あの日の夜を、忘れない
今日は、舞踏会の日。
武闘会じゃないよ。
そして、今、私は、大広間の回廊に向かう豪奢な石橋の上で、星空を、見上げていた。
ある意味、ゲーム最大の、イベントに、一人、参加できずに、一人たたずんでいる。
まったく、酷いものだ。
乙女ゲームのくせに、ヒロインが、パーティーに、参加できないルートが、有るのだから、ゲームと言う物を、全く解っていない。
先ほど、リナ様が、この一つの道を、抜けて、会場に、向かったのを、確認している。
柱に隠れて、こっそりと、見ていた。
そう、まるで、暗殺者の様に、監視していた。
パーティーが、始まり、会場への道なりには、誰も居なくなったのを、確認して、その石橋に、出て、夜空を、見上げている。
月が昇り、私の顔を、青白く照らす。
何、思うが故に、何を、思う。
くだらない事を、思いながら、時を、刻んでいく。
リナ様は、友達と、くだらない話を、しながら、パーティーを、楽しんでいた。
でも、気づくと、目線は、誰かを、探している。
すると、バール様を、見付け出し、愛でるような視線の、目元が、優しさに、あふれる。
胸元に、安心感が宿ると、目を閉じて、もう一度、視線を、遊ばせる。
その前に、バール様の、目線に捉えられてしまう。
その瞬間に、視線を、そらし、踵を返して、大衆に、紛れようとする。
バール様は、友人の、言葉を、指を、かざして、制した。
歩き出し、思いもしないような、速度で、リナ様の、手を、握りしめた。
その感触に、振り向いた瞬間に、目線が合った。
その時に、バール様は、言った。
「踊らないか、リナ」
「えっ」
リナ様は、驚いていた。
何度だって、想像していた瞬間に、驚いていた。
「行こう」
そう手を引かれた時に、一言。
「はい」
そう答えてしまった。
手を引かれた乙女に、大衆が、道を譲る。
それに気が付かない粗忽者には、誰かが、その裾を、掴んで、道からどけさせる。
大広間の中央に、立つ二人。
バール様が、うやうやしく首を、垂れると、リナ様は、スカートを、つまみ上げて、しなやかに、それに応じた。
音楽が、始まる瞬くような瞬間。
二人は、手を取り合って、ダンスが始まる。
始まった瞬間に、終わりが、もう決まっているような、鮮やかな完璧な、ダンスだった。
リナ様は、その瞬間を、全く覚えていなかった。
ただ、つま先が、覚えているステップ、ただ、引かれるままの、指先が、ダンスを、導いて行く。
見つめあう、その瞳は、未来に、どう思い返されるのだろう。
終末は、すぐ、そこに来ている。
だが、その瞬間は、間違いなく有ったのだ。
音楽が、鳴り止み。
礼を、取るためにバール様が指先を、手離す。
その指先を、惜しむように、絡めるリナ様。
たがいに、礼を、取り向かい合った。
立ち上がった、バール様が、リナ様を見つめた。
その時の、リナ様は、腕を、ダラリと垂れ下げて、その指を、前で絡ませた状態で、何物をも見ていない瞳で、放心していた。
「リナ」
そう問いかけながら、手を指しのべるバール様。
その反応に、ビックっと成って、半歩下がってしまうリナ様。
その反応に、バール様も、硬直して、驚いた。
その瞬間に、リナ様の、頭がショートした。
「これは違うんです。それは、その、・・・・・・・・」
涙が、こぼれない様に、瞼を、全力で見開く。
泣いてはダメ。泣いてはダメ。
リナ様は、半歩下がり、一歩下がり、気が付くと、裾を、つまみ上げて、美しく、スカートを、ひるがえして、走り出した。
扉を開けて、少し肌寒い外気が、頬を、かすめる。
もう瞳は、涙で、グチャグチャだ。
それを、拭う事すらしない。
会場からの、唯一の出口である長い石橋を、駆け抜ける。
そして、その道の、先の、ど真ん中で、遮るように、私が居るのである。
