第四席【顔合わせ】
さて、入会を決めてから数日後となる日曜日。明日からは勧誘期間が終了し、本入会となる。その間、部長にイメージがあると理解しやすいと言われ、自宅でも講談の動画を漁ったり、演目のあらすじを読んだりしていたのだが、そんな折こんなメッセージが部長から。
『もうひとり入会決まったわ。これで存続できそう、ありがとう中原君。明日は二人の顔合わせになるわ、よろしくね。追伸、勉強しすぎはダメよ? コンが詰まって良いのは最後の修羅場だけ』
「修羅場……」
どう言う意味だろう……しかし、僕はこれにてホッと胸を撫で下ろす。秋までに二人入会必須の課題はクリアできたのだから。
ちなみに玉縄先輩からもらったジュース。飲めないで自室の棚に保管しており、今ちらっと何気なく向いた視線に入ってきたわけだが、別に変わり種の味に怖気付いたのではなくて、飲むのがもったいないのだ。ご利益、ありそうだし。
そして迎える本入会当日の月曜日、部室にて。座学のようなものが始まるのかと思いきや、そうじゃなかった。机上に並ぶお茶やジュースにスナック菓子。部長はメガネを整え音頭を取る。
「中原君、田浦さん。このたびは、本当に入会してくれて感謝するわ。今日は懇親会と思って! 肩の力を抜いて楽しんでいってちょうだい。その中で、学校のことでもこの活動のことでも、気軽に話し合う場にもなればって思うのよ。
その前に、二人は初顔合わせだから紹介をお互いにどうぞ。田浦さんから、お願いできるかしら」
黒髪ストレートで、キリッとした印象の女子から透き通る声が出る。
「一年二組、田浦道葉です。私はもともと落語が好きで、でも落語研究部はあまり肌に合わなかったので、ここに決めました。
私は物語を創作するつもりはありません。既存の講談演目を自分なりに極めて、形にしようと思ってます。よろしくお願いします」
我が強そうな印象……そして、おでこのヘアピンが扇子の形であることに納得だ。しかし、創作しない……良いのだろうか? なんて思っていると部長はこう言った。
「はい、ありがとう田浦さん。いま彼女の言った通り、物語を創作するのはマストじゃないのよ。別に既存のお話をしてもいい。卒業生には、そういう人いたしね。だから、中原君も今後次第で路線を変えたっていいの。試合だとか大会だとかが無い分、本人たちが楽しめることが何より大切。それ無しでは、活動の意味はないのだからね。
はいじゃあ、次は中原君。よろしく」
「あっ、えと僕は――」
僕の紹介は結局、吃りがちでグダグダに終わった。初対面の人がいるだけでうまくいかないのはいつものことだ。
「ありがとう中原君。じゃあ、ここからは飲み食い自由で講談ならぬ歓談を始めるわよ! じゃあみんな、コップ持ってちょうだい」
「「せーの、かんぱーい!」」
しかしその乾杯をする玉縄先輩の手が強かったせいで、金沢先輩へジュースが飛び散る。
「わっ! ちょータマちゃーん」
「あーごめん金さん、まさかそんな位置に手が来ると思わなかった」
「いや普通に前に出しただけだよ」
「待って待って、あるある! はいハンカチッ!」
しかしそのハンカチなぜかグシャグシャ。そこで部長、みんなの思いを代弁する。
「え、なにそれ汚くない? どうやったらそうなるのよ。洗濯物の一番底に張り付いたみたいな。まさか何日間も入れっぱなしとかじゃないわよね」
「え? そんなことないよ」
「じゃあいつから入れてたのか覚えてるの?」
「分かーりーまーせん! いーじゃん、どうせ汚くなるんだから」
部長の顔が引き攣る中、金沢先輩が一歩身を引く。
「あのねぇそういうのはハンカチじゃなくって意味合い的には雑巾っていうんだよ……まーいいから俺持ってるから平気」
部長はお母さんのごとく、シミにならないようにこうしなさいだのと言っていたが、そんなやりとりを前に田浦さんが横で話しかけてきた。
「あなたは毎日くるつもり?」
「僕は、そ、そうだね……まぁそのつもりだけど」
実は、この同好会……聞いてびっくりしたのだが、なんと部室の活動参加は自由なのだ。しかしそれにはちゃんとした理由がある。
物語の創作活動がある。なので、部室にいなければいけないわけではなく、むしろ創作に必要なことを各々しなくてはならないわけだ。だから放課後に、自分の好きな場所に行って創作を練ったり、勉強のために出かけたりすることも多々あるらしい。部長は基本ここに来ているようだが、実は金沢先輩なんて週に一度くらいしか来ないそうだ(部室だと創作できないらしい)。ちなみに文芸部なんかも活動参加自由になっているという。創作系部活動では、珍しい話ではないようだ。
