第8話 光輝く石
オレ達はどういう訳か助かったらしい。突如現れた獣のおかげで。
振り返った獣の赤い瞳が睨んでくる。いや、本当に睨んでいるかはわからないけど。
(まさか、次はオレ達とか言わないよな)
見るからに肉食獣だし餌と認識されてはいないだろうか。
アニメにありがちな、怪しく瞳が光っているとかはないけど味方という保証はない。たまたま優先順位が違っただけとか、他にももっといろいろあるだろう。
背筋を駆けのぼる恐怖から身を寄せ合って震える。一緒にいる青年達も固唾を飲んでいた。表情にも警戒が浮かぶ。
青紫の獣が一歩、距離を詰めてきた。
また一歩。確かめるように足を前に踏み出す。ゆっくりとした動きだ。
後退りたいのは山々だが、身体が強張って足が動かない。全身から血の気が失せていく。嫌な汗が背筋を伝う。五感がおかしくなりそうだ。
「グルルル……」
「ひっ」
間近で鼻息がかかり肩を震わせて瞼をつぶる。
しかし、幾ら待っても何も起こらない。生殺しになった気分でそっと瞼を開けてみた。すると獣はオレの周囲を今もふわふわと浮かぶ光に注目している。
気になっているのはそっちか! もしやコレ、獣的には猫じゃらし的な物なのか?
「あ、あの……コレ、欲しいの?」
慎重に問いかける。口から出た声はかすれていた。
獣は再び目を合わせ、静かに首を振る。言葉が通じるみたいだ。
猫のよりも丸みのある耳をピクリと動かし、獣は更に距離を縮めてきた。口を開けるのを見て今度こそ終わりだと思う。無意識に視界を閉ざしていた。
身体が浮き上がる感覚に身を縮こまらせている。
しかし次の瞬間にはふさふさの毛並みの上に跨っていた。手に触れる感触が状況を教えてくれる。瞼を開けてみると本当に背中の上に乗っていた。
後ろには紡ちゃんと悪魔のお兄さんが一緒だ。お兄さんに至っては尾で拘束されている。そして獣は走り出した。
「えっ、何。何が起きてるの!?」
「馨君っ」
「紡ちゃん、しっかり掴まってて」
「うん」
「ギャアァァァッ、離せ、俺様をどーする気だ!」
みるみる遠ざかって行く背後で、唖然から一変騒然となる声が響く。
多分だけど追いかけてきている筈だ。どっちの陣営も仲間を連れ去られているからな。絶対、来て欲しい。来てなかったらどうしよう。
「このままオレ達どうなるんだ」
「決まってんだろ。巣に連れ帰って食われんだよ」
「い、いやぁ……」
「こっちだって願い下げだ。くそ、離せ! 動けねぇ」
「魔法でどうにかならないの?」
「無理。こいつ、周到に俺様の力を妨害してやがる」
そんなバカな。いや、あの戦いぶりならアリなのか。
随分と頭の回る獣だ。賢くて強いなんて反則だろ。大きな魔物を瞬殺できる実力者。到底自分達が勝てる相手ではない。
だけど飛び下りたら死にそうだし、頼みの青年は拘束されてて飛べない状況。手詰まりだ。
「あ、そうだ。蝙蝠、小さい鳥に変身すれば」
「バカ野郎。魔法が使えねえんだからできる訳ねえだろ!」
「アレ、魔法と同じ括りなの!?」
本当に打つ手がないぞ。こうなると後続の仲間が追いついてくるのを待つしか。
「怖いよぉ」
「ああ、泣かないで……」
「お前、言葉が通じるんなら説得とか交渉とかできねえか」
「お兄さんがやってよ。そういうの得意そうじゃん」
「いいのか? 逆に怒らせるかもだぞ」
「この状況で嘘つく気!? わかったよ。やってみる」
そんなこんなで、半ばやけくそ気味に説得を試みることにした。
体毛にしっかり掴まって可能な限り声を張り上げる。相手を刺激しないように丁寧な言葉で。
「もしもし獣さん。すみませんがオレ達他に行く所があるんです」
「…………」
「あの、ですね。多分だけど美味しくないと思う」
「…………」
「できれば、食べるんじゃなくお友達になって欲しいかな」
「グルルッ」
黙れと言わんばかりに身体が大きく揺れた。
「ああ、ごめんなさい。お願いだから怒らないで」
「全然ダメじゃねーか!」
「仕方ないよ。言葉通じたとしても相手獣だもん」
「うぅ、お母さん。お父さん」
紡ちゃんの声が弱々しい。絶対震えているよ。
確実に死が近づいている。そんな気しかしなくて泣きたくなった。祈りながら空を仰ぐが影一つない青空だ。この獣は相当に足が速いんだな。追いつけないらしい。じゃなくて!
