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第7話 試される勇気・後編

 視界に映った不確かなもの。それはキラキラと輝く粉雪みたいな白銀色。多分、何かが光を反射しているんだと思う。しかも動いている。

 見間違いかと目を疑いたくなったけど、オレは自分が見たものを信じて行動した。

 正直アレが何なのかはわからない。だから知っているかもしれない人物に情報を託す。怖気づいた演技でターヴィスに歩み寄りそっと囁く。


「森の奥、粉みたいな白い光が動いてる」

「白い光の粒子……っ! 二人ともちょっといい?」

『うん』


 二人で同時に頷いて耳を傾ける。ひそひそ話で指示を受けた。

 青年はニアニアとした笑みを口に浮かべて見下ろしている。


「ほーらほら、もっと怖がれ怒れ。俺様を楽しませろ」


 そんな言葉をほざきながら、魔法で人魂を出したり、死角を利用して驚かせるような幻影を見せてきた。でも怪我をすることはない。悪趣味だけど戦う気はないのか?


「やいっ、お前見たところ悪魔だろ。なら浄化とか効くんじゃねーか?」

「はん、悪魔? ああ、お前らは俺様達のことをそう呼ぶんだっけ」

「またオレ達の会話を聞いてたのか。まあいい、紡ちゃん月属性の魔法をかけてみて」

「うん。まかせて」


 紡ちゃんが杖を握り締めて集中する。

 杖を中心にキラキラとした銀色の光が周囲で瞬き始めた。光が集まっている範囲は半円状でそんなに広くはない。今の限界ギリギリまで光が瞬く範囲を広げている。

 青年の服の裾が一瞬だけその範囲に入った。何か不都合があったようだ。青年が慌てて裾を引っ張り寄せる。でも結局、アイツのいる枝まで届かず少しの所で拡大が止まってしまう。


「ふぅ、驚かせやがって。ほらほら頑張りなよ」

「くぅ~バカにしてやがる」


 でも紡ちゃんに無理を言えないオレを笑う声があった。

 だけどいいんだ、これで。ほどなくオカリナの音色が響き始める。演奏が始まった。青年が怪訝に眉を寄せたが、枝や蔓が蠢き自分を捕らえようとするのを見て合点がいったようである。

 華麗に避けて、悪い線じゃなかったけどと調子よさそうに熱弁した。


(言われた通りにやった。けど大丈夫なのかな?)


 正直不安になってくる。なにせ、喧嘩腰で仕返しする風を装えとしか聞いてない。

 枝や蔓の動きは時々鋭いけど奴を捕らえるに至らなかった。でも青年は特に気にしてなさそうだ。子供だからこんなものだと思っているのか。

 相手は翼があって素早そうだしオレも不思議には思わない。だから余計に――。


(本当になんとかなるの?)