マストで参加義務があるのは、年数回の定期会と半年に一度の市民ホールでの合同定期発表会などなど。
「あなたは創作派なの?」
「え、いや……どだろ。まだ、分からないかな。これからその、決めれればって思ってる」
ぶっちゃけ、物語をまず作れるのかという不安。かと言って、既存の話を頭に入れられるのか? 言葉だって難しいし。
「ふーん、そうなの。ま、同じ一年生同士頑張りましょ」
「うん、よろしく……」
このあと、終始賑やかな様子で懇親会を終えたのだが、青春への第一歩。何が始まるか分からないが、何かがはじまりそうな期待に胸は膨らんだ。
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しかし、僕は早くも過酷な現実にぶち当たる。
「ぶ、部長……僕、無理かも、しれないです」
台本片手に愕然とした数日後。そんな弱腰な僕を意に返さず、部長は笑い飛ばす。
「あはは、無理じゃないかもしれないわよ? あのね、誰だってそんな最初からうまくなんていくわけないじゃないの。理想は頭に描かれているのだろうけれど、理想はゴール地点のお話。ここはスタートなの。理想がどれだけ先にあるかを測れればそれでいいの。焦らないこと。あと、楽しみなさい」
「はい……」
渡された練習用台本のワンシーンを読むよう言われたのだが……その録音を聞いて茫然自失。分かっちゃいたが、死ぬほどつまらなかった。棒読みだし、強弱がなくグダグダでメリハリがない。それは泣きたくなるほどに。玉縄先輩の姿には到底追いつけもしない。
「中原君はきっと、話す相手となる『誰か』を意識しすぎているのよ。『誰か』に話す前提で口を開くのではなくて、自分が一人語りをするように話すと緊張も解れるんじゃないかしら」
「はい……」
「いま録音したものと、未来に録音するものがどれだけ違うか認識できれば成長の実感も湧くはずよ。これはある意味記念。出発点なのよ、中原君」
とは言え、そのあとにやった田浦さんは驚くことにとても上手かった。実際、部長には発声と抑揚に関して褒められていたし。僕が国語の授業で当てられて教科書を読む小学生としたら、彼女はナレーター。そんな天地の差ほどある何かを、感じてしまわざるを得なかったのは事実だ。
負けちゃいられないだろう。玉縄先輩に追いつかないと。そんな気持ちは僕に今までなかった気持ち、たぶん悔しさという原動力というのを与えてきた。
すっかり滑舌や声量の練習でヘトヘトになった僕は、下校時刻となって田浦さんと部室を後にする。
「大丈夫? 顔色悪いけど」
昇降口に向かう中、田浦さんが聞いてきた。
「うん、大丈夫。なんか声出すのって意外と、体力いるんだなって」
「そうよ、結構疲れるの。でも慣れよね。お腹から声を出すのと、背中にピンッと棒を打って、頭の上から声を出すようにすると、強弱はうまくコントロールできると思うわ」
「そ、そうなんだ。ありがと……」
校舎を歩く僕らの足音。何か話すべきかと口をまごまごした僕はこう切り出す。
「あ、ああの田浦さんは、えっと……」
「え、なに?」
「その……な、なんであんなにうまいの?」
「そう思ってくれるのね、ありがと。でもあれくらい、上手い人なんてもっといる。私、衣笠部長の講談を聞かせてもらったんだけど、すごかったもの」
「え、そうなの? た、たしか……人情ものが得意とかって、どんな創作だったの」
「ううん、私の希望で創作じゃなくて、実際の講談の演目をやってもらったの。まるで本物を聞いてるようだったわ……とっても感動した。そこで、落語にこだわらなくてもいいかって思えたのよ。伝統芸能の話芸は、何も落語だけじゃないって」
「へ、へえ……」
「あんなふうに、意義深い伝統ある物語を読んでみたい。そして、感動させたい……より本物に近づいた本物を見せたい」
その目は真剣だった。どうして彼女は、こんなにも熱心に伝統芸能に興味を持っているのだろう。家族の人にそういう人がいるとかだろうか。やっぱり身近にいると興味を持ちそうだし。そんな疑問を持ったが、昇降口についてしまいあえなく聞けずじまいに。僕はひとり帰途へつく――