(ダメだ。諦めが入ってる)
余計なことを考える余裕なんてない筈なのに……。
でも、諦めるしかないだろ。この状況でどう生き延びるんだよ。
こっちは歴戦の戦士でも、天才的な猛獣使いでもない。上手いやり方を誰か教えてくれ。
(この世界にビーストテイマーなんて役職あんのかな。あったら今すぐ出て来て欲しい)
オレは切羽詰まって神頼みを始めた。パニックの頂点、限界突破だ。
もう支離滅裂なことを考え、天に願い奉っている。意味不明なお願いをしている自信があった。他力本願上等、なんでもいいから助けてくれ――!!
「ガルル、オンッ」
唐突に獣は止まった。三人の少女達のすぐ前で。
一鳴きの後に揃って背中から振り落とされる。そして背後に回られ、軽く押されてから獣はどこへともなく走り去っていく。入れ違いにターヴィス達が追いついてきた。
何が何だかわからない。合流できた直後から頭の中がパンクしそうだった。
「あ、ああのっ」
「ん、え……君達はっ」
フリーズした頭に声が届く。我に返ってみると見覚えのある顔が並んでいる。
居心地悪そうにもじもじしてて、唇をもごもごと動かして。一人一人の顔を見てオレは、隣の紡ちゃんを顧みた。心配だったから。いつでも守れる準備をする。
だって彼女達は、以前紡ちゃんをいじめた子達だったんだから。
「助けてくれてありがとう」
「えっ」
オレは唖然とした。身体の緊張が僅かに緩む。
「そ、それと」
「――ッ」
三人組の内の二人が紡ちゃんのほうを見る。
強く睨まれ、息を飲むような言葉にならない声が聞こえた。怯える彼女を咄嗟に庇う。
一方で目の前の女子二人はもどかしそうに唇を噛んでいた。身体も少し震えているような気がする。一瞬だけ片割れの一人に視線を向けて頷かれていた。なんだ?
「あの時は、酷いことしてごめんなさい!」
「私も悪かったわ」
「改めてウチも謝る」
突然のことに思考がついて行かない。この謝罪は虐めてた時のことか?
「……って今更!? つーか、また謝ってなかったのかよ!」
「う、ん。ごめん」
「お前らなぁ」
「いいの。馨君、ありがとう。皆もちゃんと謝ってくれてありがとう」
「許してくれるの?」
「だって友達とずっと気まずいの嫌だもん。わたしが気に障ることしたのかも……」
紡ちゃんは素直に許した。彼女は彼女で考えて思ったのかもしれない。
本人達がそれでいいならいいけど。そんなことを思っていると、すぐ近くで光が弾けた。小さな光にもっと小さな二つの光が吸収され、ふわふわ浮いていた輝きが綺麗な石に変化する。
オレの手の中に降りてきたソレは、今もなお光り輝く不思議な石だった。
「石に、なった?」
「綺麗」
「でも何がおきたんだろう。この石、不思議な力を感じる」
綺麗と思う反面、何が起きたのか皆が怪訝に感じ口にする。
誰も何もわからないみたい。でも何か重要なことが起きた気がした。純粋に大切だと思え、オレは手にした光り輝く石を大事にしまう。一緒にいた青年達からも大事にしたほうがいいと言われたし。
あ、そうだ。他にちょっと気になったことが、聞き間違いかもしれないけどさ。
「紫苑、さっきの改めてってどういう意味?」
「言葉通り。傍観してたの、前に謝った。それに……」
紫苑が瞬時に距離を詰めて耳元で囁く。
その内容にオレは思わずはっと目を見開いた。なかなかに強烈な一言だったから。
(マジかぁ)
距離が近かったのは一瞬。特に変な気はない。
ない、んだよな。アレは。いや、どうなんだろう。確かに紫苑は普段から物静かだ。あの時も彼女の声はあまり聞こえてこなかった気がする。
