活動の実践
哲学というと、なんだか机から離れず、何かを考えているイメージが強いかもしれない。さらに動物哲学というと輪をかけてイメージが掴めないかもしれません。でも実はとてもシンプルな事で、素朴な問いを自分なりに考えているだけにすぎません。机よりも散歩しながらとか、屋外でひらめく哲学者も多かったようです。動物哲学は昔からありました。そこでは動物の権利や福祉といった話が中心で、現状あまり変わっていないところを見ると、一般には普及しづらい小難しい内容だったのでしょう。結果、その主張は世間には届かなかったのだと思います。その点を踏まえて私は動物哲学者として、小難しくなく分かり易い主張で伝えていけたらいいなぁと考えています。
私は、活動の実践として、幼稚園、保育園、小学校に赴き、動物教育の授業を行っております。動物の特徴、触れ方などを教え、その子たちが将来大人になった時、動物たちと安心して共生できる世の中にしてくれることを願って活動しています。
子供たちは凄いです。一年ぶりの再会でも動物の名前を憶えていたり、触れ方もしっかりと出来るようになっているのです。騒ぐ子には注意をし、動物の尊厳を傷つけないような行動をする子が多くなります。この成果には先生もビックリで、継続の重要性を改めて感じていただくことも多々あります。
勿論、「問い」も欠かしません。「どうして逃げちゃったのかな?」「どうして寄って来たのかな?」など子供に問いかけるとそれぞれの答えが返ってきます。この「考える」という習慣こそが現代社会において大切なことだと思います。学校では知識の詰め込み。スマートフォンの普及による受動的情報過多。嘘情報の氾濫。これではいつ自分の頭で考えることをするのでしょうか?これからの社会は子供も大人もちょっと社会から距離を置き、自分で考える時間などを確保するべきでしょう。みんながやるからやる。会ったこともない人だけどスマホでよく見るから信じちゃう。ではないのです。
動物たちは、知らない人が来ると警戒します。知らない食べ物を上げても食べるまで時間をかけます。食べないことももちろんあります。それくらい「知らない」物に対し警戒するのです。
自分で考えるという事の習慣化を動物を通して啓蒙していくことはライフワークとして申し分なく、フィールドワークタイプの動物哲学者としての活動の実践となっているのです。




