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第6話 試される勇気・前編

 夕方になるまで散々探し続け、結局あの蝙蝠を見つけることは叶わなかった。

 さすがに準備をしないと危険だと判断して野営に取り掛かる。近くの川で水を汲み、食べられそうな物を探して巻きも集めた。現地で調達できることは何だってやる。

 この生活に少しずつ慣れてきたと思う。女の子の紡ちゃんはお風呂やトイレでまだ戸惑ったりしているけど……。


 あ、ちなみにお風呂はターヴィスに協力して貰っていた。

 魔法の応用という奴だ。汎用性の高いものがあって、お風呂のイメージを伝えると上手い具合に再現してくれた。オレも火起こしなど協力する。

 服は村でお手伝いして古着を貰ったり、ありあわせの布で教えられながら自作した。


「明日こそは見つけられるといいけど」

「大丈夫。あの様子じゃ、絶対会えるさ」

「ふあぁ~」


 紡ちゃんが大きなあくびをする。見られて少し恥ずかしそうだ。


「先に休んでていいよ。オレ、もう少し話したいから」

「わかった。お先に失礼します」

「おやすみ~」

「おやすみなさい」


 そう言って彼女はテントの中に入って行く。

 後ろに気を遣いつつ、隣に座るターヴィスと焚火を見つめながら話した。なんだかんだでそれなりに経つね、から始まり……。


「ターヴィスは平和だった時も旅してたの?」

「もちろん、結構好きなんだよね~。それに夢も広がるし」

「夢ってどんな?」


 聞くと、彼はパッと表情を明るくして語り出す。


「いろいろあるよ。絵画の巨匠でしょ、世界一の音楽家に、一流の職人。自分の力で空を飛びたいし、成獣の王と戦って、伝説の宝と見つけたいよね」

「やりたいこと多ッ!?」

「他にも……」

「まだあるのかよっ」


 つい大きな声を出してしまい、慌てて口を閉ざしテントのほうを顧みる。

 どうやら大丈夫だったようだ。でも今度は慎重に声の大きさには気をつけて話す。

 改めて話して見ると目の前の少年は、かなり夢が多く何にでも興味を示すのだと知る。追いかけっこの間に口走った単語について聞かれ教えた。他にもオレ達の世界のこととか。

 するとターヴィスが「あのね」と遠慮がちに質問する。


「ちょっと気になってたんだけど、カオルはなんで女の子の恰好を?」

「あーやっぱ気になる? 少し長くなるんだけど実は……」


 特に大した話でも、隠すような話でもない。ただ少し言い辛くはあるけど。

 でもオレは、彼ならばと信じてあの時のことを話そうと決めた。そうターヴィスならきっと大丈夫だ。



      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



 それは小学三年生の春、金曜日。

 オレは教室の中に入れず、扉の影で固まっていた。あまりにショックで……。

 

「あたし達の馨君を惑わさないでくれる」

「そうよ、そうよ」

「わ、わたしは何も……」


 チラリと中を覗く。すぐに頭は引っ込めたけど姿は確認できた。

 紡ちゃんを囲むように三人の女の子がいる。アレはよくオレのことを応援してくれる子達だ。悠里が言うにはファンクラブらしい。とても羨ましがられた。

 でも、今はそれより話の内容だ。あまりいい雰囲気じゃないのが気になる。


「だいたい気に入らないのよ。この男女!」

「本当キモいよね~」


 聞こえてくる声音は三人分だけ。弱々しく否定する紡ちゃん。

 入るに入れない。なんでこんな展開になったんだっけ。そうだ。下校時刻になって、一度外に出たところで忘れ物に気づいて……。


「ひょっとしてわざとなんじゃない?」

「えっ……」

「目立たないフリして狙ってるんでしょ」

「ちがっ」

「じゃあ馨君の視界に入らないでよ!」

「そ、そんなの……」


 あいつら無茶苦茶言っている。悪口だって無理あり過ぎ。

 ドンッと何かがぶつかる音が聞こえた。もしかして突き飛ばしたのか?