傍観してたのは悪いけど、微妙な立ち位置だったのは想像できた。
むしろ、それよりもさっきの一言のほうが強烈だ。
――ウチ、結城の女装はアリだし好き。
「あのさ。ちょっと聞きたいんだけど、この辺で黒い妖精の男性を見なかったかな?」
放心気味のオレをおいてターヴィスが質問する。
気持ち半分な頭で彼らの会話を聞いていた。愛奈が代表して応え、自分達を占ってくれた人だと告げる。出会ったのは最近でバオブーの森方面に行ったのを聞いた。
とてもカッコよかったらしく、仲間に誘ったが断わられてしまったなどと耳を通り抜けていく。
「じゃあ、あたし達はこれで」
「気をつけて」
「うん。未来、紫苑、行こ」
「そうだね。愛奈ちゃん」
踵を返す二人。歩き出した二人とは別に紫苑だけが今も立ち止まっている。
こっちを見て手を振り、こう言う。
「もっと、いろいろ似合うと思う。今度持ってくね」
「待て。今の、持ってくって何を!?」
「紫苑早く。おいてくよ」
「うん。今行く」
友に呼ばれて駆け足で去って行く紫苑。当然止まりはしない。
「あー行っちゃったね。で、何の話?」
「オレが知るか」
「紫苑ちゃん、結構趣味が広かったみたいなの」
「へぇ~」
「お二人さん。変な想像しないでよ?」
いつの間にか強敵と対峙した緊張はほどけていた。
あの獣は結局なんだったのか。何がしたかったのか知らないけど助かってよかったと思う。だから互いの怪我の状況を確認して、問題ないと判断できたので再び飛び立つ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
更に西へ、バオブーの森へと続く橋を目指す。
約束はそこまでなのだ。危ないことに巻き込んでしまったしこれ以上無理を言えない。橋の前まで運んでもらう。降り立った後、丁寧にお礼を言って別れる。
別れる時にオレは皮翼族の青年がはっきり見えることを指摘した。目の錯覚かと思ったアレだ。
するとお兄さんは「今更」と驚く。どうやら神鳥族の登場で自身に懸けていた隠れ身の魔法が解けていたらしい。言われてみたら、そうだった気がする。
飛び去って行く彼らの姿から目を離し、眼前に広がる竹林をまっすぐと見つめた。
「これがバオブーの森? 竹林じゃん」
「異世界じゃ、竹をバオブーって言うんだね」
「二人の世界にもバオブーの木があるの?」
「うん。竹って言うんだけど」
へぇ、と彼は興味深そうに相槌を打つ。
雑談を交えながら竹林にしか見えない森の中へと踏み入って行く。
「お兄さん達の話だと精霊がざわついてるんだっけ?」
「歌が聞こえたりもするって言ってたよね」
「精霊のほうは任せて。感じ取れると思う」
「頼りにしてる」
風が吹き抜けるバオブーの森もまた広かった。
代り映えのしない景色が延々と続いているように見える。幾本も降り注いでいた光は次第に力を失っていく。夜が近づいているのだ。
無理に動き回るのは危険なので時間を見て野宿をする。
明るくなるとまた森を歩き、日が傾き始めていた頃。
ターヴィスがふと足を止める。どうしたのかと聞けば、周囲の精霊がざわついてると言う。近くにいるかもしれない。探すように周囲を見回す。
けれど人の姿を目視するのは厳しかった。無数に伸びる竹が視野を妨げている。
――キンッ。
「今の音」
「金属がぶつかり合うような感じだったね」
「もしかして、誰かが戦ってるの?」
「あっちだ」
オレ達は音のした方角に向けて駆け出した。
その間も何度か響く剣戟の音。聞いている内に緊張感が増していく。