 でも加勢するのは難しい。オレの魔法は炎で、剣も下手に振り回せば怪我をさせてしまう。

 相手はこちらを傷つけてないんだ。それに異種族とはいえ、人を傷つけるのは嫌だし。怪我をさせれば向こうも怒って話どころじゃなくなる。


「うぅ……ん」


 そろそろ紡ちゃんが限界っぽい。マズいぞ。キラキラが弱くなってる。


「さすがに面倒くなった。いい加減に――ッ」

「やばっ、アイツがイラつきだした」

「ようやく見つけた」

「げっ」


 若い男の声とともに、バサバサと翼が羽ばたく音が近づいてきた。

 やがて白銀色の光を反射しながら小さな鳥が飛んでくる。青年がいる枝の近くまで来て、ふっと姿を変えて人の形になった。まさしく天使のような姿だ。

 天使っぽい青年がふわっと光の玉を打ち上げる。

 それを見上げ、皮翼族の青年は更に顔をひきつらせた。オレはついじっくりと新たに現れた天使を見つめてしまう。


 長めの髪は鳥の時と同様に白銀だった。この角度じゃ顔はよく見えない。

 でも背丈や年頃は高校生くらいと、皮翼族の青年と同じくらいに見える。こちらの服装はゆったりとした民族風に感じらえた。めっちゃ神話の世界に出てきそう。


「またやったのか。いい加減に初対面への挨拶を改めなさい」

「へん、やーなこった」


 神鳥族の青年が悩まし気にため息を吐く。

 一方は見上げ、一方は見下ろす姿勢で会話している。


「もうちょっと楽しみたかったのによ」

「止めろ。悪趣味極まりないだろ」

「このくらいいいじゃん。つまんねー」

「意外と仲がいい、のかな」

「うん」


 オレと紡ちゃんは二人のやり取りを聞いて一緒に納得した。

 すると遠くからまた翼の羽ばたく音が近づいてくる。途端に、皮翼族の青年は顔色を変えた。見てわかるくらいに動揺している。落ち着きがない。

 現れたのは神鳥族と思しき白銀の鳥だ。天使っぽい青年が「姉さん」と呼ぶ。小さな鳥は弟らしい青年の肩に止まる。


「ごめんなさい。遅れちゃって」

「いいえ。勝手に姿をくらますコイツが悪いんです」

「ちょ、ちょっと! 俺様はただ周囲の状況を、だな」

「お前がそんな殊勝な筈ないだろう」

「うふふ」


 なんだか様子がおかしい。まるで……。

 何気なく紡ちゃんを見ると、彼女も何かを察したように頬を赤らめていた。

 ひとまず話の区切りをつけた彼らが振り向く。神鳥族の青年が申し訳なさそうに歩み寄って来た。


「申し訳ありません。友がご迷惑を」

「いや、全然。こっちも挑発しちゃったし」

「いいえ、大方の見当はつきます。本当に申し訳ない」


 背後で皮翼族の青年が慌てている。だけど何か言い返す感じはない。

 ねちっこく言うのはアレなので、この話は止めにしてこちらの目的を相手に伝える。素直に話せば向こうも快く応じてくれた。

 安堵の息を零し、まずターヴィスが一歩前に進み出る。


「じゃあ、さっきと同じ質問。君は幻影で出した人を知ってるの?」

「……いや」

「嘘をつく気か? いい度胸だな」

「バッ、まだ途中だろ。……知ってるよ」


 顔を背けながら小さく肯定した。次いで他の二人を見る。

 彼らに探し人の特徴を伝えることも忘れない。だけど彼らは首を振った。一緒に行動しているのに知らないとはどういうことだ。

 でも神鳥族の二人は理由を知っているみたい。すぐに補足情報が口に出る。


「同種間の通信網ですね。遠くの仲間と思念で意思疎通ができるので」

「テレパシーができるの!?」


 スマホいらずじゃん、とうっかり言い困惑させてしまう。

 すぐに謝って話の続きを聞くことにした。曰く、彼は日頃から仲間達と情報交換をしている。世間話のようなものだが、その中に最近見かけた人物の情報があった。

 昨日のオレ達の話を聞いていて、仲間の情報と合わせてあの幻影を作り出したという。


「なら、もしかして今の居場所もわかったりする?」


 ターヴィスが聞いた。問われた本人は唇を僅かに噛み、間をおいてから言う。


「まあ一応。移動してっから正確じゃねえけど」

「それでも構いません」


 是非、教えてくださいと頼む。


「王都の西側だな。時々子供に絡まれてるのを見かけたらしいぜ」

「西となるとバオブーの森か、その先か」

「あらら~あの辺りは最近特に物騒だから心配ね」


 北から南に流れる川を越えればバオブーの森。その手前にいる可能性もゼロではない。川の東側の川沿いに面した場所に町があるとも聞いた。位置は王都からほぼ真西だという。

 時々子供と遭遇して足を緩めているなら、うまく先回りすれば出会えるかも?


 他のもいろいろ聞いてみた。知りたいのは妖精の男性のことだけじゃない。

 紋章の石のこと、賢者のこと、伝承でもなんでも。知っている可能性は低くてもとりあえず聞いてみるのはアリな筈だ。質問された三人は互いに意見を交わし合いながら答えてくれた。


「種族までは知らないが、賢者様はありとあらゆる魔法が使えると聞きます」

「全元素が扱えるってアレ」

(全属性もち……チートか?)

「海の向こうでは石の伝承が伝わってるとも聞いたわね」

「その話は本当ですか。もっと詳しく」

「ごめんなさい。詳しく知らないの」


 伝承はともかく賢者の話には進展があった。

 もう少し具体的に聞いてみる。例えば外見の特徴とか。


「賢者様の外見ですか。なんとも言えません」

「女だったり男だったりなぁ。その辺のカラスかもよ?」

「嘘ついてないよね」

「心配ない。彼は姉さんの前で嘘はつかないから」

「バカッ、言うなよ!」

「あらあら」


 顔を真っ赤に染めて友とじゃれ合う。結構可愛い悪魔だった。

 特にツッコまず話を戻す。もう一度確かめると、本当に賢者はいろいろな姿をするらしい。ユグドのおかげで性別は確定しているが未だ外見のイメージが想像し辛い状況だ。


(せめて種族がわかればいいけど、知らないみたいだし……)