 紡ちゃん、すっかり怯えているのが声から伝わってきた。確かめるのも怖い。助けないと、と思う気持ちはあったけど足がすくむ。


(忘れ物も、今すぐ取りに行く必要ないよな)


 そんな言い訳をしてオレは立ち去ろうと足を動かした。

 でも、数歩進んだ所で止まる。無意識に拳を強く握って、瞼をきつく瞑った。

 いいのか、本当に。自問自答の末にオレは目を見開いて踵を返す。頭の中は真っ白だった。ただ衝動的に、早足で教室の敷居を越えて――。


「馨君!?」

「どうして」


 なりふり構わず横を通り抜ける。手を伸ばした。


「あ……」


 かけられる言葉は思い浮かばない。無言で紡ちゃんの手を握る。

 そのまま引っ張って、逃げるように教室を飛び出した。後ろを振り向くなんてできない。怖かったから。どんな顔しているんだろう。どんな顔をして向き合えばいいのか。

 夢中で走って昇降口まで来た。後ろから弱々しい声が聞こえる。


結城(ゆうき)君、足早い」

「あっ、ごめん。気づかなくて」


 はっと我に返って振り向く。息を乱して立ち止まる。

 謝ると同時にオレは握っていた手を離す。涙目の顔は赤かった。多分、オレも。まさか初めての会話が謝罪になるなんて。


「えー、あぁ……大丈夫、望月さん」


 意味もなく頭を掻いて聞く。

 紡ちゃんはしきりに頷き「うん」とか細い声で答えた。

 うまく言葉が出ないのはお互い様だ。言葉に迷って息を吐くような声を零してしまう。


「ともかく帰ろっか」

「でも、何か用事があったんじゃ……」

「平気。てか今教室戻んの厳しい」

「あ、うん」


 苦笑いしながら外に出る。校門まで一緒に歩いて、遠慮がちに方向を聞く。

 すると驚くことに大体の方向が一緒だった。途中まで一緒に帰ろうと絞り出す。紡ちゃんも「うん」と頷いてくれた。互いにぎこちないけど、今はこれが、この距離感が限界だ。

 火を噴きそうなくらい顔が熱い。いや、顔だけじゃなく全身が緊張で熱くなっている。手を繋ぐ勇気はおろか、顔すら見辛い状況で隣り合って歩く。



 帰り道は特に何もなかった。長いような短いような感覚で、気がつけばもう家についている。

 彼女と別れて歩き、家の扉を「ただいま」と開けて自室に入った。瞬間にオレは「あぁ」と微妙な塩梅の声を零す。激情から叫ぶとも、気が抜けているのとも違う。

 何と表現したらいいのかわからない感情が渦巻いている。身体の力も緊張とともに抜けた。


「あいつらマジ信じらんねー」


 つーかなんだよ。男女って。明らかに即興で考えただろ。

 特に思いつかなかったからってテキトーなこと言ってさ。それにオレ、時々見てたかもだけど話したことなかったんだぜ?


「今日まで望月さんとの接点なんてこれっぽっちも……」


 わーっとまた頭を掻きむしる。髪が乱れるが気にしない。

 衝動的に身体を動かす。扉の向こうで母さんが「なに暴れてるの」と言ってきて冷静になったけど。

 ベッドの上にどすんと座り考えた。つまり服装が変だと言ったんだよな。女の子くせにいつもズボンを履いているから。他に思いつかなかったのかもしれないけど。

 見た目がそんなに大事ならこっちにだって考えがある。嫌がらせの根幹がオレなら――。


(よし、決めたぞ)


 恥ずかしいけど好きな子のためだ。オレが原因だっていうならやってやる。

 好きな服着て責められるなんて理不尽だと思い、決意を込めて立ち上がった。不思議なくらい素早く決断できた自分へ僅かながらに驚きつつも歩き出す。

 母さんに頼んで、お年玉貯金を使わせてもらう。全然使ってないから結構溜まっている筈だ。そして明日、服屋に行く。



 翌日、土曜日。オレは母さんと服屋に来ていた。

 老若男女すべての衣服が並ぶ店内を歩き回る。綺麗に整列する衣服を前に複雑な気持ちで睨み合っていた。目の間に並んでいるのは女児向けの服。少女服が置かれている区画だ。


「ねえ、ここは女の子用よ?」

「知ってるよ」


 困惑したような母の声に気持ち半分で応える。

 意識は目の前の品々に集中していた。こうして見るといろいろなのがある。

 背格好を考えても着れなくはないと思う。ボトムス系は男子用と大して変わらないように感じた。でもせっかくだから大きく出たい。恥ずかしさは倍増するけど、覚悟の上でここまで来たんだ。