ある程度進んだ時、竹と竹の間で銀閃の如き光が走った。息を飲みつつ更に突き進む。やがて視界に一人の男っぽい剣士が映る。
対峙しているのは武装したスケルトン。黒い靄みたいなのが全身から滲み出ている。
剣士風の男は実に美しい立ち振る舞いだった。舞うが如く銀色の粒が輝く黒刃を振るい、次々と敵を打ち倒していく。彼の黒い衣装と長いマフラーが動くたびに翻る。
「あの剣、月の力が纏わせてあるね」
「エンチャント済みってことか」
「星空みたい」
カタカタと歯を鳴らして敵が死角から剣を振り下ろす。
完全に不意打ちだ。剣士は素晴らしい反射神経を見せ、瞬時に氷の盾を生成して弾く。
(氷……水の属性も使えるんだ)
オレはなんとなく思った。それにしても強い。
「なんか助けに入れないや」
「邪魔になりそうだしね」
多分大丈夫だと思うよ、とターヴィスは続ける。
鮮やかな剣戟を見つめている内に戦いは終わった。危なげのない戦果だと思う。まだ警戒の滲む顔で静かに剣を鞘に納める男。それを見てオレは――。
「黒の剣士」
思わず口から零れた言葉を聞いてか、聞かずか男が振り向く。
クールという言葉がよく似合う目に見つめられドキッとする。女性が歓声を上げそうなくらいの美形だ。背も高いし、均整の取れた細い体格が美しさを際立たせていた。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。完全に気づかれていた。
「その言葉、召喚された子供達だな」
「えっ、あ……うん。なんで……」
唖然とした風に応えたオレから僅かに視線反らし、男は小さな溜息を吐く。
「会う者皆が私のことをそう呼ぶ。そんなに珍しいのか?」
「ああ、本の中の主人公に似てるからかな。ごめん」
「別に謝るほどでは……。ただ、殆どが憧れに近い反応を見せるのでついな」
「本当に、ご迷惑をおかけしてます」
なんだか申し訳なく思う。この世界は本当に既視感のあるものが多い。
男は理由がわかり、とりあえず納得したようだ。再び視線を向け挨拶を始める。
「初めまして。私はノーチェ‐エンヴェラ、旅の剣士だ」
「ノーチェ、エンヴェラさん?」
「ノーチェでいい」
「はい」
オレ達も彼に倣って順に自己紹介と挨拶をした。
男性の視線がターヴィスに向けられる。何かを思い出すような表情だ。
「君は……」
「どうも。また会いましたね」
「やはりそうか。思い出した」
二人が会話中、改めて細部に目を向ける。やっぱり異種族ってつい観察しちゃうな。
髪は衣服と同様の漆黒だった。髪は特別長くないけど、後ろは肩につくくらいで、前髪も顔が隠れない程度に横へ流れているけど長め。瞳の色は紫黒色っていうのかな。紫がかった黒だ。
見た目の歳頃は意外と若そう。高校生か、大学生くらい。
「どうした?」
「ああ、羽根があるんだなって」
咄嗟に言ったことだが、事実彼には羽根があった。黒い半透明の。
「そうだな。普段は歩くので使わないが……」
「あまり飛んだりしないんだね」
つい油断して普段通りに話してしまい「あっ」と口を押える。
男性は首を傾げ、オレがため口を謝罪すると普段通りでいいと言ってくれた。本当に大丈夫かともう一度確認して言葉に甘えさせてもらう。
改めて男性に、いろいろ聞きたいことがあって探していた旨を伝える。それを聞き彼は僅かに怪訝な表情を浮かべた。なんというか、表情がわかり辛い人だな。
すると紡ちゃんがオレのカバンから光が漏れていることに気づく。
でも光る物といえばあの石しかない。ここまで光が漏れることもなかった筈だ。ならば急に光が強くなったのか。いったいなぜ?
