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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
11/12

 地下鉄は空いていた。

 半年前に自爆テロ事件があってから、利用者が減ったみたいだ。


 ジャックの隣で地下鉄に揺られながら、ネロは恐縮しきりだった。

「ごめんなさい……こんな大きな話になるなんて」

「気にすんな。ボンクラ警部補の鼻っ柱を折るいい機会だ。俺はワクワクしてるぜ」

 ジャックはニヤニヤと無精髭を撫でている。


 二人は、フランス料理の食べられる高級レストラン探しの手はじめとして、ヴィクトリア駅近くのホテルに向かうところだった。

「身の危険を感じているのならば、セキュリティ的に、個人店よりもホテルを選ぶだろう」

 という、ジャックの推理からだ。


 幾つかの駅を通り過ぎる。その途中、工事中の駅があって、ネロはおや? と首を傾げた。

 すると、ボソリとジャックが言った。

「ここが、例のテロのあった場所だ」


 ネロが見たジャックの横顔は、なぜかとても苦しそうだった。

 かと思えば、急に明るい声でネロに言う。

「探偵なんて因果な商売、好きでなるモンじゃない。辞めたって、誰も止めやしないぜ」


 キョトンとネロはジャックを見返す。彼は気まずそうに前を向いた。

「おまえのスキルは探偵に向いてる。正直、探偵でなければ役に立てられないだろう。けれど、スキルを使う度に、おまえは辛い思いをする。それに耐えられるのか?」


 ネロは顔を伏せる。

「分かりません……はずれスキルの役立たずと罵られて生きていくのと、どちらが辛いのか」

 ジャックは肩を竦めた。


 ネロはそんな彼に、恨めしさを込めた目を向けた。

「そう言うジャックさんのスキルって何ですか?」

「聞いてないのか? ブラウン先生から」

「嘘つきだから信じるなと言われました」

「ハハッ、間違いない」

 ジャックは愉快そうに肩を揺する。

「そんじゃ、俺から俺のスキルを聞いたところで、信じられないんじゃないか?」

「一応は相棒なんでしょ? 自己紹介くらいして欲しいです」

「そっか……じゃ、おまえの質問に答えてやる。何でも聞いてくれ」


 そう言われると、何を聞いていいか分からなくなる。

 少し考えてから、ネロはありきたりな質問をした。

「生まれはどちらですか?」

「さぁ、忘れた」

「年齢は?」

「いくつに見える?」

「お住いは?」

「風の吹くまま」

「いつから探偵社に?」

「ボスに聞いた方が確かだ」


 とぼけているのか、答える気がないのか……。

 ネロはイラッとした。そして、当てずっぽうに言ってみた。

「じゃあ、この質問には、YESかNOで答えてください……あなたのスキルは、『未来が見える』、でしょう?」


 ジャックはギョッとしたようにネロを見た。

「なぜ分かった?」


 その声は、冷酷なまでに硬質だった。


 聞いてはいけないことを聞いてしまった……そう感じて、ネロはジャックから目を逸らす。

「昨日、階段から落ちそうになった僕を助けてくれた時、そんな気がしたんです」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ジャックは無精髭を撫でる。

