写真の見方
随分便利な世の中になった。立派な写真集がネットで簡単に作れてしまう。1冊でもOKなのだから作らない手はない。という意気込みで始めた写真集づくり。毎年作ってもう8冊となった。もちろん今年の分もぬかりなく準備中だ。定期的に見るようにしている。懐かしいというのもあるが、虹の橋を渡った子を忘れないためだ。短い命だったとしても、写真を見れば鮮明に思い出すのである。なぜ思い出そうとするのか?それは忘れたくないからである。なぜ忘れたくないか?それは後悔と、それに対する申し訳ない気持ちが強くあるからだ。たとえ生前たくさん遊んだとしても、もっと遊べばよかったとか。あまり構ってあげられなかったとか、だいたい後悔の念が残る。常に言っているのが、「その後悔を糧にして今生きている子たちにもっと愛情を注いであげよう」。
しかしよくよく考えてみると、常に言っている割には、今生きている子に対し有り余る愛情を注いでいるかと言われれば「うーん」となってしまう。これは明らかに虹の橋を渡った子たちに対する裏切りの行為である。なぜそうなってしまうのか?それが分からない限り、この問題は解決しない。
いくつかの糸口は見える。1,やってることが変わらない。2,忘れてしまう。3,いない環境に慣れてしまう。人間は歴史を見ても明らかなように、同じ事を(過ち)を繰り返す生き物のようです。
ならばいっそ、悲観しながら、自分たちを責めながら写真集を見るのではなく、楽しかった、おかしかった、面白かったエピソードを思い、語りながら見るべきである。
人間は同じ事を繰り返す。つまり進歩しない不完全な生き物という自覚。この自覚を持てば、先の問題は解決できるのだ。どんなに愛した動物が死んだとしても人間は、1~3を繰り返し、平常心を取り戻してしまうのです。だから写真集を見るときは、決して無駄な後悔などはゆめゆめせぬ事である。
純粋にあの子の輝いていた時を思い出すだけで良いのです。