 まあ、たとえ種族がわかっても知識内の想像とは違うかも。

 それでもターヴィスに聞けばいいか。やっぱり種族は知りたいところだ。


「つーか。賢者の情報って微妙なの多いよな」

「じゃあ全属性、じゃなくて元素使えるのもガセ情報だったり?」

「かもなぁ。まあ、その前に生きてるかだろ。確か賢者の家って紋章の石消滅から少しして壊滅したらしいぜ」

「縁起でもないこというな。あくまで噂の範疇ですよ」

「そうね。近くを盗賊がうろついてたって聞くし不憫だわ」

「賢者のくせに家の物盗まれるとか。結構まぬけじゃね」

「虎の居ぬ間にだろう。留守を狙われれば強さは関係ない」


 話し始めると彼らは止まらなかった。次々と真偽不明の案件が出てくる。

 珍しい宝石の話や精霊の様子だとか。中でも気になったのは、妖精族の男性を見かけた場所で微精霊らがざわめいていたことだ。綺麗な歌声を聞いたとも。


「ところで微精霊って何?」


 今更だけどターヴィスにこっそり聞いてみる。


「そこらを漂ってる力の弱い精霊のこと。決まった形もないし固有の名前もない」

「へぇ~じゃあ、ユグドやクロノスは力の強い精霊なんだ」

「うん。魔法の補助は殆ど微精霊がやってるよ」

「精霊にもいろいろあるのね」


 こっちの話は当然向こうにも聞こえていたみたいだ。

 ちゃんと終わるのを待ててくれて、意識が彼らに戻ると代表して神鳥族の青年が口を開く。


「僕達の知ってることはこんな所です。せっかくですから近くまで送りますよ」

「いいんですか?」

「もちろん。貴方がたの足では追いつくのは厳しいでしょう」

「た、確かに」


 正確な位置はわからず、探し人も常に移動している。

 体力的にも歩調的にもこちらが圧倒的に不利だ。それにちょっとワクワクしていた。送るということは、それってつまり――。


「ええぇ、コイツら抱えて飛ぶのか。面倒過ぎる」

「当たり前だろ。世界の危機なんだぞ」

「なんか、いらんこと言った気分」

「平気よ。一人、一人ずつ抱えれば重くないし面倒にもならないわ」

「そういう意味じゃなくて。わざわざ送るのがちょっと……」

「あ、あの。迷惑なら全然」


 彼らの会話を聞いて紡ちゃんが申し訳なさそうに言う。

 白銀の鳥が青年の肩から飛び立ち、咄嗟に差し出した紡ちゃんの手に乗った。


「遠慮しないで。ああ言ってるけど根は優しい子だから」

「セシルさん止めて。恥ずいっ」


 また大慌てする彼をチラリと見やり、視線を戻して「ねっ」と告げる。

 何が、どこが「ねっ」なのか、オレにはちょっとわからない。恥ずかしがっているけど優しいのか?

 ボソリと「しゃーねぇな」と青年の同意が聞こえた。直後、白銀の鳥が手から飛び立ち人の形になる。声の通り綺麗なお姉さんだ。長い髪の色、翡翠色の瞳は姉弟で同じみたい。

 容姿は神鳥族の青年とよく似ている。服装と合わせて女神って印象を受けるな。


「では行きましょう。私は貴方ね」

「よろしくお願いします」


 やっぱり女性同士だな。お姉さんは紡ちゃんを運ぶ。

 残るは種族の違うお兄さん達だ。どっちにしよう。正直悪魔はカッコいいけど、ちょっと怖いんだよな。何かあった時とか……。


「はい。僕、皮翼族のお兄さんにお願いします」

「ま、どっちでもいいや。振り落とされんなよ」

「こっちの台詞かな。振り落とさないでよ?」


 オレは心の中でありがとうと言った。目が合うと微笑まれる。


「なら僕は君ですね」

「お願いします」

「はい。誰かさんみたいにバカはやらんから安心して」

「おいっ」


 からかい合いながら担当となった者がオレ達を抱え飛び立つ。

 初めての体験だった。飛行機ではない、肌で風を感じながら空を移動する。怖いけど楽しい感覚。雲がすぐ傍を通過して、眼下には広大な大地が見え、間近を鳥の群れが飛んで行く。

 時々翼が風を切る音が聞こえた。足がつかない不安感は消えないけど、がっちり腕に支えられている安心感が同時にあって不思議な感じだ。背中から伝わるぬくもりがあるだけでだいぶ違う。