「そっか……」

「『YES』で、いいですか?」

「否定はしない」


 とことん素直ではないらしい。

 しかし、これまでにない一面を見たようで、ネロは言葉に迷った。


「あの……」

「三秒だ」

「…………?」

「たった三秒先の未来だ、俺が見えるのは――誰も救えない、はずれスキルだよ」


 暗く沈んだその声に、彼の過去を垣間見た気がして、ネロはそれ以上聞けなかった。



 ――――――――



 リッチモンド・リバーサイド・ホテルは、ロンドンでも歴史ある高級ホテルだ。

 ネオ・バロック様式の荘厳な外観と、格式高いエントランスに、ジャックの薄汚れたコートは似合わない。


 案の上、すぐさまドアボーイに呼び止められた。

「お客様、当ホテルではドレスコードを……」

 ジャックは黙って、コートのポケットから紙切れを取り出す。ロンドン警視庁の紋章と、フルハタ警部の署名のある、捜査協力依頼書だ。


「これは失礼いたしました……」

 戸惑いつつも引き下がったボーイを見送って、ネロは首を竦めた。

「本当にいいんですか? 偽造だとバレたらまずいですよ?」

「バレるような偽造はしないさ。ファイブを信じろ」

「ファイブって、僕の身分証を食べた、あの子ですか?」

「そうだ。滅茶苦茶な奴だが、偽造の腕だけは信頼していい」


 ネロは腑に落ちない顔をしているが、ジャックは知っていた。

 彼は『その分野』において天才だ。パスポートでさえバレたことがない……飛び抜けた分、欠けたところも多いが。

 しかし、その能力すらも、彼の「スキル」ではないようで、彼がスキルを発現させた時が、ジャックには恐ろしい。


 エントランスを抜けるとラウンジがある。ゆったりとしたソファーが並んでいるが、目的地はここじゃない。

 脇の柱にある案内表示を見てからエレベーターに向かう。フロントでもう一度、捜査協力依頼書を見せてから、エレベーターボーイに最上階を告げた。


 最上階にあるのは、スイートルームと、一等室専用のレストラン。客の姿はない。チェックアウトとチェックインの間の時間で、掃除婦がバケツを持って行き来していた。

 レストランの両開きのガラス扉を覗けば、ここも同じようなもので、ボーイがテーブルクロスの交換をしていた――このレストランのテーマカラーなのだろう、全て藍色のものだ。


 遠慮なく、ジャックは扉を引く。

「あの、お客様。ただ今の時間は準備中でございます……」

 すぐさまボーイがやって来るが、依頼書を見せ、少々弾んだチップを握らせれば、厨房へと引っ込んだ。


 ジャックがそうしている間に、ネロは中央付近のテーブルに歩み寄る。

「藍色の……テーブルクロス……」

「それに、花の形のシャンデリアもある」

 ジャックは天井を見上げた。真鍮製の八本の足がそれぞれ、花を象ったランプをぶら下げている。


 ネロは目眩を起こしたようによろめいて、テーブルに両手をついた。

「ここです……このテーブルです、あの人が、最後に食事をしたのは」

 蒼白の顔色をしつつも興奮した様子で、ネロはジャックに示した。

「この席です。ここに昨夜、彼は座っていました。彼の正面が、ドレスを着た女の人で、斜め左に、女の子が座ってました」

 ネロはそう言って、じっとテーブルを眺めている。何か思うところがあるのかもしれない。


 ジャックはそっと離れ、首筋を搔いた。

「まさか、一発目で王手とはな……」

 ネロのスキルの精度が未知数なため、ロンドンじゅうを駆け回る覚悟をしていたのだが、この少年、運命の女神を呼び寄せるという強スキルも持っているらしい。


 ジャックは近くのテーブルに目を落とす。こういうレストランにはメニュー表がない。金額を気にもせず、出されたものを食べる場所だ。昨日のメニューを確かめれば、ネロの見たものの補足になるだろう。


 厨房に声を掛け、先程のボーイを呼ぶ。

「昨晩、この席で食事をした一家を覚えてるか?」

「はい、ご主人様と奥様と、小さなお嬢様の三名様です」

「宿泊客なのか?」

「こちらのレストランは宿泊されたお客様専用ですので、間違いないかと」

「何号室?」

「確か、315号室です」


 念の為、フロントに確認してきますと、ボーイは退出した。


 ジャックは窓辺に寄り、外を眺める。するとすぐ足元に、テムズ川が見下ろせた。

 このホテルで暴行を受け、窓から投げ捨てられた可能性もあるのではないか。ジャックはそう考えた。


 しかしその推理は、間もなく戻ったボーイによって否定された。

「昨晩、315号室に宿泊されたのは、奥様とお嬢様のみで、ご主人様は食事のみのご利用のようです。奥様とお嬢様は、すでに今朝、チェックアウトをされております」

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