青白い月光の下、その背後に、満月を、いだきながら、立ちはだかるのである。
やっぱりラスボスは、こうで、なくっちゃ。
「あらリナ様。こんな所で、どうなさったのですか」
白々しくも、こう問いかける。
「あなた、どうして、こんな所に居るの」
「さあ、月が、きれいだからとでも申しましょうか」
「お願い。私を、通して、もう、ここには、居られないの、もう、私、消えてしまいたい」
「あらあら、それは、とんでもない事が、起こったようですね。いったい何が、有ったのです」
リナ様は、膝から崩れ落ちて、うずくまる。
「私の事は、ほおっておいて、私に触らないで。何も聞かないで」
涙は、真珠にも、等しいとも言われるが、私は、そんな事は、信じない。
「月は、お好きですか」
我ながら、くだらない質問だ。
「そんなの知らない」
力の無い口伝が、耳を、通り過ぎる。
「白い月、青い月、赤い月、いろんな月が有りますね」
今度は、反応すら無い。
彼女は、気づいていない。
だから、私は、彼女の耳元で、ささやいてさし上げた。
「顔を、お上げに成って、お嬢様」
くだらない質問は、ささやくための口実。
彼女に気づかせないための罠。
その耳元の、ささやきに、驚いたリナ様は、思わず、面を、上げてしまう。
私は、その額に、私の額を、くっつけて、彼女の瞳を、覗き込む。
もう、彼女の、瞳しか見えない。
彼女も、私の瞳しか見えない。
一度、目を閉じて、彼女の手の平を、両手で、握りしめる。
「ミス・レディ・リナ・エバンスさま。お立ちに成って、時の車輪に、追いつかれる前に、早く立たなくければ成りません。さあ、お早く」
私が、立ち上がると、つられるように、彼女も、立ち上がる。
両手を、掴みながら、瞳を、そらさない。
私は、ささやくように、言葉を続ける。
「ミス・レディ・リナ・エバンスさま。あなたは、もう立派なレディだわ。だって、あなたは、好きな人の為に、こんなにも、涙を、流せるのだもの。だから、あなたは、きっと強くなる。今以上に、そして、誰よりも、強くなる」
その言葉を聞いて、見開いた眼には、もう涙は無かった。
「だから、ミス・レディ・リナ・エバンスさま。その最初の一歩を、ためらわないで」
見つめあう二人。
その時の二人は、あたかも、一人の、女性のようだった。
「さあ、お早く。月の神速よりも、はるかに早く行かなければ成りません。もう、あなたは、もう、全てを、知っているのだから。お行きに成って。後悔など、必要ないのだから」
握りしめた手を、そっと押してあげる。
放心した瞳が、色を、帯びて来る。
よろめくように、振り返ると、今来た道を、歩き始める。
その歩みは、速度を、上げて行き、髪を、なびかせる。
その反対側から、バール様が、走って来る。
一本道の、石路。
もう、妨げる物は、何も無い。
「バール様」
リナ様が、呼ぶ。
そのまま、バール様の、胸に飛び込む。
それは、あの時の、逆再現のようだった。
バール様の、胸に抱かれた、リナ様は、もう、ためらう事は、無かった。
「バール様。好きです」
ほんの一瞬、驚いたような感覚が、有ったが、直ぐに笑うと、こう続けた。
「先を、越されたな」
苦笑するバール様。
「好きだよ。リナ」
その言葉を、聞いて、また、顔を、真っ赤にするリナ様。
その恥ずかしさのあまり、バール様の、胸に、顔を、うずめた。
リナ様の、突撃で、座り込んでしまったバール様は、リナ様の、頭を、そっと撫でた。
その感触を、感じ取って、眠るように、瞳を閉じた。
一本道の、遥か彼方の、ラスボスは、いつの間にか、消えていた。
面と書いて、「おもて」と、読むのですね。初めて知りました。
はい、これで、ネタ的には、終了と成ります。後は、ボリューム不足を、補うための、増量キャラと成ります。ご興味がおありなら、以後も、お見知りおきを。