第1話 異世界に召喚
それは小学三年生の秋、新学期が始まった時のことでした。
いつも通りに教室に入ると強い光を浴びたの。もう目を開けてられないくらいに。
わたしは何が起きたのかと不安になって、キュッと拳を握り締めて堪えました。瞼ごしに光が収まったのを感じて目を開けると、まず視界に入ったのは大きくて豪奢な部屋で……。
そして同じクラスの皆と、奥に座っている王様っぽいおじさんがいたのです。
「ここ、どこ?」
思わず言って、すぐに不安で怖くなりました。
こんなことは当然初めてで何がなんだかわからなくて。頭の中が混乱して、真っ白になっていくようで……。
そうして咄嗟に1人の子の姿を探してました。
少し離れた所に、頼もしい人の姿を見つけてほっとしたの。駆け寄ってしまうくらいに。
その子はフリルスカートに七分丈のレギンスを着て、靴は普通の運動靴を履いていて。スラっと細身だけど逞しい背中をしてまっすぐ前を向いていました。
でも私が駆け寄ると、途中で気づいて振り返ってくれます。
「紡ちゃん、大丈夫? なんともないか」
「馨君。うん、うん」
こんな時、口下手な自分が情けないです。
大丈夫と聞いてくる彼に頷くことしかできない。頭の中がこんがらがって他の言葉が出てこなかったんです。でも馨君はいつも通りに「よかった」と言って笑いました。
少し緊張したような笑顔は、彼も私と同じ心境なんじゃないかと感じさせます。
(そうだよね。不安だよね)
でも1人じゃなかったのが本当に嬉しかったの。
もし1人ぼっちでこんな場所に来ちゃったらと思うとぞっとします。
そうして、多分他の皆も一緒に目の前の光景とそこにいるおじさんに視線を向けました。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夏休みが終わって、今日から新学期が始まろうとしていた。
朝起きて服を着替える。さすがに慣れてきた女物の恰好。トイレの時がちょっと不便だけど、幸いオレは体格も細いほうで顔も、あまり伸ばしてない髪もまあ違和感がない程度だ。服さえ着てしまえば性別なんて気にならない。
最初の頃は恥ずかしかったし、母さんも困惑していたけど今は違う。
「よし、バッチリ」
結構似合っているんじゃないか。そう思うようにしている。
今日もその服で行くの、ともう言われることなく家を出た。元気よく登校して、道すがら友達に挨拶して教室まで行く。その時だった。
ピカッて眩しい光が視界いっぱいに広がる。咄嗟に目をつぶって動けない。
しばらくじっとしていると光は収まったようだ。うっさらと開け、大丈夫だと判断して全開にする。瞬間にオレは絶句した。
「なっ、んだコレ」
どこだよ、ここ。そんな決まり文句が脳裏に浮かぶ。
これはアレだ。小説や漫画でよく見るヤツ。トラックに轢かれなかっただけマシと思うべきか。
顎が緩んだみたいに自然と口が開く。実際に体験すると言葉にならないもんなんだな。全然何も言えない。思い浮かばなかった。
ふと耳に足音が聞こえてくる。気配が近づいて来るのを感じオレは振り返った。あの子だ。
「紡ちゃん、大丈夫? なんともないか」
「馨君。うん、うん」
視界に移った女の子を前にして自然と言葉が出てきた。
彼女は不安そうに涙をためて頷く。必死に応えようとしてくれている。
駆け寄ってきた紡ちゃんはいつもズボンを履いている子だ。季節によって裾丈が短かったり長かったりするけど、別にボーイッシュって訳じゃない。むしろ優しい雰囲気で控えめな印象を受ける。
「よかった」
ああ、本当に可愛いな。絶対に守ってあげなきゃと改めて思う。
こんな状況で、正直オレも意味わかんなくて混乱しているけど。でも1人じゃないから大丈夫だ。大丈夫にする。
そんな思いを籠めて言いながら笑ってみせた。うまく笑えているといいけど……。
「おっほん。あ~」
「…………」
周りでがやがや騒いでいた皆が、奥で座るおっさんの声に反応して黙る。
(つーか、誰だよ)
今の今まで気づかなかったけど。この無駄に豪華な部屋からしてまさか――。
「よく来た異世界の子供達よ。私はこの国の王である」
「王様? マジで本物?」
「みたいだね」
オレの呟きに隣で呟きが返ってきた。
そうだよな。他に考えられないよなと納得する。
こんなんで納得しちゃうのも変だけど。でもありがちな展開なのは間違いない。マジでフィクションの世界に来ちゃったのか。夢なんじゃないかと疑いたい気持ちだ。
周りを見てみるとクラスメイト達もだいたい同じ反応だった。多分、同じようなことを考えてる。
「いや、来たというのも変か。すまんな、子供達よ。わけあって召喚させて貰ったのだ」
「…………」
「……うむ。さすがに言葉もないのはわかる。だが聞いておくれ」
国王はやや困った顔をして話を始めた。
まずオレ達がクラス丸ごと召喚されたのは間違いない。
なんで召喚されたのか。理由はすぐに教えてくれた。一言で言うなら世界の危機らしい。
(王道ファンタジーじゃん!)
