お見事な姿
私は、植物はほとんど知らない。冬になると皆枯れてしまい、見た目も良くなくなるからという理由がある。特にアジサイやヒマワリの後はちょっと・・なので全く興味が湧かなかった。
毎朝愛犬のさぶと散歩をする。寒い季節になり、そろそろ草花も枯れだしていた。そんな時、ふと思ったのだ。そう言えば、植物って、成長期から朽ち果てるまでの全てをさらけ出してるなと。諸行無常ってのはこのことだと。そう思ったら急に、観察したくなったのだ。我々動物は、死んだら速やかに処理される。なぜなら、腐敗臭も凄いし、それにつられて虫も発生する。おそらく見た目も、目を覆うようなトラウマ級の惨劇だろう。それに比べて植物は、一切の臭いは無いといってもいいくらいだ。見た目も見慣れているせいか、そんなでもない。もちろん内部構造が違うのだから当たり前の話なのだが。そのお姿あっぱれである。
そう考えてみると、こうも考えられる。青々と元気よく茂っていた頃を思い出しながら、今と比較することで、時の流れと、枯れた状態を見てもそれはそれで風流であると。桜はよく散り際を注目される。儚いと感じたり、潔いと感じたり様々なのだが、完全に散ってしまうと、また来年という事になり、誰も見向きもしなくなる。
しかし、これも枯れ木を見ながら満開だった頃の桜を想像することで楽しめたりもする。
たしか、吉田兼好だったと思うが、たとえ月が見えなくても、雲の向こうに普段通りに光っている月を想像するのも面白いと言っていた。まさに植物も同様なのだと気づかされた朝の散歩でした。
今までの私は、自然には全く無関心で半世紀以上ポカンと生きてきました。でも、自然の事を知ることは、面白く、時には風流で、見る景色まで変わるのです。この素晴らしい小さな体験は、日常を忙殺されている人々に伝えていきたいです。




