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近代的な人々

ここのところ近所で頻繁にイノシシが出没している。先日は隣町で鹿が出たという。アライグマやハクビシンは日常だ。東北ではクマが連日ニュースとなっている。今まで住んでいた場所に食べ物が無いからというのが大方の見方だ。いやいやそれだけじゃないよ。住む場所も減っているはずだ。

 だからと言って、駆除されて可哀そうだとか、自然を破壊しまくっている人間が悪いといったことではない。そんなことを私が言っても、とっくに考えている人が沢山いるからだ。

 私は田舎暮らしなのだが、仕事で都会に行ってみたのだ。都会と言っても埼玉の都会でもともと住んでいた場所。ところが風景はだいぶ変わっていて、マンションがだいぶ増えて、知らない商業施設も立ち並んでいた。行きかう人々を見ていて思った。「なぜ人は都会に集まるのだろうか?」と。もちろん駅に近い方が職場に行くのに便利だとか色々理由はあるだろう。だが、都会ほど、受動的な場所は無い。なんでもあるからだ。栄えている場所ほど店は多く、客の取りあいは熾烈を極める。故に、居心地の良さ、サービス、情報。手取り足取りの、至れり尽くせりなわけだ。店は、しくじれば途端にほかの店に取って代わられる。ただでさえ世界から日本のサービスがは良いとされているのに、そのサービスに慣れきっている日本人を喜ばすわけだから店側も大変である。人々はそんな場所に皆住みたがり、行きたがる。サービスを受けに群がる。能動的な場面など必要ないのだから、みな何も考えない。勉強すらしない。利便性とサービスを求めるだけの人生になっているようである。ある統計で大人の80%は勉強しないというのを見たことがある。なるほど受け身の生活では、勉強など必要ないのだ。

田舎暮らしと都会暮らしではこうも違うのかと思った。そりゃ動物が出たという話はピンとも来ないし、駆除したら可哀そうと抗議の電話もしちゃうわけです。

関係ないのです。人間なのだから、人間さえよくなれば、発展し続ければ良いのです。

イノシシが、クマが、アライグマが、ハクビシンが絶滅しても、「へー」で終わるのですから。






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