(一式揃えるんだから値段も考えて……)


 セール品にもよく目を通して自分に似合いそうなのを探していく。

 靴下は後回しでもいいけど、トップスとスカート、保険でレギンスまでは絶対だ。


(最悪上は今持ってると合わせられるか? でもさすがにスカートは無理だよなぁ)

「真剣に選んでるみたいだけど、どんな心境の変化なの?」

「んーちょっとね」


 考えてるんだから今は話しかけないで、と言って服選びを続ける。

 現状だと母さんに服選びの相談は難しい。それにどんな服にも似合う、似合わないがある。だから試着できるモノは遠慮なくやった。服を持って試着室まで行くのは緊張したけど……。


「えっと……」


 スカートの前と後ろは。留め具の感じはと確かめながら試着する。

 意外と着てみないとわからない感覚があった。これ、ワンピースで後ろにファスナーついているヤツとかよく着れるな。難しくね?

 結論、服選びには着脱時の労力を考えないとダメなのがわかった。


「うーん。女子ほど似合わねーけど、この辺が及第点かな」


 普段使いで着やすく、出来るだけ違和感の少ない物を幾つか見繕う。

 この辺が妥協ラインかなと区切りをつけてカートに入れた。最終確認をしてからレジに持って行く。


「母さん嫌よ。コレ持ってくの」

「いいよ。自分で買えるから」

「本当にいいの? 大事なお年玉でしょ」

「うん。もう決めたし」


 密かに溜息をしている母さんを外野に会計を済ませた。

 終始緊張はしたけど問題なく帰宅する。購入した服を丁寧に閉まって、一息ついてから駆け足で学校に忘れ物を取りに行った。



 そして決戦の日、月曜日がやってくる。

 朝から何度も深呼吸をして、幾度も躊躇いつつ服を手に取った。

 己の覚悟が試される時だ。頑張れと自分に言い聞かせて袖を落とす。初めて着て行くせいか、妙なくらい手に汗握る感覚だ。鏡に映る自分に違和感を感じる。

 オレの姿を見た父さんが目を丸くして息を詰まらせた。数秒後、むせたように咳き込む。


「本当にそれで行くの?」

「うん。このために買ったんだし行くよ」

「無理してない?」

「うーん。まあその内慣れるっしょ」


 朝食を済ませ、部屋にカバンを取りに行く。

 父さんが口をパクパクさせていた気がするが今はそれどころじゃない。

 忘れ物がないか最終チェックをして玄関に向かう。靴を履き、行ってきますと声をかけて扉を開けた。ギュッとカバンを強く握りしめ、すぅっと大きく息を吸って一歩を踏み出す。


 恥ずかしさで数歩俯きがちに進み、はぁと大きく息を吐き出して前を向く。そして気合いを入れて一気に駆け出した。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせながら走る。

 途中で走るのを止めた。ちょうど角を悠里が歩いてくる。こちらに気づいて声をかけようとして止まった。顔も足も硬直したみたいだ。


「おはよう」

「お、おはよう。えっと何、その恰好」


 どうしたんだ、とあたふたしながら聞かれた。

 まあ予想していた反応だ。なんかドッキリが成功したような気分になる。

 してやったり。いや、違う違う。うっかり調子に乗りそうなったけど、おかげで少し気分と調子が合があった。悠里の鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔に救われるとはな。


「あっ、望月さん!」

「結城君。おはよう」

「おはよう」

「なになに。いつの間に仲良くなったん?」


 驚きつつ悠里も紡ちゃんに挨拶する。

 彼女はオレの服装を見て首を傾げたが嫌な顔はしなかった。なので努めて明るく――。


「意外と似合うだろ」

「うん」

「ほほう。お前美形アピールか? 女装もイケるんだぜ、みたいな」


 悠里の悪ふざけに反撃しながら校門前まで来る。

 そこで別方向から誠人が歩いて来た。紡ちゃんと別れてそっちへ駆け寄る。案の定、彼も同じような反応になった。


「どうしたんですかっ」

「変かな」

「い、いえ。変ってほどでは……」

「ふっふふふ。こいつ、ついに新しい扉を開いちまって」

「おかしな設定つけんな。違うから」

「馨君?」


 あらぬ方向から名前を呼ばれて振り向く。例の三人組だ。

 真ん中のリーダーポジションに立つ愛奈(あいな)と、右隣の未来は明らかに顔を引きつらせていた。隠れるような位置にいる紫苑(しおん)はいつも通りの無表情でよくわからない。

