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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
10/12

 少し離れた公園のベンチ。

 ネロはブラウン先生に付き添われて座っていた。


「探偵社の新人だって?」

 スラックスに包まれた脚を組んで、ブラウン先生は背もたれに肘を置く。

「なんであんな因果なところに入ろうと思ったんだい?」

「職探しをしてたら、たまたまジャックさんに会って……」

「あのイカサマ野郎が生意気に……信用すんじゃないよ、あいつだけは」

「どうしてですか?」

 少し気分が落ち着いて、ようやくネロは顔を上げた。


 そんな彼に、ブラウン先生は魔女みたいな笑いを近づける。

「――嘘つきだからさ」


「はぁ……」

 ネロは引き攣った笑みを浮かべた。

「特に、あいつからギャンブルを持ち掛けられたら断るんだ。破産したくなきゃね」

 よく分からないが、ネロはとりあえずうなずいた。


 ブラウン先生が、ネロの介抱と称して話し掛けてきたのは、彼のスキルが気になるからのようだった。

「かなり変わってるな、あんたのスキル」

「そう……でしょうか……。はずれスキルとバカにされてきましたけど……」

「スキルなんてのは、使い道によって有能にも無能にもなるモンさ。スキルが有効に使える場所に身を置けるかどうか、それだけのことだ」


 そう言って、ブラウン先生はネロの顔をまじまじと見た。

「――死者の声が聞こえるのかい、あんた?」


 すると、向かいのベンチから声がした。

「それは聞き捨てならないな」


 そこで初めて、ネロは向かいのベンチに男が一人、寝そべっているのに気づいた。

 そんな彼に、ブラウン先生は冷たい目を向ける。

「死体を見てブッ倒れる警部補なんか、ロンドン警視庁の歴史でも、あんただけだろうよ」


 彼はモッソリと起き上がると、乱れた髪を撫で付ける。

「僕のスキルの共感性の高さのせいさ。死者の無念の思いが、僕の感性を狂わせるんだ――犯人を見つけれくれ、とね」


 ……何なんだこの人は?