「うわぁ、これが空を飛ぶ感覚。凄い。いつか僕も……」

「へん。そーら!」

「うわぁぁぁあぁぁっ」


 感激するターヴィスに触発されて空中旋回する悪魔。

 真横でその瞬間を見て、思わず目を見開いてしまった。無意識にぐっとお兄さんの腕を握るのを強くしてしまう。すると頭上から「大丈夫です」と優しく声が降ってきた。


「こら、ふざけるな。落としたら承知しないぞ!」

「俺様がそんなヘマするかよ」

「あはは……そういえば、普通に話ができてる。上空なのに」

「風の魔法を使っています。皆さんには堪えるでしょう」

「なるほど。ありがとうございます」

「礼なら姉に」

「いいの、いいの。気にしないで」


 徒歩で行くよりずっと早く森を進んでいく。

 上から見ると、オレ達が飛び立った場所は入口から割とすぐの所だった。全然進めていなかったのだと知り愕然とする。かなり歩いたと思っていたのだ。

 空路で森を抜けようという時、王都側の山沿いに逃げる人影を見つける。広がる平原を全力で駆け抜ける数人の子供。彼女らを追う大きな魔物の姿があった。


(顔まではわからないけど子供ってことは――)


 一緒に召喚された同級生である可能性が濃厚だ。

 オレは紡ちゃんとターヴィスに指で示して教える。その後目配せをし互いに頷き合う。


「すみません。あの子達を助けたいです」

「おいおいマジかよ。デカいのがいるぜ?」

「ならば尚更よ。あの子達が危ないわ」

「今下りたら巻き込まれる。二人抱えて飛ぶのはキツイって」


 逃走中の子供達は三人。飛んで逃げることを考えての発言だ。

 大型の魔物はそれだけで脅威である。子分を呼ぶこともあるらしい。

 だから皮翼族の青年は反対していた。重量が増えれば飛ぶのが困難になるばかりか、魔物の襲撃に対する危険まで加わわり命に係わる。


「でもほっとけないよ。友達かもしれないんだ!」

「確かに見捨てるのは気分悪いよね」

「でも勝てるのかな? 逃げられる?」

「僕達も護身程度には戦えますがどうでしょう」


 どうする。この人達の実力はわからない。巻き込むのも……。

 紡ちゃんやターヴィスだってそうだ。逃げられる保証がない以上、戦うつもりで行くことになる。一人だけ下ろして貰うか。いや、オレだって死にたくはない。


「王都から騎士を呼んでくるのは?」

「確かにこの国の主力は騎馬ですが、この距離だと間に合いません」

「風の魔法で移動を補助しても……」


 間に合わないと思ったのか女性が首を振った。

 でも、もう迷っている時間はない。逃げる子の一人が転んだ。


「ごめん。やっぱり行くよ。逃げてくれていいからお願い!」

「仕方ないなぁ。じゃあ僕も一緒に戦うしかないじゃん」

「うん。怖いけど……頑張って戦う」


 紡ちゃんとターヴィスに礼を言った。本当にありがとう。

 お兄さん達も覚悟を決めて降下する。徐々に、急速に近づく魔物に慄く。けれど自分を振るい立て、抱える腕から解き放たれ降り立つ。

 両者の間に割り込む位置で、オレは魔物と対峙し震える身体を堪えて短剣を構えた。


「お兄さん達は後ろの子達を安全な場所にっ」

「はぁ、乗りかかった船だ。おまけしてやるよ」

「必ず戻ります。行くぞ」

「ええ」


 神鳥族と皮翼族の三人が逃走していた子供を抱えて飛び去る。

 向かって来る魔物に何が通用するのか。何も思い浮かばなくて、恐怖で足がすくむ。あんな大きく強そうな奴と戦うのは初めてだ。勝てる気がしない。でも逃げれる気もしなかった。

 大きく息を吐き、ずっと練習してきたエンチャントを試す。刃に炎を灯す魔法だ。


「ギャシャアアァァァッ」


 映画でみた触手モジャモジャな魔物が大口を開けて飛びかかる。

 オレは支援魔法を受け、全身全霊をこめて短剣を振るった。纏わせた炎が放射状に延びて敵を焼く。だが効果は薄い。身体を覆う触手の一部を焼き払っただけだ。


(くっ、熟練度が足りないのか!?)