 ちょっと前から思っていたが、紫苑の立ち位置は従者か忍者っぽいな。他二人と仲良さそうにも見えないし、なぜ一緒にいるのか謎だ。あくまでそう見えるだけだけど……。


(ま、人それぞれだろうしいっか)


 オレは詮索するのを止めて腰に手を当ててふんぞり返る。


「文句でもあるのかよ」

「う、嘘でしょ。馨君が……あたし達の馨君がっ」

「おーい。無視すんなって」

「きゃあぁぁーっ! こんなの馨君じゃなーい!!」

「そんな趣味だったなんてショック―ッ」

「へ、は?」


 逃げた。勝手に叫んで走り去っていく。

 紫苑だけは、変わらない無表情で一度じっと見てから後を追って行った。

 意味わかんねーよ。なんなんだよ、あいつら。でも今度こそしてやったりだ。服装が変わっただけで破綻するなら気にする必要はないか。むしろ地味に酷くね?


 別に中身が変わった訳じゃないのに、逃げられてショックなのはこっちだよ。衝撃を与えたのは認めるけどさ。

 これが一連の出来事だ。大した話じゃないだろ?



      ♦  ♦  ♦  ♦  ♦  ♦



 話し終えて、オレはふぅと息を吐く。

 静かに耳を傾けていたターヴィスは心地のいい緊張感を纏っていた。

 おずおずと相手の様子を伺う。彼はなんとも言えない表情で揺れる炎を見つめる。数分か、数秒か、沈黙の後にそっと口を開く。


「君は勇気の人なんだね」


 しみじみと誉め言葉を言われると照れてしまう。


「オレなんて全然……でも、女子の恰好してからは、前より頑張れるようになったかも」

「そうなんだ」

「うん。もう恥ずかしい恰好してるしって」

「逆にってことかぁ。でも凄いと思う」


 まあ、こんな感じで自分語りもして話は今に戻る。

 それは漠然とした不安。目的の在処の不明瞭さとは別に、これまで見てきた過去の情景が重しとなって小さな胸を塞ぐ。最初の都しかり、訪れた村しかりだ。

 村で話した人達は比較的に明るかったと思う。でも――。


(子供、本当にいなかった。それに……)


 チラリとだけど見たんだ。情報収集や手伝いの合間に。

 寝込んでいる様子の子供につきそう親の悲痛な姿が……。どこもあんな感じなんだろうか。


「早く見つけないとね。紋章の石、それに繋がる手がかり」

「うん。大丈夫、僕は顔をちゃんと知ってるからね」

「だけど会えるのかな? 黒い、妖精の人」

「会えるって信じなきゃ。そのためにも今日は休もう」


 オレは静かに同意してテントに入り就寝した。

 そっとおやすみを告げて毛布にくるまる。寒い季節じゃなくて本当によかった。何かあった時すぐに起きられるよう祈りながら意識が闇に沈んでいく。



 翌日、準備を整えて再び森の中を捜し歩いた。

 変わらず薄暗い森の中を進み、昨日の蝙蝠がいないかと周囲を注意深く見回す。


「全然見つからない」

「動く影もないね」


 ターヴィスがオカリナを使って周囲の木々に探りを入れている。

 でも見つからない。向こうも魔法が使えるだろうから対策されているのかも。なんたって相手は悪魔……じゃなくて皮翼族だもんな。


「皮翼族って魔法は得意なほう?」


 オレは気になったことを聞いてみる。


「普通かなぁ」

「神鳥族も普通?」


 こっちの質問は紡ちゃんだ。やっぱり気になるよな。

 答えは同じくらいだって。魔法の弓を使う人が多いらしい。短い期間でも彼が物知りだとわかり感心する。聞けば大抵のことは知っているんじゃないかと錯覚しそう。


 ガサガサと枝葉や茂みをかき分けていく。

 すると紡ちゃんがあっと声を上げ前を指さす。そっちを見ると、スポットライトの如く光が射している場所に背の高い男の姿が――。


「あれって……悪魔、じゃない。妖精?」


 思わず呟いてしまう。でも素直な感想だった。

 光を浴びて立つ後ろ姿は悪魔のソレじゃない。虫のような羽根があって、黒い服を着てて剣を腰に佩いている。髪も漆黒だ。


「もしかして探してた人なんじゃない」


 紡ちゃんが躊躇いがちに言った。オレも間違いないと思う。

 つい嬉しくなって男のほうに駆け出した。近づく後ろ姿に声をかけようとした途端、パッと跡形もなく姿が解けて消えてしまう。え、何。何が起きたの?