自嘲気味に心の中でツッコんでしまう。
だけどすぐ意識を切り替えて話の続きに集中した。聞き逃したら危ない気がする。
「諸君らを呼んだのは他でもない。この世界を救うための力、紋章の石を探し出して欲しいのだ」
「あ、あの。紋章の石ってなんですか?」
「うむ。紋章の石とは夢と希望と勇気の結晶とも呼ばれる不思議な宝石じゃよ」
彼らは更に告げた。以前あった紋章の石が失われ暗黒時代に突入したのだと。
その所為で世界は闇に蝕まれ、魔物が歩き回り、少しずつ世界が崩壊しつつあるんだって。この状況をどうにかするには新たに紋章の石を得るしかない。でもそれは子供にしか探せなくて……。
「な、なんで私達が呼ばれたの」
「そうだよ。俺達、子供だぜ。こういうのっても、もっと……」
1人が質問したのに国王が応え、次いで上がる声に同調する声が出る。
遠慮がちだったり、怯えていたりと様々だ。でも皆の声が震えているのはわかった。オレは息を飲んで成り行きを見守る。きっと皆の疑問はオレの疑問と変わらない。少なくとも今は。
「本当にすまんな、子供達よ。紋章の石は子供にしか見つけられないのだ」
「だ、だったら! 別に俺達じゃなくてもいいじゃん。この国の子供達に頼めよ!」
「そうだよ。僕達、関係ないよ。家に帰して、学校に戻りたい」
1人の不安が皆に伝染しているみたいだ。
1人が騒げば、つられて他の誰かが大声を上げた。泣き喚く声が響く。
動揺し、慄くオレ達を見た国王は辛そうに皺を寄せる。静かに傍らで控えていた男が困ったように言う。
「陛下」
「うーん、最もな意見だ。しかし残念ながらこの国の子供達は……」
彼らの反応にオレは嫌な予感を感じた。何かある。
しばし言い淀んだ国王が、やがて重い口を開くように切り出す。
「我が国の子供達は、殆どが眠り病にかかって動けない。動ける子がどれだけ残っているかもわからぬ」
「そんな……」
「だから、我々は君達に希望を託すしかないのだよ」
本当ならこの世界の子供達が探しに出る筈だった。
でも今回はタイミングが悪く謎の病が流行してしまったのだと言われる。
なおも「帰して」と叫ぶ声が上がった。オレも気持ちは同じだ。叫んだりしないだけで。
けど国王や隣にいる人は揃って首を横に振った。今すぐには無理だと言う。
「皆さんを返すには紋章の石に願うしかありません」
「どうにか入手した前の石の欠片は皆を召喚するのに使ってしまった。だから――」
「だから、だからもうないって言うのか。そんなのアリかよ」
クラスメイトの1人が絶望に打ちひしがれた顔で言った。
国王は何度も諭すように優しくお願いを繰り返す。大人が、しかも王族の人が、オレ達のような子供に頭を下げるように懇願している。
オレはその様を見て、さすがに可愛そうと思った。本当に困っているんだ。
(助けるのはいいけど、魔物ってヤツいるんじゃなぁ)
魔物ってどんなだろう。やっぱり強いのかな。
運動は得意だけどさすがに戦えない。すぐに負けて、それで……。
「あの、ちょっといいですか」
「なんだね」
ただ喚くだけの子の傍から1つ声が上がる。
落ち着いたその声はオレの友達の1人、誠人のものだ。
「さっき魔物がいると仰いました。石はお城や町の外にあるんですよね。ぼく達、戦えません」
誠人は冷静に説明した。自分達は戦い方すら知らないこと。
ここが異世界なら尚更難しいこと。魔法とかがあるならもっと無理だ。
学級委員長らしい振る舞いで皆の代わりに質問を返す。帰るためには助けないといけない。でもそこには大きな障害があった。
「むろん承知している。故に王家に伝わる秘術で力と加護を与えよう」
「力と加護って?」
また誠人が皆の気持ちを代弁するように質問する。国王が頷く。
「力はこの世界の元素を操るためのいわば剣。加護は闇に蝕まれぬための鎧とでも考えてくれ」
「元素ってアレか? ゲーム的なヤツ?」
「でもゲームによって違うよな」
「えーなにそれ、よくわかんない」
「属性って考えればいいの? けど何を基準にすれば……」
クラスメイトの大半は慣れ親しんだ用語に混乱した。
ありがちではあるが、正直にいうと参考基準にバラつきがあって困る。
