まったり時間
晴れた日は、朝から動物たちを広場に出す。これはお決まりの日常だ。デコポンもやってくる。「おはよう」と声を掛けるとこちらに寄ってきて鼻を突きあげる。きっと返事のつもりなのだろう。動物たちの体内時計は驚くほど正確だ。全員「そろそろ」が分かるのだ。食事以外の時間は、いわゆる自由時間だ。この光景を毎日見ているのだが、みなボーっとしている。誰かが通ると振り向きはするが、基本的には動かない。基本的に暇なのだ。以前「暇も虐待である」と主張したことがあった。その暇とは少し違う。虐待の方は、何日もケージに入れっぱなしの状態での暇の事である。今回のボーとしている暇の方は、自由に動き回れる中での行動なので、あえて言うところの「まったり時間」というべきか。テレビ番組でアフリカの動物なんかを見てみると、みなボーっとして寝転がっている。(もちろん警戒しているのだけれども)つまり、動物にとっての自由時間というのは「まったり時間」が健全だという事になる。
ただし飼育動物は、エサを探す必要もないし、天敵に警戒する必要もないから、「まったり時間」も慣れすぎてつまらないかもしれない。
そう考えてみると、デコポンなんかは、25年~30年くらいの寿命と言われている。24時間中ほぼまったり時間だとする。人間のまったり時間は1日で多分4時間くらいと仮定すると、なんと6倍。デコポンの一日は人間の6日分に相当する時間という事になる。人間寿命で考えると、150歳~180歳くらい生きることになるのだ。しかも全部まったり時間。
猫で考えてみると寿命が15年~18年くらい、6倍すると90歳~108歳。それまで「まったり時間」しか経験しないのだ。現在猫を30歳まで寿命を上げよう計画があるらしい。人間年齢180歳まで「まったり時間」が与えられることになる。
あえて人間に例えると、ある程度の行動範囲は与えられるものの、ほぼ何もない部屋で、80歳まで過ごすことになる。どうだろう?耐えられるのだろうか?ほぼ禅の世界だ。菩提達磨でさえ9年で悟りを開いたのに、80年その状態は悟りどころではない。
人間は、希望と優しさがあるのはいいが、当の猫はどう思うのだろう。
そう考えてみると、飼育動物に対する接し方は、可能な限り一緒に過ごすことだという事が分かる。
デコポンが、こちらを見ている。その目は「やっとわかったか」と言っているようだ。