 ネロは目を細めた。


 年は二十代くらい。明るい褐色の髪をきちんと整え、シワのないスーツを着ているところは、身なりが良く見える。

 けれども、色物のシャツと派手な青のスーツの組み合わせは、ロンドンの灰色の街並みには似合わない。まるでイタリア人のようだ。


 ブラウン先生がネロの耳元で説明した。

「フルハタ警部の部下のワットソン警部補。インド洋コンツェルンのボンボンだから、身に余る出世をしてるだけの能無しさ」


 インド洋コンツェルンの名は、ネロも知っていた。詳しいことは分からないけど、世界一の大財閥という認識だ。


 その御曹司がなんで警察なんかに? とネロが彼を見ると、きちんとアイロンされたスラックスに包まれた脚を組んで、前髪を指先で弾くところだった。

「聞こえてるよーブラウン先生。僕のスキルは死者だけじゃなく、生きている人の心の声も聞こえるんだ」

「聞こえるように言ったんだから、そりゃ聞こえてるだろうさ」

 ブラウン先生に悪びれる様子はない。

「さっさと警察を辞めて、パパの仕事を継ぎな。死人の一人語りを勝手に作られるのは捜査の邪魔だ」


 歯に衣着せぬブラウン先生の言葉も、能天気な警部補には響かないようだ。

「先生は知らないんだ。僕のスキルが、どれだけの事件を解決したのかを」

「知ってるさ。どれだけの事件を迷宮入りにして、断れないタチのフルハタ警部のところに回されて来たかをね」


 しかし、ワットソン警部補は聞いてはいない。

「今度の事件も、僕が真相を暴いて見せるよ――いや、事件が僕を呼んでいるんだ。迷宮に光を当てられるのは、僕しかいないと」


 反論するのにも飽きたのか、ブラウン先生はネロに顔を向けた。

「……で、あんたのスキルなんだけど……」

「死者の声が聞こえるなんていうスキルを持つ人が、僕以外にいるとはね」


 呼んでもないのに絡んでくる。

 ブラウン先生は鬱陶しいという感情を隠しもせずに、眉間にシワを寄せた。

「あんたのスキルは別にある。いい加減自覚しろ」

 そう言ってワットソン警部補を睨む。けれど彼はスタスタと歩いてきて、ネロに顔を寄せた。

「君の手腕を見せて欲しいものだ。どうだね、ここはひとつ、私と君と、どちらのスキルが優れているか、腕試しで決めるというのは」


 どうしてそういう展開になるのか、思考の筋道が全く分からない。

 ネロが返答に困っていると、ブラウン先生が諦めたように肩を竦めた。

「分かったよ。それで気が済むんならやりな。この子とあんた、どちらが先に真相にたどり着くか、文句なしの勝負でいいね」

「えっ……!?」

 勝手に話が進んでいく。


 ネロは誤解を解きたかったけど、新入りの立場で文句を言うのは違う気がして、仕方なくうなずいた。



 ――――――――



 遺体発見現場に戻ると、今まさに死体が運び出されるところだった。


「待ちたまえ諸君。これから、ワットソン警部補の推理劇が始まるのだからね」


 一風変わった警部補はそう捜査員たちを呼び止める。そして担架に乗せられた死体の顔にチラリと目を向け、すぐさま目を逸らした。

 そのままタワーブリッジへ向かいゆっくりと足を進めながら、ワットソン警部補は語りだした。


「彼の死因は――自殺です」


「根拠は?」

 ジャックはワットソン警部補を知っているのだろう。呆れた目を青すぎるジャケットの背中に向けている。


「証拠を見つけるのは困難です。彼は日雇い労働の移民ですから。貧しい生活の中で、彼は人生に絶望してしまった。そして、あのタワーブリッジから身を投げたのです」


 ワットソン警部補は足を止め、一同を振り返る。

「もしこの悲劇を殺人と言い換えるのならば、彼を殺した犯人は、彼の不幸な生まれと、世間の冷たさ、と言えるでしょう」

 いかにも嘆き悲しむ仕草で、ワットソン警部補は首を横に振った。


 そこに口を挟んだのはジャックだ。

「なら、全身にある殴打痕はどう説明する?」

「橋から転落した際に、橋桁にぶつかったのでしょう」


「じゃあこの火傷の傷は?」

 ジャックは死体のシャツをめくって胸元を示す。

「真新しい火傷の跡だ。これをどう説明する?」


「事故ですよ。日雇い労働者は危険な仕事に就くことが多い。労働事故で負った火傷です」


「そ、そうですよ。ワットソン警部補の言う通りです」

 ブラウン警部が割って入った。

「彼のスキルに口を出すなんていうのはもっての外です! 警視庁は全面的に、ワットソン警部補を支持します!」


「ちょっと待ちな」

 ブラウン先生が声を上げる。

「これは勝負だ。一方の意見だけじゃ勝負にならない」

「な、何ですか、勝負とは……?」

 フルハタ警部の質問を無視して、ブラウン先生はジャックに顔を向けた。

「あんたの見立ても言ってごらんよ」


 ジャックはコートのポケットに手を突っ込んで答えた。


「これは、殺人」


「こ、根拠は?」

 フルハタ警部の声が裏返る。

「さっきも言ったが、体じゅうに残された殴打痕が、激しい暴行があった証拠だ。さらに言うなら、この火傷」


 ジャックは死体を見下ろす。

「――俺は、『ブラック・スワン』の構成員の証である、黒鳥のタトゥーを焼き消した跡だと見ている」


「ブ、ブ、ブラック・スワンですとぉ!?」

 フルハタ警部の大袈裟な驚きように、ネロは首を傾げた。

 すると、ブラウン先生が低く言った。

「あんた、知らないのかい。まあ、その若さじゃ無理もないか……『ブラック・スワン』とは、ロンドンで暗躍するアイリッシュ・マフィアの通称さ」

「マフィア!?」

 一気に物騒な展開になって、ネロは目を丸くする。

「麻薬に強盗殺人に人身売買、何でもアリのイカれた連中さ。アイルランド独立義勇軍の資金源だとの噂もある」


 ――アイルランド独立義勇軍。

 その名はネロも知っていた。


 孤児院で何度も見たから。


 愕然とするネロの視線の先で、ジャックは続けた。

「内部抗争……恐らく、失敗したか裏切ったかで、消されたんだろう。あいつの見立てでは、殺される前に高級レストランで家族と食事をしている。下っ端じゃなく、幹部クラスだ」

 と、ジャックはネロに目を向けた。


「なら、話は早いね」

 再びブラウン先生が口を挟む。

「死体の身元がブラック・スワンの幹部なら、この坊主の見立てが正しい。日雇い労働の移民なら、ワットソン警部補、あんたの勝ちだ」


「し、しかし……」

 状況を掴めないまま、フルハタ警部は目を泳がせた。

「不法移民など、どうやって探せば良いやら……」

「死者の声に耳を傾けりゃいいだろ」

 ブラウン先生は容赦ない。

「さあ、さっさと探しな。これはロンドン警視庁の威信を賭けた大勝負だ。逃げんじゃねえぞ」

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