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【オンナ】
「矢崎 零時だな?」
彼は、緩慢な動きで振り返る。
その瞳は虚ろ。
何も映してはいないようだ。
その彼を見下ろすように、何時ぞやのスーツ姿の二人組が立っていた。
「死体遺棄及び殺人の容疑で逮捕する」
彼の眼前に突き付けられたのは、法の断罪人たる証の黒い手帳。
彼は、何の抵抗も見せない。
まるで魂が抜けてしまった人形のような彼に、手錠を掛けながら男が言う。
「ヤクだけじゃなくて、まさか殺人まで犯していたとはね」
――サツジン……
その単語だけが、彼の裡にポツリと堕ちていく。
――奪ったのか……
「俺が……」
奪ったのは、果たしてどちらか?
――そう……
オンナが、自分の存在と引き換えに“彼”の心を完全に手中に収めた瞬間だった。