動物と話す
動物と話す。動物好きにとって夢のような話かもしれないし、そうでないかもしれない。
人間同士の話は、話し手と聞き手の分かれる。うまいことバランスが取れていたり、お互い興味のある話なら楽しいし問題が無いが、そんなことはめったにない。通常は、どちらかが一方的に話したり、話の腰を追ってあさっての方向に話がそれたり、重要な部分を忘れたり、最悪は何を話そうとしていたかすら忘れる時もある。得てして気の合う人以外の人との会話は疲れるのだ。
私は個人的に決めたことがある。聞くに徹するという事。人ってのは、話を聞いてくれるだけで満足する部分も大きいらしい。ならそれでいいではないか。それでも失敗談や危なかった話はする。人の不幸は蜜の味。みんな興味津々で聞いてくれる。
モナカという名前のウサギがいた。色はこげ茶でとても懐こい男の子だ。夕方、彼を抱っこしながら、いろいろな事を話した。先ほどの話ではないが、人は話すだけ話すとスッキリする。
それからというもの、時たまモナカを抱っこして、話したり、瞑想の真似事なんかをした。余談であるが、そんな経験を経て、「禅と兎」というイベントを考え出したりもした。
動物たちは、人間と会話できないし、そこそこ慣れているというのもあって、見事な聞き役である。
いくら自分が聞き役にっ徹すると決めても、動物のそれにはかなわない。
動物たちは私たちに伝えたいことはあるのか?そんな疑問も湧いてきた。動物の話相手の聞き役になれればいったいどんな事を聞く羽目になるのか。
普段の接し方は、当然人間主導のものとなる。動物は、扉があくまで外に出られず、ご飯が出るまで何も食べられない。そんな状態で、言いたいことが無いはずがないではないか!
童話で「100万回生きた猫」という物語がある。100万回生まれて、100万回死んだその猫は、飼い主も100万人いたのだ。そしてどの飼い主もその猫が大好きで、とてもかわいがり、死んだ時には悲しくて泣きに泣いたそうだ。だが当の猫はどの飼い主にも一言「飼い主のことが大嫌いでした」と。私の個人的な感想は、猫だけでなく、どんな動物もまぁおおよそそんな感じなのかなってところです。自分的にはかわいがっているつもりでも、動物にとっちゃぁいい迷惑なのかもしれない。犬猫の寿命も延びた(延ばされた?)けど、彼らにとっては不要なのかもしれない。
動物が動物を飼うのは人間位なものだろう。
これらを考えていくと、彼らの話を聞くのはご遠慮したくなる。きっとショックで立ち直れなくなるだろうから。その代わり彼らの行動をよく見てあげて、脳みそ絞って察してあげて(努力して)欲してるに近い回答をしてあげるべきではないかと思う。
デコポンとは多少うっすらではあるが、意思疎通できる時もある。そんなときは単純に嬉しく、勝手に一方通行の友情が芽生えるのである。
それでいいのである。