オレ自身、ただ元素と聞いただけでは判断がつかなかない。ゲームにしたって物によって仕様が違うからな。元素を属性だと仮定しても、これが三竦みなのか、もっとたくさんあるのか。
ゲーム、創作という知識があるせいで逆に考えがまとまらない。先入観が思考を混沌とさせた。
「皆さん、落ち着いて。今説明しますから」
国王の傍らに控える男が優しく、宥めるように言う。
また静かになるのを確認してゆっくりと噛み砕くように話した。
「元素とはこの世界に満ちる精霊の力です。この世界の人は皆、それぞれに相性のいい元素から力を借りることができます」
「…………」
「その元素には種類があります。火、水、風、地の4大元素、そして太陽と月です」
「えっ、そこは光と闇じゃないんだ」
「普通はそうだよね。ちょっと意外かも」
「しーっ。まだ話の途中だよ、静かに聞こうよ」
つい感想が声に出てしまった子と諫める子を見て男が微笑む。
そのまま話が続き、基本となる元素は組み合わせ次第で変化が起きるらしい。でも最初は応用に囚われず基本通りにすればいいと助言された。
説明が終わると、国王は傍らの男に「後のことは任せるぞ」と告げ秘術を使う。
国王から放たれた光がオレ達全員を包んだ。身体の奥に力が漲るのを感じる。これが元素を操るって力なのか。そんなことを考えていると国王が倒れた。
「な、なにっ」
突然の事態にあちこちで動揺の声が上がる。
オレも内心ビクッてなった。突然人が目の前で倒れたから。
男が国王を支えて「大丈夫」と皆に向けて言う。ただ眠っているだけだと。本当にそうなのか?
「大丈夫です。この秘術は眠ることで維持される。皆に力を貸し与えるための代償なのですから」
「つまり、ぼく達がこっちにいる限り王様は眠り続けるんですか」
「はい。異世界の、しかも子供に命運を託すのですから陛下も本望でしょう」
「そっか。この不思議な感じは借り物なんだな」
オレは小声で呟いた。考えてみれば当たり前だ。
召喚されたとはいっても、この世界の力を使えるなんてない。そんな都合のいい設定がどこでも通用する保証は初めからなかった。
この力は借り物。それをよく考えて行動しないといけないんだ。
「ちぇっ、本物の異世界召喚って結構不便なんだな」
「ちょっと!」
誰かが不謹慎な言葉を吐いた。偶然にも聞こえてしまい、思わずムッとなる。
正直ムカついたのが本音だ。丸腰で放り出されないだけで幸運なのに、随分と都合のいいことを考えている奴がいる。ここからじゃ声の主は見えないが文句を言ってやりたい気分だ。
幸いにも雑多な声に紛れて、この失礼な発言は男に聞こえなかったようだった。
与えられた力に半信半疑の皆にある物を配っている。男の指示で小袋を渡して回る女の人からオレも一つを受け取った。開けてみると菓子のような物が幾つも入っている。
(この状況で渡される物といったら……)
こんな感じで推理していると男が「通貨」だと教えてくれた。
やっぱりか。合点がいっていると唐突に一角から大声が響き渡る。
「よっしゃあ! 任せとけ、俺が勇者だあ!!」
「あ、ちょっと君っ」
「待って。1人じゃ危険だよぉ」
振り向いた視界の中に人込みから飛び出す姿が映った。
全力疾走で部屋を飛び出して行く2つの影。その姿を見て思わず苦笑いを浮かべる。
(間違いない。悠里と誠人だ)
「おい、誰かあのバカを止めろよ」
「なんか超恥ずかしいこと言ってなかった?」
「なに、厨二病? 早くない?」
「ね、ねえ、さっき出てったの。馨君の友達だったよね」
遠慮がちに紡ちゃんが言う。オレは顔に手を当てて肯定した。
この非常事態に能天気なヤツだ。怖くないのか、アイツは。むしろノリノリで出て行ったような……。
「あの、すみません」
「え……はい」
「さっきの子達にこちらをお渡し頂けますか」
「あ」
しかも小袋を受け取り忘れている。
誠人のほうは巻き添えだろうけど、悠里は完全にバカだろ。
「わかりました」
オレはちょっと申し訳ない気持ちで小袋を受け取った。
この頃には皆も落ち着いた様子で各自解散を始めている。それぞれのペースで部屋を出ていく。紡ちゃんは今も変わらず隣にいた。
