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命のバトン

動物好きな人、嫌いな人、飼っている人、飼っていない人、飼いたくても変えない人など様々だ。それぞれのポジションでその人たちのライフスタイルは大きく異なる。とりわけ私は、飼っている人のポジションに入る。土日などは一日中動物と共に過ごし、まず出かけることはない。旅行なども行かない。なぜそのような生活で自分自身に不満が出てこないのか?嫌いな人、飼っていない人からしたら信じられないと言うかもしれない。でも飼っている方からすると、この動物がいるだけで全ての欲が消え去り、満足な時間を過ごすことが出来ると考えている。だからペットが虹の橋を渡った時、深い悲しみに打ちひしがれ、今までのライフスタイルが一気に崩壊してしまうのである。これをペットロスという。これを食らった多くの人々は「こんな悲しい思いこりごりだ、もう二度とペットは飼わない」と言う。

その悲しみをどうのこうの言うつもりもないし、否定する気なんてサラサラないのだが、生き物である以上必ず死が訪れることは知っておかなければならない。また、自分より先に逝ってくれたことに対しても、感謝しなければならない。人間自体、明日死ぬかもという事を認識して日々過ごしている人は少ないだろうから、ペットに対しても同様の気持ちを持ってしまうのだろう。だから仕方のない部分かもしれない。そして、もし人間の方が先に逝ってしまった方が、残されたペットは途方に暮れるだろう。

生き物は2度死ぬ。一度は心臓が止まりすべての機能が停止するいわゆる「死」だ。二度目は生きている人たちから忘れられた時だ。

ペットの肉体は滅んでも、自身の記憶の中で常に寄り添っていれば、考えようによっては完全な死ではないのかもしれない。

私は、いつも虹の橋を渡った子たちを思い出す。ほぼ毎日のようにウサギだったり、イグアナだったり、誰かの事を考える。思い返してみると、噛む子や、ヤンチャだった子なんかも全てが良い思い出となっている。そして彼らは色々な経験を私にくれた。その経験を活かして、今の子達に接している。「経験の向上」という命のバトンは、バトンを渡してくれた子で、終わらせてはならないと思う。自身で新たにペットを迎えることが出来なくても、何かの活動を通じて、さらに良く、もっと良くなればよいと思う。社会全体がそのようになれば、人間と動物との素晴らしい関係が必ず築けるのだと思う。







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