希望の夜明け
最近は、言動や行動を一つ間違えてしまうと、とんでもなく攻められてしまう世の中になった。何千何万という見ず知らずの人たちに叩かれるのだ。SNSって便利で楽しい面が沢山あるが、反面こういうこともあるという事。動物たちに対してもその目は変わらない。悪徳ブリーダーが摘発されたり、保護活動を推進したり、全国の動物園で生まれた赤ちゃんもすぐに見ることが出来る。半面、クマの駆除ニュースが流れると、全国から苦情の電話が鳴り続くらしい。
「かわいそう」なものを見た時に、人は感情を抑えきれなくなるようだ。「クマがかわいそうだ」「食用はかわいそうだ」「繁殖犬はかわいそうだ」「サーカス動物がかわいそうだ」そう思うと、次はその気持ちを晴らすために、攻撃対象を探す。生贄は役所、ハンター、ブリーダー、サーカス、ペットショップなどなど。全国の同志たちとの一斉射撃なのだから、よく調べなくたって大丈夫。みんながやっていることだから。かわいそうな動物たちに変わって仇討ちした気分に浸るのである。でもそのこと自体は時代の流れとして問題ないと思う。だってこれだけ情報に溢れればそうなりますよね。
ただ思うのが、その先のムーブメントが無いよなってこと。例えば頑張っているブリーダーや改善に尽力したペットショップや動物園に対して賞賛するとかは見たことが無い。悪いところは注意して、良いところは褒めれば、見習うべき対象をどんどん紹介していけば、良い方に向かう流れも出来ると思う。
でも、攻撃ばかりのマインドが一向に変わらない。誰かのSNSの投稿に便乗するばかりで満足している方が多いのではないかな?真意を確かめもせず写真と文言を丸ごと信じ切りその部分だけに反応しているのではないかな?
食肉にしてもそう、動物福祉って言ったって出荷までの生涯を快適な環境でってもので、殺して食べる前提は変わらない。食肉反対の動きも特にない。
私も、「かわいそう」に反応する人間の一人です。だから将来この手の職業のなり手を減らそうと「動育」という活動を通じて啓蒙布教してます。
「かわいそう」に反応する人の行動は、大勢の仲間の隠れ蓑に隠れながらの射撃だけではないはず。次の活動を展開すべきかと思います。
昔、ネットの情報でポニーは2m四方の柵内での飼育が可能と書いてあったのを信じ込み、ポニーのデコポンを迎えました。実際に飼ってみると、確かに飼えるっちゃあ飼えるかもしれないが狭すぎだと思いました。その後、何度か改修し今では走り回れる空気の良い田舎で共に過ごしています。まことしやかに書かれているネットの情報なんてそんなものだと痛感しました。
嘘の安心からお迎えしたデコポンとの出会い。マイナスからの出会いだったが今では欠かせない相棒だと私は勝手に思っているのである。