 ゲームに有りがちな設定を引っ張り出して原因を推測する。

 この世界はゲームとは違うけど、自分に状況を説明する分には便利だ。


「ガッ」


 魔物の前肢が振り下ろされた。咄嗟に避けるけど体勢を崩す。

 やっぱ主人公みたいにはいかないか。切り替えて、すぐに立ち上がり構える。紡ちゃんも気弾っぽいのを飛ばしたり、治癒魔法をかけてくれたりした。

 ターヴィスがオカリナの根で植物を操り動きを封じようと試みる。

 だが敵の力が強い。拘束が有効なうちに攻撃を仕掛けるが、やっぱり薄皮を剥ぐようで大ダメージにはなってなさそう。


「レベルが違い過ぎる!」


 まあ、レベルというのは例えだ。高難易度が過ぎるよ。

 頭はまだ冷静だけど気を抜くと焦ってヘマをしそう。なにより怖いんだ。いつまでも恐怖が消えない。身体が強張らないよう必死に忘れようするけど無理。無理過ぎるって!


「結構マズいかも。全然通じてない感じ」

「うぅ、どうしよう」


 怯える心を感知したのか。魔物は一番震えている紡ちゃんを睨む。


「危ない!」


 嫌な予感がした。咄嗟に、本能的に身体が動く。

 無我夢中で紡ちゃんともども地面に飛び伏せた。直後、背中を掠める気配がする。ターヴィスが何かさ叫んでいる。オレは彼女を庇って身を伏せたまま唇を引き結んだ。


「世話のかかる子供(ガキ)どもだな!」


 ドーンと爆音が響き、熱気が肌を撫でる。

 うっすらと瞼を開けると悪魔が放った一撃が命中したようだった。敵が燃えている。

 でも魔物は怯まない。雄叫びを上げ、炎を消し飛ばして殴り掛かった。それを悪魔は素早く躱していたが不意を突かれてしまう。背面からの一撃。


「ぐ、あっ」

「お兄さん!」


 ドサッと肩に手をやり呻く。翼にも傷を受けていた。

 手負いの青年に魔物が迫る。友の窮地を上空から放たれた光の矢が牽制した。放ったのはもう一人のお兄さんだ。お姉さんも何かを唱えていて、風が辛うじて敵の動きを封じている。

 でも二人とも苦しそうだ。魔物のほうが強いみたい。


 オレは滲んでいた涙を拭って悪魔のお兄さんの傍に駆け寄った。

 彼を守るように剣を構える。紡ちゃんも一緒に来ていて、お兄さんに治癒魔法をかけていた。彼女は泣いている。


「眠りの魔法なら――」


 ターヴィスが敵に近づきオカリナを奏でた。

 どうか効果があって欲しい。でも、こっちの願いは空しく終わる。


「ギャシャアァァァァッ」

「眠りの魔法は聞いてなさそうですね。拘束もそろそろ限界か」


 自分の弓では力不足と思ったのか表情は険しい。攻撃は続けてくれているけど……。

 風の拘束は限界に来ていた。諦めず演奏を続けているターヴィスの表情も苦しげだ。冷や汗が滲んている状態かもしれない。


 オレも炎をぶつけてみるが実質足手まといだった。風の魔法のほうが強いから消えちゃう。でも他の属性は使えないし。

 魔物の攻撃は更に激しくなる。このままじゃ逃げることもできないよ。


「オレが、もっと強かったら……」


 もっと強ければ戦力になっていたかもしれないのに。

 勇者でも成りたてじゃ勝てない。なんて言葉が脳裏に浮かぶ。

 ううん、自分は勇者じゃない。だけど、この世界の人と自分達とでは実力差があり過ぎた。


「でも、それでも。攻撃の手は止めちゃダメだ!」


 戦ってくれている仲間達のために。弱くても立ち向かうよ。

 持てる限りの力で、今の最大限の全力で挑む。するとオレの目の前で小さな光が弾けた。ふわふわとした光が浮かんでいる。そして――。


「ガルゥオォーンッ」


 物凄い速度で接近してくる影があった。

 しなやかで俊敏な動きで駆ける青紫色の大きな獣。虎や獅子のような。ううん、ジャガーやチーターみたいに見える。


 魔物が微かに慄いた。獣はまっすぐ魔物に向かう。

 伸びる触手の攻撃を掻い潜り、懐に入り込んで爪を立てる。まず一閃。ズサッと敵の肩口を大きく裂いた。

 獣は地面を抉る勢いで力強く着地し吠える。直後、頭上を暗雲が立ち込め渦を巻き、中心から巨大な光の鉾が落ちた。光に呑まれ魔物が跡形もなく消し飛んだ。



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