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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅱ. はずれスキルの探偵社
6/9

 瞼を上げた瞬間、強い光が目に飛び込んで、ネロは再び目を閉じた。

 明るい光……孤児院のランプじゃない。オイルランプはもっと暗くて、天井に吊るして使うには不便だ。

 あれはきっと、白熱電球……。


 そう考えたネロはハッとした。

 ここは、どこだ?


 恐る恐る身を起こす。窓の外はすっかり暗くなり、通りの向こうの建物の明かりが見えていた。


 状況を理解しようとキョロキョロしていると、見覚えのある顔と目が合った。

「やっとお目覚めかい」

「あ……」


 ようやく思い出した。

 ミートパイを無銭飲食したところを、ジャックと名乗るこの人に助けられて、階段を上る途中で倒れて……。


 気まずくなり、ネロはソファーから立ち上がる。そして、この部屋にはジャックの他に、もう四人の人物がいるのに気づいた。


 八つの目が一斉にネロを向く。

 恐縮しきったネロは、直立不動で固まった。


 すると、笑い声があった。

 正面にある机に両手を置く人物だ。

 癖のない金髪を肩まで伸ばし、仕立ての良さそうなベストを着て、紳士然としている。ジャックより年上に見えるけれど、それはジャックの身なりが不審なだけかもしれない。

 彼は目を細めてにこやかに言った。

「緊張しなくていいんだよ。こう見えて、常識人ばかりだから」


「嘘はダメでしょ、ボス」

 その声は、トランプ台に向かう赤毛の女のものだ。

 癖のある髪をシュークリームみたいに結って、落ち着いた色のワンピースを着ている。お手伝いさんのようにも見えるけれど、その表情に、人に媚びる気配は全くない。


「イヤだなぁ。私は本当のことしか言わないよ」

 ボスと呼ばれた人物がハハハと笑うと、傍らのソファーから顔を覗かせる男の子が細い目を向けた。

「これ以上矛盾した人っているのかな?」


 ソファーの肘掛けにあごを載せる彼は、八歳くらいに見えた。赤みがかった目と、紫に近い赤毛をしていて、少し不思議な雰囲気をまとっている。


「ガキのクセに生意気すぎるおまえには負けるんじゃね」

 赤毛の女の向かいに座る若い男が、椅子の背に肘を乗せて、軽薄そうな笑みを男の子に向けた。

 ブロンドの髪の上に、オートバイ用のゴーグルを付けている。ここにいる中では、ソファーの男の子の次に若そうだけれど、ソファーの男の子よりも子供っぽい雰囲気がある。


 すると、ヒュッと空気を割く音がした。

 ゴーグルの彼が軽く手を振ると、その指の間に万年筆があった。


「バカの相手が面倒なだけだよ」

 ソファーの男の子がむくれているのを見て、やっとネロは状況を理解した。

 男の子が万年筆を投げて、ゴーグルの男が指で受け止めたのだ。

 ネロは目を丸くする。反射神経がとても人間業とは思えない……。


 唖然と眺めているネロに、ボスと呼ばれた紳士が声を掛けた。

「どう? 少しは気分が解れたかな?」


 そういう状況ではない気もするが、ネロは反射的に「はい……」と答えた。


「なら良かった」

 と、ボスは答えた。

「ジャックからだいたいの話は聞いてるよ。仕事を探しに、アイルランドからロンドンへ来たってね」


 そんなことを彼に言っただろうか?

