人間年齢という幻想
イベントに行くとよく聞かれる一つに、「ウサギって何年くらい生きるんですか?」という質問がある。「まぁだいたい7~8年くらいかな」そう答えた後にこう付け加える。「この子は2歳だから、人間で例えると20歳くらいかなと。普段でも犬や猫にもこの例えを使用する。その他にも。犬は3歳児の知能があるとか、カラスは7歳児の知能があるとかイルカは・・・・とか。とにかく我々人間は自分の物差しで測るのが大好きだ。別に「4歳のウサギだよ」で良いと思うのだが・・
この言い回しは、実に人間中心主義的な考え方だ。比較する相手は必ず人間の方が優れているという結末に終始するのだから。つまり都合のいい部分のみ比較し、ご満悦なわけである。確かに人間の決めた尺度ではすべてがそうなるに決まってる。しかしこの出来レースを人間は信じて疑わないのが問題なのである。
人間は道具に頼らなければ何もできない。たまたま道具を作り出す能力があったに過ぎない。それで海に潜れ、空を飛べるようになり、魚や鳥と肩を並べた、いや彼らを超えたと思い込んでいるのだ。
魚ってのは水に潜る必要があったからそうなった。鳥は飛ぶ必要があったからそうなった。
でも人間の体の構造にその機能が一つとして見当たらないのは、その機能が生存には必要ないからなんだよ。だけど人間は、「夢」という概念をもってそれを現実のものとし、今に至る。そこは大したものだし、便利な世の中になったと思う。けれど、たかだかそれだけのことだ。
今おもしろいことが起きている。遂に人類がAIに支配されようとしている。職を失うかもしれない人々は戦々恐々だ、チェスや将棋はとっくに負けた。ようやく人類を敗北させる輩が現れたのだ。動物たちから見たら「俺たちの気持ちを思い知れ!」と言いたいところだろう。人間は決して優れていないのだ。
人間年齢にしたら0歳かもしれない虫や魚など野生に生きている動物たちは、自分の力だけで一生を生き抜くのだ。人間だったら大の大人でもギブアップしてしまうだろう。くれぐれも驕ることなかれ。




