対応論
人ってのは人生で数えきれないピンチがある。私なんてピンチだらけで、挙げたらホントに切りがない。でも動物の世界に比べたらちっぽけなものだ。野生の世界では常にピンチの連続だ。敵に狙われたらピンチ。実に単純ではあるが、生死を掛けたものでただ事ではない。人で言うならば町中に殺人鬼がウロウロしているとか、戦場にいる感じではなかろうか。そんな中に生きている野生動物は勇敢であり、共通の何かを心得ている。負けたら命を取られる中で何を心得ているのか?これを知りたいわけである。おそらく進化の過程である程度の対策は獲得しているはず。五感の発達、体の形状、擬態といった特殊能力。お互いこれらを駆使しての攻防なわけで、ある意味ハード面といえる。
動物は何かを感知したら共通して即実行する行動がある。それは「逃げる」ことだ。そこには恥ずかしさやプライドなんかは無く、とにかく安全を確保するために全力を注ぐ。これが心得なのかもしれない。食物連鎖の第二位までの全ての生き物に通じ、第一位も人間によって事実上第二位なのだから、もはや人間以外の全生物が心得ているのだ。
一方、人間は、今や自称頂点なので、この心得がイマイチ分かっていない。ピンチになっても、立ち向かったり、その様子を撮影したり、所有物に執着したり。
命の危機が迫る場合は、動物に見習い、瞬時に逃げることを選択しなければならない。
しかし人間の場合のピンチは何も命にかかわる事ばかりではない。むしろそれ以外をピンチと考えていることの方が多い。となるとその時点でそれらはピンチ第二位である。故に命の保証はあるのだ。そう考えてみると、ピンチ第二位など実にチンケな物に見えてくる。野生動物からしたらごくごく単なる日常だろう。
でも、人間は真剣に悩む。命の保証があるが故に、恥ずかしさや、プライド、しがらみが出てくるのだ。実際、そんなものなくても生きていけるし、むしろ新しい生き方を見つけるヒントになるかもしれない。
にもかかわらず、人は一度手にしたものを手放すことが出来ず悩むのだ。
「慌てない事」ピンチ第二位に出くわしたら、ピンチ第一位と違って死ぬわけではないので、ゆっくり咀嚼してみる時間がある。そしてさまざまな展開を考えてみる。慌てると、すぐに反応しようとしてパニックになる。そうすると余計な事を言い、余計な行動をとり余計な手間が増えるのだ。
慌てずにやってみると案外あっけなく終わることが多い。
ピンチ第一位は即逃げて、ピンチ第二位は慌てずゆっくり考えて対応する。ピンチの連続といってもその内容は実はたった2種類だけなのだ。しかもほとんどが第二位なのだ。第一位しかない動物たちと比べたらどうだろうか?よく地球の広さに比べたらちっぽけなものだという。誠にその通りなのである。