 ネロは首を傾げつつも、ここで頼まなければどうすると、思い切って前に出た。


「ここで働かせてください!」


 顔を上げ、そう声を張り上げる。

「役に立つスキルは持っていません。力も強くないし、頭も良くありません。でも、一生懸命働きます! トイレ掃除でもドブ掃除でも何でもします。だから……」


「まぁ……まぁ、落ち着いて」

 ボスは笑った。

「とりあえず、座ろうか」

 ネロは恥ずかしくなり、うつむき加減にソファーに腰を下ろす。

 それを見届けたところで、ボスが机の上で手を組んだ。


「ここで働きたいのなら、少し君のことを教えて欲しいんだけど――話を聞かせてくれるかな?」


 空気が変わるのが分かった。

 ボス以外の五人が口を閉じ、ネロの挙動に注目したのだ。

 ここで怯んだら死を待つのみだ――ネロは覚悟を決め顔を上げた。

「はい、お願いします」


「なら……」

 ボスは相変わらず、瞳が見えないほどに目を細め、にこやかな表情をしている。

「まず、名前から教えてくれる?」

「ネロ・ネルソンです」

「年齢は?」

「十三歳です」

「出身は?」

「ダブリンの孤児院です」

「とすると、君のご家族は……」

「両親は、炭鉱の落盤事故で死にました。妹は……孤児院で……」

 ボスはわずかに眉を上げた。

「それは不幸だったね。それで、仕事を探しにロンドンへ来たのかな?」

「はい。アイルランドでは、僕みたいな、はずれスキル持ちが働くところは炭鉱くらいしかありません。両親の死に様を見てるから、どうしても……その、怖くて……」

「君の考え方は間違っていないよ」

 ボスは軽く笑って、彼を囲む四人を見回した。

「ここにいる人たちはね、みんな、世間から見れば、はずれスキルの持ち主なんだ。かく言う、私もね。それでもこの街には、こうして居場所がある」


 初めて自分を肯定された気がした。

 辛かった過去が波のように押し寄せて、ネロの目に涙が溜まる。

 それが流れ出ないうちに、ボスは次の質問を放った。

「じゃあ、君のスキルを教えてくれるかな?」


 ネロは軽く目をこすって姿勢を正した。

「その人が最後に食べたものが分かる……そういうスキル、です……」


 一瞬、空気が固まった。

「それは使い道ねえよな……」

 とゴーグルの男が同情を込めて呟くと、向かいの女が彼の脛を蹴り上げる。


 一方、ボスは「なるほど、なるほど……」とうなずいて、

「念のため、そのスキルがどの程度のものなのか、確認してもいいかな?」

 とジャックに顔を向けた。

「あ……彼はミートパイとコーヒーです。喫茶店で見ましたから」


「そっかぁ。じゃあ、私の昼食は分かる?」

 ネロはすぐさま答えた。

「フィッシュ&チップスです。マッシィビーズと、タルタルソースみたいなのが添えてある……」

「市役所前のスナックスタンド、だな」

 ジャックがニヤリと呟いた。


 それに興味を持ったのがゴーグルの男だ。

「じゃあ、俺は分かる?」

 彼の顔を見て、ネロは即答する。

「もしかして、昼食を抜いてませんか? ジャムトーストしか見えません」

「お、正解」


 そこで身を乗り出したのが、彼の前に座る赤毛の女だ。彼女は淡い水色の目を細めて、ゴーグルの男に詰め寄った。

「あれれぇ〜? 昼の休憩に行くって出てったのになぁ〜。何しに行ったのかなぁ〜?」

「あ、あれは……」

 ゴーグルの男は、挙動不審に目を泳がせた。


 けれど赤毛の女は、それ以上追求するよりも、ネロを試した方が面白いと思ったのだろう。

「ねぇ、今度は私の食べた物、当ててみなさいよ」

 と、ネロに挑戦的な目を向けた。

 ネロは戸惑いつつも答える。

「……これは何だろう。肉の入ったスープみたいなものですけど、色が食べ物に見えないというか……」


 視線の端で、ジャックとゴーグルの男が目を合わせた。何か言いたげな彼らの横で、女はポンと手を打った。

「ほぼ正解。ボルシチよ。ウクライナの煮込み料理。知らない料理は答えられないものね」


「自分で、作ったんスか……」

 ゴーグルの男が恐る恐る訊くと、彼女は自信ありげに微笑んだ。

「本物を食べたことないけど、解釈としては合ってたと思うわ」


 ゴーグルの男とジャックは首を竦めた。

 その様子で、ネロは料理の味が分かった気がした。


 すると、黙って聞いていたソファーの男の子が、身を起こして肘掛けにひざを置いた。そして、何もかも見通すような視線をネロに向ける。

「ジャックは問題外として、ボスは山勘が当たったとも考えられる。昼にフィッシュ&チップスを食べる人なんてゴマンといるから。エースのだって、彼の軽薄さを見れば、昼を抜くのは容易に想像できる」


 エースというのは、ゴーグルの男を指しているようだ。彼は「なッ……」と声を上げるが、ソファーの男の子は構わず続けた。

「クイーンの料理は、正確な名前を答えられなかったからナシだ。肉の入ったスープ料理なんて珍しいものじゃない。偶然を否定できない」


 クイーンというのは、話の流れから、赤毛の女に違いない。男の子にそう言われた彼女は、

「まぁ、それもそうね」

 と、軽く笑った。


 それを確認してから、ソファーの男の子はじぃーっとネロを見つめる。

「――ねえ、ボクが最後に食べたものを当ててみてよ。これを当てたら、ボクは君のスキルを信用する」


 ネロは眉を寄せた。「それ」をどう表現していいか迷った末、彼は首を傾げつつ答えた。


「……紙?」


 男の子がニヤリとする。

「どんな?」

「何かの証明書みたいに、細かく字が書いてある。四つ折りにされていて、そうだ、ちょうどこんな感じの……」

 と、ネロは上着の内ポケットを探った。そこでようやく、彼は身分証がなくなっているのに気づいた。


 男の子はハハッと笑った。

「大正解!」


「はああ?」

 ネロの声がひっくり返る。

「まさか、僕の身分証を、食べた!?」

「うん」


 男の子はソファーに寝転がる。

「インクが好きなんだよね。特に、公文書に使われてるものは質が良いから甘いんだ」

「…………」

「でも、インクだけ舐めると甘すぎるから、紙と一緒に食べる。そうすると、甘みが中和されて、いい感じになるんだよ。書きたてものもよりも、時間を置いた方が熟成されて尚良い」


 どう突っ込んでいいのか分からず、ネロはただ呆然と男の子を眺めた。

 彼の横で、ボスが肩を竦める。

「ごめんね。身分証ならいくらでも偽造するから」

「いや、そういう問題じゃないでしょ……というか、大問題でしょそれは」


 頭が混乱してクラクラする。

 何なんだ、この人たちは……。


 倒れそうになったネロの肩に、ジャックが腕を回した。彼はネロの顔を覗き込んでニヤニヤしている。

「まあ、気にするな。こんな奴らと一緒に働けないと言うんなら、止めはしないけどな」


 ネロは頭をブンブン振って、現実に意識を戻す。そして思い切り背筋を伸ばした。

「慣れます! 少なくとも、ミートパイ代は働いて返します!」


 ネロの声は裏返っていた。けれども、ボスは満足げに笑った。

「じゃ、明日から来てくれるかな? 嫌になったら、いつでも辞めていいからね」

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