「じゃあ、オレ達も行こうか」
「うん」
「ごめんな。まずはあいつらを急いで追いかけないと」
「ううん。平気」
早く追いつかないとね、きっと困ってるよと紡ちゃんは言う。
まあ、まだ困るようなことにはなってないと思うけど。でも時間の問題かもしれない。
広い王宮の中を歩く。途中迷いそうになったけど、お城の人は皆親切で優しく道を教えてくれた。大変な事態なのに相手が子供だからか、申し訳なさそうにしていたと思う。
城門から外に出ると城下町が広がっていた。寂しく感じる町並みを進みながら友の姿を探す。
「あいつら、どこまで行ったんだ」
「見つからないね」
そんな遠くに行っている筈ないのにどこまで行ったんだ。
漫画やゲームの主人公だってもう少し冷静に動くぞ。悠里のヤツ、絶対空回りしている。
「なあなあ、少し金貸してくれない?」
「嫌だよ。お前もう支給分使っちゃったのか」
「支給ってなんだよ。俺貰ってねーし」
「だから一度戻りましょう。まだ間に合うかも」
「でも、先越されちゃうしなぁ」
「急がば回れです。それに先を競ってる訳でもないし」
ようやく見つけた。お調子者っぽい感じのヤツと、メガネをかけた真面目そうな2人組の姿が視界に移入る。間違いなく友達の2人だ。早速トラブルを起こしている。
誠人がどうにか手綱を引こうとしていて、その隙に声をかけられていた子達は去って行く。困った様子で話し合う彼らにオレは声をかけた。
「やっと見つけたよ。ほら、これ忘れ物」
「おお! これ他の連中が持ってた小袋。サンキュ」
「ありがとう。持ってきてくれたんですね」
「こっちも頼まれたからな」
「無事見つかってよかった」
ほっと胸を撫で下ろし、自然と今後の話を展開する。
一緒に行こうか尋ねてくる2人にオレは首を振った。別に一緒でも良かったんだけど、ふと隣の紡ちゃんのことが気になった。さすがに男ばかりになっちゃうと気まずいかも。
彼女と仲のいい子はいる筈だが、こいつら2人を探すのに時間をとられて誘えなかったし。大所帯になると危険かもしれない。だからと言って人数が少ないのも問題だけど。
「この場合2×2で分かれて、増員メンバーはこっちの人がいいかも」
「うん。確かに土地勘がないのは不安だよね」
「おう。冒険の醍醐味の1つだよな。各地で仲間に出会うってのは」
オレは頷いて同意を示す。
「で、状況に応じて協力体制をとるのがいいと思う」
「大規模作戦みたいな感じだな。レイドとかマジ燃えるし!」
「できればそんな事態は避けたいですけどね」
「うん。でもこのほうが互いに戦力を期待できるよね。人数的に」
「皆詳しいね。だけど、確かにこっちの人が仲間に加わってくれた方がいいかも」
紡ちゃんも遠慮がちに参加する。盛り上がり過ぎちゃったかなと心配したけど、意外にも彼女は冷静で戦い方とか能力とかに焦点が向いていたようだ。
こちらの人を仲間にする利点の一つ。すっかり失念していた。確かに人数だけじゃない。
「考えてみれば、借り物の力をちゃんと使えるかわからないね」
「はい。場所のことだけじゃなくて、与えられた力が使えないと自衛もできませんし」
「でもよ。こっちの子供はほぼ全滅なんだろ?」
「えっと、子供である必要はないんじゃないかな」
「紡ちゃんの言う通りだよ。サポートしてくれる人がいればいいんだから」
「ですね。同年代のほうが話しやすくはありますが……」
この際、贅沢は言ってられない。ちゃんと協力できるなら誰だっていい筈だ。
大体の方針が決まりオレ達は歩き出す。お互いに無事で、と声をかけ合い別れる。
これから各地を巡り、仲間を募りつつ紋章の石を探さないといけない。胸の内には不安と期待、恐怖と好奇心が満ちていた。
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お読み頂きありがとうございます!
本当は短編にする予定でしたが、意外と長くなってしまい分けることに……。
長編にする予定まではありません。ちゃんとまとまるか不安ではありますが、引き続きお読み頂けると嬉しいです。