価値の罠
その昔、胡椒には大変な価値があったとか。その昔、砂糖は貴重品だったとか。今はダイヤモンドですかね。なんせ希少性の高いものは皆が欲しがります。しかし希少性の高いものでも皆が欲しがらなければ価値が無いとされます。と考えると、本当の「欲しい」とは、自分の本心のように思えているだけで実は周りが欲しがっているから気になりだし、気にしだすから欲しくなるだけではないでしょうか。その結果実は欲しくもないものを永遠に買ってしまうのです。
「希少」「貴重」「限定」「残り僅か」「ここでしか手に入らない」心揺れたことある方多いでしょう。私も勿論です。でもこれ単なる営業ワードです。皆が欲しがらないと価値のないものを売り切る為のキラーワードにすぎません。本当にそんないい商品ならば、まずは店員が買ってますよ。
動物もそう、貴重な動物が海外でとっ捕まって、船に載せられて日本にやってくるわけです。「激レア入荷」「年に一度しか入らない」などのキャッチコピーの下に売りに出されます。動物はエサ代やお世話などの人件費、大きくなると値段が下がるなどの点から、少しでも経費を掛けず子供の状態でお金に換えたいわけです。で、そのキャッチコピーが大好きなのが人間なのだ。
貴重な何かを持っている。希少種を飼育している。この状態は精神を安定させ、時には優越感に浸ることが出来る。つまりは承認欲求を満たせるのだ。でもそれは長くは続かない。世間は常にアップデートされSNSでは更なる「珍しい物」が入り乱れているからだ。そうなるともう欲しいものを買うのか、SNSの写真を撮るために買うのか分からない。完全に思う壺状態ですね。
しかし、よく考えてみると、この世の中に人工物で価値のあるものなんてあるんですかね。本当に価値あるものって「空気」とか「自然」とかだけじゃないかな。ほとんどの物が貴重でも価値が無く、むりやり宣伝洗脳して価値を思い込ませて金と交換するだけ。その証拠に、あるAという1品の品物に本当に価値があるのならば新作なんて作る必要ないじゃないか。「空気」の代替が無いのと同じ。
Aという商品は戦略的価値だけ。
本当に無駄のない買い物は「欲しい物」より「必要な物」。欲しいものの殆どは要らないものが多い。今現在特に不便なく生活できているのならば、それでよいのである。
貴重な猫も保護猫も可愛さは一緒だ。
巧妙な経済戦略に巻き込まれた物欲モンスターにだけはなりたくねーなぁ。