「いつからこんな……」
オレはカバンから例の石を取り出す。
光り輝く石を見て、ノーチェさんが明らかに動じた様子で目を見張った。
「まさかっ」
「何か知ってるの?」
「……話をするなら少し移動しよう。この先に泉があるので」
「うん」
ノーチェさんの導きに従い泉まで移動する。
彼は道中、歩調をオレ達に合わせてくれた。特に言葉はなかったけどさり気ない配慮が嬉しい。
じきに夜がくる。目的にたどり着くと早速野宿の準備だ。すぐ傍に泉があるので水には困らなかった。それぞれにテントを張り、食事を作って焚火を囲む。
「それで光る石についてなんだけど……」
「ああ」
「ちょっと待って。先に確認しておきたいことがある」
オレが話を聞こうとし、ターヴィスが待ったをかける。
ここで争っても意味がないので素直に譲った。相手が静かに頷いて先を促す。
「まず確認として貴方は天霊島の出身ですよね」
「はい。故郷は確かに」
「僕の推測は間違ってなかったんだね。カオル、ごめん。どうぞ」
「うん。じゃあオレの番」
改めて光り輝く石について聞く。なんで光が強くなったのかも気になるが、多分こっちは聞いても仕方ないことだ。
しかし彼は意外にも両方の答えを持っていた。
答えを明かす前にオレ達一人一人を試すような視線で凝視する。戸惑いつつも各々にそれを正面から受け止めた。
やがて安堵か、決心の表れか、一つ瞬きをする。
「まず初めに精霊クロノスは知っているか?」
「そ、それ! ユグドから聞いた精霊だ。実はその精霊に用があって」
矢継ぎ早にオレが告げると彼は制するように軽く手を上げた。
こっちが口を噤むのを待ち、十分な間をおいてから淡々と語り始める。
「彼の精霊にどんな用があるかは知らない。だが、話をするのであれば不可能だ」
「どうして」
「……これを見てくれ」
緊迫した空気と共に、彼は衣服の下に忍ばせていた小袋を取り出す。
丁寧に中身を取り出してみせた。それは綺麗な水晶だ。そこそこ大きく、内部で弱々しく光が瞬いている。まるで寝息でも立てているように……。
「それは――ッ」
ターヴィスが何かを察して息を飲む。
「え、何?」
「綺麗な宝石ね。もしかしてコレ……」
「精霊クロノスだ。今は休眠状態にある」
「これが精霊!?」
「なるほど。だから微精霊がざわついてたんだ」
彼が無言で頷く。そして話を続けた。
「ある日突然、精霊クロノスが私のもとへ。その時知ったよ、故郷が消滅したのを……」
「そんなことがあったんだ」
知った、というよりは「悟った」のほうが正しいかもしれない。
紡ちゃんがじーっと水晶を凝視していた。でも持ち主の視線が向けられると、申し訳なさそうに視線を反らして俯く。向こうも咎める気はないようだ。互いに何も言わない。
彼が水晶を丁重にしまうのを待ってから話の続きをする。
「ひょっとして石は精霊クロノスに反応してたのかも」
「おそらくな」
「ノーチェさんはこの石が何か知ってるの?」
今度はオレが躊躇いがちに聞いてみた。
話す前に確かめさせてくれと言われ石を一度預ける。慎重に受け取り様々な角度から見て、何かを感じ取るかのように集中していた。
彼は石を返し、ゆっくりと瞬きをする。言葉を待つ僅かな間に思わず固唾を飲んだ。
「紋章の石にまつわる伝承の中に三つの石の話がある」
「へぇ、僕初めて聞いたよ」
「伝承は幾つもあるからな。そのすべてが真実とは限らないさ」
「まあね。それで三つの石って?」
「ああ。三つの石はそれぞれ不思議な力を持っている。そして生み出された特性に冠した名が充てられているんだ」
ノーチェさんは語った。まとめると伝承の内容はこうだ。
紋章の石へと導く三つの石がある。それぞれ勇気の石、希望の石、夢の石と呼ばれていた。導きの石とも。三つの石は光の奇跡によって出現し、奇跡は子供達のもとで発生するという。
導きの石は子供にしか力を発揮させられず、故に紋章の石は子供にしか見つけられない。