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月光浴  作者: 白雪ちはる
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屋上にて

まだ、拙い部分がありますが、読んでくださると幸いです。

 「今日は満月です!みなさーん!最高の月光浴日和となりますね!」


朝、お天気キャスターのお姉さんが満面の笑みで伝える。

お母さんも「あら、いいわねえ」

と、嬉しそうにテレビを見ていた。

今日は機嫌が良いだろうなと、トーストを齧りながら思う。


しかし、一方で俺は、

(最悪)

と誰にも聞こえない声で呟いた。

何が満月だ。


10年ほど前、「月光浴」が人体に良い影響をもたらすとかで、健康法の一つとして推進された。

詳しいことはまだ幼稚園だったから忘れたけど、なんか月光に含まれるある成分が人間の免疫力を高めるとか、なんとか言ってた。

最初は誰も本気にはしていなかった。


月光がなんだ。太陽の光を反射しているだけだろう。日光浴と何が違うんだ。ただのSFだ。


だけど、人類が長い間苦しめられていたあるウイルスの抗体が月光浴をしたことで作られたという実験結果が某国から出ると、人々は手のひらを返して、その健康法をこぞって試し始めた。


腰痛が治った。視力が良くなった。体が丈夫になった。


そんな報告が世界中から毎日のようにニュースで流れた。

正直、こんなの実際に体験しないとわからないものばかりで、簡単に信じられるものではない。しかし、俺の周りでも「月光浴をして健康になった!」て言ってる奴らがちらほら出てきた。


俺のお母さんも例外ではなく、月光浴をして四十肩が治ったらしい。

「たまたまだろ」

と言ったら、

「そんなんことないわよぉ!」と、肩をぐるぐる回して見せた。

確かに、リハビリもまだ通って三日目とかだったから、あんなに肩が動かせているのはおかしかった。


で、そんなこんなで、「月光浴は健康にいい!」って考えがみんなに定着して、今ではやっていない方がおかしいほど、月光浴は人間の生活の一部になりつつある。

地域によっては、学校で義務付けられているところもあるほどだ。


だけど俺は、一度もしたことがない。

月を見ると、俺はいつも頭が痛くなる。

しかも、それは結構まちまちで、地味に痛いなって時もあれば、割れるんじゃないかってぐらい痛む時もある。

逆に体調が悪化している感じだ。

だから、俺は月が嫌いだ。特に満月が嫌いだ。満月の日が一番頭が痛む気がする。


「満月です!」なんて伝える満面の笑みのお天気お姉さんに妙に苛つきを覚える。

今日は、学校を休もうかと考えたけど、なんて説明しようかと考えると面倒だったので、結局行くことにした。

朝食を食べ終わり、「行ってきます」と家を出た。


***************


授業を適当に受けながら、ボケっと空を見上げる。

俺の席は外に面している窓際だから、空がよく見える。

今はサンサンと太陽が差しているのに、夜になるとどこかに行っちまって代わりに月が顔を出す。

俺が大嫌いな月。

なんで出てくるんだよ。月なんて必要ねぇじゃん。

夜は暗いままでいい。

月なんかが照らさなくてもいい。

それか、ずっと太陽に居場所を譲ってていい。

夜のことを考えると憂鬱だ。

満月の日は部活も我慢して、早く帰らなければいけない。

満月の日は夜まで遊べない。

満月は俺のことをとことん邪魔をする。


はあ、とため息をついて、黒板に目線を戻す。すると、微かに視線を感じた。

チラッと、感じた先に目をやると、一人の女子生徒がこちらを見ていた。

名前は確か、富士崎さん、だったけ。

あまり学校に来ない子だ。来てもだいたい遅れて来る。今日も授業の途中でやってきた。

こういう子がクラスにいると、暗黙の了解で誰も話題にしないし、関わろうとしない。だから、だいたい影が薄い気がする。

それに、彼女の容姿も特別美人とか、目立つ格好をしているわけではないので、俺の記憶にはいつも片隅にいるぐらいだ。

そんな彼女がこちらを見ている。もしかしたら俺の勘違いかもしれないけど、でも、今確実に目が合った。


…なんだ?


