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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅱ. はずれスキルの探偵社
7/7

 ネロはロンドンに来てから野宿で(しの)いでいたらしく、

「とりあえず、私のアパートメントに来なさい」

 と、世話焼きのクイーンが連れていった。


 エースは相変わらず女のところだろう。会合が終わるとさっさと帰った。


 探偵事務所に残ったのは、ボスとファイブ、ジャックの三人だ。

 それぞれが定位置で、いつものように書類を眺め、玩具をいじり、タバコを吸っている。


 すると、ボスが顔を上げた。

「いつから『見えて』たの、ジャック?」


 探偵社のボスである彼を、ジャックは『キング』と呼んでいる。付き合いは長い。帝国軍時代からの腐れ縁だ。


 端正な顔立ちをした彼は、穏やかに細めた目を彼に向ける。ジャックは吐いた煙の行先を目で追いつつ答えた。

「見えちゃいねえ。何となく、見捨てられねえと思っただけだ」


「『独立義勇軍』の少年兵だと知って、あの子をここに連れて来たの?」

 そう言ったのはファイブだ。寝そべったまま、ソファーからひょこりと顔を出している。

「いや、あいつにその自覚はない。それはキングも分かっただろ?」


 キングはニコリと答えた。

「彼の言葉には、嘘どころか、嘘を吐く人が持つ嫌な匂いすらなかったからね」


 彼のスキルは、「嘘を見抜く」というもの。

 珍しくもないスキルだが、冷酷非情な彼がそのスキルを使う時、否が応にも緊張が走る――彼は嘘が大嫌いだと、皆が知っているから。


 先程の面談で、ファイブが持ったネロへの疑惑が、キングによって晴らされた訳だが、ジャックはそれが全てではないと理解していた。


 キングが証明したのは、「彼は嘘を言っていない」ということだけであり、彼が武装組織の一員であるかというのは、別の問題だ。


 ジャックは再び煙を吸い、天井に吐き出した。

「奴らも知ってるのさ。『嘘を見抜く』スキル持ちの目を掻い潜る方法を」


 ――アイルランド独立義勇軍。

 三年前にロンドン、そしてファイブのいた研究所を襲ったクーデター軍の残党、そして新たに加わった思想家たちが興したテロ組織だ。

 彼らの目的は、アイルランドの独立……と謳ってはいるが、その実は、大英帝国の打倒ではないかと噂される。

 何度かロンドン市内でテロ事件を起こし、保安局からマークされている、危険な存在だ。


 そんな奴らの活動拠点は、アイルランドの各所にある。アイルランド内の孤児院で少年兵を育て、ロンドンのアジトにテロ要員として送り込むのだ。

 しかし、子供たちにその自覚はない。

 さりげなくロンドンに行かせるように仕向けて、孤児院の名を入れた身分証を持たせて送り出す。それが奴らのやり方だ。


 ジャックがそう説明すると、ファイブは目を細めた。

「なるほど。ロンドンにやって来た彼らは職を探す。従業員募集の看板さえ出しておけば、そのうち彼らは自分からやって来る、という訳だね」

「そういうこと」


 当然、一般の労働者もやって来るだろうが、肝心なのは身分証だ。

 アイルランドの孤児院の名が合言葉になっており、それ以外の者は断ればいい。

 今のロンドンの情勢では、アイルランド出身の孤児を雇う者などいない。彼らは路頭に迷い、必ず「そこ」へ辿り着く。

 奴らのアジトは、商社や日雇いの斡旋所に偽装していると聞く。その方法なら、誰にもバレずにアイルランドから少年兵を輸送できる。


 短くなったタバコを灰皿に押し付けて、ジャックはキングに目を向けた。

「たまたま、あいつが独立義勇軍のアジトに辿り着く前に、俺が見つけたってだけさ」

「だからボクに、彼の身分証を食べていいって言ったんだ。彼がアジトに行けないように」


 ファイブは物欲しげに、キングの手元を眺めている。キングは苦笑して、書類をファイルに挟んだ。

「これはダメだよ、大事な書類だから」

「つまらないな……」

 ファイブは口を尖らせた。


 ファイブの悪食は今に始まったことではない。一時期、小説家志望の探偵がいたことがあるのだが、原稿を全部食べてしまうから、大泣きして出ていった。

 しかし、今回の件に関しては、ファイブの悪食が役に立ったといえる。


「君の勘が確かで良かった」

 そう言うキングの表情に影がさす。

「少年兵だという自覚すらない子供の使い道とすれば、自爆テロしかないだろうからね」


 もし、ジャックが喫茶店に居合わせなければ。

 彼は今頃、街のどこかで爆散していたかもしれない。


 ジャックは目を閉じる――その瞼の裏に、泣き叫ぶ少年の姿が見えた。


「助けて! 死にたくない! 嫌だ! 死ぬのは嫌だ――!」


 テロ予告で急行した地下鉄のホーム。

 置き去りにされた少年の体に巻き付けられた爆薬。

 そして――。


 この先に起こることを予見して、身を伏せることしか、ジャックにはできなかった。


 たった『三秒先の未来が見える』だけのはずれスキルでは、誰一人救えない。

 無能を晒して、無様に生きながらえるだけの、ただの「呪い」だ。


「また自分を責めてるの?」

 ファイブの声で、ジャックは我に返った。

「おまえ、人の心が読めるのか?」

 目を丸くして身を起こすと、彼は悪戯っぽく口角を上げた。

「ジャックがイヤな過去を思い出す時、必ず眉間にシワが三本できるんだ」

「…………」


 半ば唖然としながらファイブを見る。

 彼はソファーの肘掛けにあごを置き、赤みがかった目を細めた。

「ジャックは自分の過去が嫌いかもしれないけど、それがなかったら今のボクはいないんだ。だから、ボクはジャックの過去に感謝してるよ」


 ファイブは時々、こんな風に生意気なことを言う。

 ジャックは頭をゴシゴシと搔きながら目元を隠した。


「……で、あいつ、どうするんだ?」

 強引に話を切り変えると、キングは穏やかに返した。

「勝手に連れてきておいて、その言い草はないだろう」

「…………?」

「君が責任を持って、面倒を見てくれるんだよね?」


 ジャックは天井を仰いだ。正論すぎて、言い逃れのしようがない。


 キングはそんな彼を見てハハハと笑った。

「真面目に言えば、独立義勇軍が彼を取り戻しに来る可能性がなくはない。しばらく監視が必要だと思う。ちょうど今、君には相棒がいない。しばらく相棒として、彼の様子を見てはどうかな?」

「じゃあ、あいつを探偵社に迎えるってことか?」

「それはまだ分からない。イヤになって辞めたくなれば、私たちに引き止める権限はないからね。それに……」


 と、キングは席の後ろの壁に掛けられた額に目を向ける。

 この探偵社の立場を保証する認定証の中央に、ユニオンジャックが刻まれていた。


 キングは言った。

「この旗に忠誠を誓わなければ、どれだけ有能であろうとも、うちで雇う気はないよ」

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