「今の、これ幻影だよ」

「幻影って。じゃあ……」


 困惑と落胆が入り混じる顔で言う。直後――。


「ギャハハハハッ! 引っかかった。ちょろいぜ、お前ら」


 盛大に機嫌のいい笑い声が木霊する。バカにされた気分になり怒りが湧いた。

 この声は間違いない、奴だ。今度はすぐに声の行方を見つけた。太い枝の上に一人の青年が手足をじたばたさせて笑い転げている。絶妙なバランスだ。よく落ちないな。


 見た感じだと高校生くらいのお兄さんだ。

 吊り目の顔は意外と整っている。髪は赤黒くて、瞳は……あ、見えた、金色。つーか猫みたいに光って見えるから少し怖い。服装は貴族か王子風で、存在感がくっきりしてて暗いのに特徴がよくわかった。

 でも、なんだろう。若干輪郭がゆらゆらしているような。目の錯覚か?


「今度は隠れる気ないのか」

「隠れるだって。俺様がお前らみたいな子供(ガキ)相手に隠れる訳ねえだろ」

「なんだと! そっちだって精神年齢は大して変わんないんじゃないの?」

「やっぱり少し怖いね。あの人」

「大丈夫だよ、紡ちゃん。オレが絶対守るから」


 怯える彼女を背後に庇って虚勢を張る。気持ちで負けたらダメだ。

 相手はちょっと……いや、だいぶ大きいけど根っからの悪じゃないと信じて立ち向かう。現に今、不意打ちできるチャンスだったのに襲われていない。あくまで悪戯の範疇だ。

 話せばわかる、慎重に話せばと自分に言い聞かせて相手を見つめた。睨みつけてるけど、相手も強気だからおあいこだろう。


「ところで今の幻影。君、何か知ってるよね?」


 ターヴィスが前に歩み出て言った。

 咄嗟のことで言葉の意味もわからず困惑する。

 皮翼族の青年は未だ口角の上がった顔のまま座り直す。威圧のためか蝙蝠みたいな翼を一瞬大きく広げた。でもすぐに畳む。本当に悪魔っぽい外見だ。


「俺様が何を知ってるって」

「とぼけないで。今の僕が知ってる人に似てた」

「そう? 気の所為じゃない。幻影なんだから、そういう風に見える仕掛けかもしれないぜ」

「うん。確かにその可能性はあるね。でも違うなら君は知ってることになる」

「もしかして黒い妖精の人ってあんな感じなの?」


 そっと彼に耳打ちすると無言で頷かれた。

 でも困ったぞ。目の前にいるのは皮翼族が一人だけ。真偽の区別をつけないと。


「言っとくけど俺様は知らないぜ。昨日の話を聞いてただけ」

「ぐっ……オレの言葉聞かれてたってこと!?」


 これじゃ話から想像で補完したと言い逃れてしまう。

 聞かれてた件さえ、この辺りをウロウロしていたと考えれば荒はない。相手は小さな蝙蝠だ。幾らでも隠れようがあるし、色合いから闇に紛れるのは容易に思える。

 会話が堂々めぐりしてしまう可能性が脳裏に浮かぶ。だけど見逃す訳にもいかない。


(何かいい手はないのか?)


 必死に考える。でも思い浮かばない。

 咄嗟にいい案なんて浮かぶ者じゃないんだな。困ったぞ。

 互いに睨み合ったまま膠着状態になっていた時、服の裾を何度か軽く引かれた。視線を動かせば相手は紡ちゃんだ。彼女の視線が何かを伝えようと木々の、茂みの先に一瞬向けられる。


「あ……」


 そっと確かめた視界に映る、不確かなソレに小さな声を零した。

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