪れた。伯母は買い物をしてから隣の茶店で待つと言い、店先で私たちを見送ってくれた。
母は、伯父とユストの母親へ事情を説明したそうだ。その話し合いを手伝いに来た伯母から、私にも伝えられた。母がどう話したのかは、いずれ確かめたい。今はまず、自分で指輪を受け取りたかった。
主人は私たちを見ると、奥から小箱を運んできた。ユストが注文控えを確かめ、残っていた代金を払う。主人が蓋を開くと、あの日と同じ指輪が、濃紺の布の上に載っていた。
「お名前は、そのままです」
私は礼を言った。ユストが指輪を取り上げ、内側へ目を落とす。それから、私に手を差し出してくれた。
「マノン。僕と結婚してください」
前にも一度、聞いた言葉だった。そのときは嬉しくて、はいと答えるだけで精いっぱいだった。今度は、私からも伝えたいことがある。
「はい。私も、あなたと結婚したいです」
彼の掌へ左手を重ねる。指輪は、直さなくても私の指に合った。ユストは石の位置を確かめ、私の指を包んだまま、ほっとしたように笑う。
「少し大きくない?」
「ちょうどいいです」
「手袋には引っかからないと思うけれど、もし気になるなら」
横で主人が咳払いをした。
「そこは、注文のときに十分お確かめいただきました」
ユストが口を閉じた。私は笑い、彼の手を握る。六週間前にも、同じやり取りをしていた。今度はそれを、懐かしいと思って笑えた。
店を出ると、ユストが外套を掛け直してくれた。私は彼に小さな包みを渡す。伯母の家で、昨日の夜に書いた手紙だった。
「三通は、もう受け取ったよ」
「それは、お返事を待っていたときのものです。これは、あなたのお手紙を読んでから書きました」
彼は包みを受け取り、その場で開こうとする。私は慌てて止めた。
「帰ってから読んでください」
「君からの返事を、ずっと待っていたんだけれど」
そんなふうに言われると、止められない。せめて座ってからと頼むと、彼は隣の茶店へ足を向けた。窓越しに伯母が気づき、こちらへ手を振ってくれる。
席に着くと、ユストは本当にすぐ、封を開けた。私は紅茶を頼み、砂糖壺の蓋を開けたり閉めたりしながら待った。向かいで、紙をめくる音がする。
「芽が出た杏は、持ってこられた?」
「はい。伯母様の家でも、窓辺に置いています」
「今日、見に行ってもいい?」
私は頷いた。次の頁へ進んだ彼の指が、途中で止まる。少し考えてから、そこに何を書いたのか思い出し、私は砂糖壺から手を離した。
今でも、あなたが好きです。会ったら泣いてしまって、言いそびれました。
ユストが顔を上げた。私は逃げるように目を伏せかけ、今度はそのまま彼を見た。伯母が何も言わず、窓の外へ顔を向けてくれる。
「僕も、君が好きだよ」
小さな声だったが、ちゃんと聞こえた。彼の手が卓上を越えて伸びてくる。私は指輪をつけた手で、その手を取った。