もう一度彼女を見る。だけど、もう彼女は黒板に目を移していた。


その後も特に何もなかったので、俺も気にかけることはなかった。


***************


「キーンコーンカーンコーン……」

昼休み。

弁当を食った俺は、席に戻ろうとしたら、なんか机の上に謎の手紙が置いてあった。


「今日の午後6時、屋上にて待つ。」


デカデカと達筆な字で書かれたそれは、明らかに異様だ。

「なになに?果たし状?」

「ヤベー」

案の定、一緒に見てた親友のシンジとコージが絡んでくる。

もちろん、元気が取り柄のこいつらも月光浴を毎日している。

「お前、何かしたの?」

「してねーよ」

「でも、こんなん来るのおかしいじゃーん」

コージが手紙を摘み、ケラケラと笑う。

「返せって」

「えー、やっぱ何か心当たりあんの?」

「ねえけど…」

「じゃあ貰っていい?」

「なんでだよっ!」


バカ騒ぎしながら紙を取り合っていると、「さっさと席つけー」と、次の授業の先生が来た。

科学のヤギ先だ。

本当は八木先生だけど、細い目に小さな丸めがね、おまけにもみあげが変にとんがっているため、みんな親しみを込めて「ヤギ先」と読んでいる。

こう見えて、まだ26歳らしい。

こんなに見た目が老けている先生でも月光浴してんのかなとか思う。


「ヤベヤベ」「んじゃ」

と、去って行く二人を軽く手を振って見送る。

手紙は、さっきの取り合いでかなりシワクチャになっていた。

でも、文字がデカいおかげで特に支障はなし。

「6時って、もう月でてんじゃん…」

書かれている指定の時間にはすでに室内にいないとかなりヤバい。

室内にいても、地味に頭痛くなるのに…


「…い、おーい」

ボスっと、何かで軽く叩かれる。

見上げると、ヤギ先が教科書で俺の頭をボスボス叩いていた。

いつの間に授業が始まっていたらしい。

「なーに、見てんの?ラブレター?」

ヒョイっと、手紙が取り上げられる。

「あっ、いや、ちがっ…」

「ふーん…」

ヤギ先が細い目をさらに細める。一瞬、富士崎さんの方を見た気がした。

「ま、いいや。とりあえずこれはボッシュー」

「あ!ちょっ!」

ヤギ先は、ヒラヒラと手紙を持てあそびながら、教卓に戻っていく。

シンジとコージを見ると、ニヤニヤと笑っている。

2人を軽く睨むと、べっと舌を出してきやがった。


***************


…午後5時…

俺は屋上へと続く階段に腰掛けていた。

結局、俺が考えに考え抜いた末、「相手よりも早く待っておく」という、結論に至った。


おそらく、相手が常識を持った人ならば、6時の少し前ぐらいにやってくるのではなかろうか?そして、もし来れば手早く話か用を済ませてもらって、すぐに帰る。

もし相手がスマホを持っていたら、連絡先を交換して、あとは家に帰って話せばいいので、なお良し。

俺の家は学校から自転車で15分だからダッシュで帰れば月が出る前になんとか間に合う。

てか、イタズラかもしれないし… イタズラであって欲しいけど。


待っている間、無意味にスマホをいじる。

少し頭の奥が痛みだす。

ちらっと、時間を確認すると、ちょうど午後5時半を回ったところだった。


すると、コツコツとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。

足音の持ち主は、ゆっくりと俺の前で足を止める。

背中まである長い黒髪、細くて青白い手足。華奢な体。物憂げな瞳でこちらをジトっと見つめてくる。

富士崎さんだった。

今朝、俺のことを見ていた富士崎さん。

彼女に見つめられて、俺はなぜか緊張して「ゴクリ」と、喉を鳴らす。


しばらく、2人で無言で見つめあっていた。

「……」

「……」

最初に口を開いたのは、俺だった。

「あの…富士崎さん…?」

「はい」

「え…っと、午前中、俺のことを見ていたよ、ね?」

「はい」

「果たし状みたいな手紙を書いたのも、富士崎さん?」

「はい」

コクリと頷く富士崎さん。

「ごめん。その、没収されちゃって」

「気にしないでください」

「……」

「……」

…気まずい…

頭の痛みも地味にひどくなっている気がする。

「あのー、富士崎さん」

「はい」

「俺、その、暗くなったら、お、親が心配するから、なるべく早く、その、話があるなら済ませ欲しい…ん、だけど…」

「……」

富士崎さんは、しばらく何か考えているようだった。

だけど、「わかりました」というと、グッとこちらに顔を寄せてきた。

ち、近い。

「では、単刀直入に聞きます。あなた、月を見ると頭が痛くなったり、体調が悪くなったりしませんか?」

え?

俺は、驚いて富士崎さんを見返す。

「は、はい」

「特に満月の日がひどくありませんか?」

「…はい」

やはりそうですか…と、また考え込んでしまう富士崎さん。

「ちょ、ちょっと待って。その、富士崎さんは月光浴を信じていない派?」

「信じない?いいえ。信じる、信じない、というか…私はその真実を知っている方…というべきでしょうか?」

真実…?

「テレビで月光浴が体にいいのは、そのような効果をもたらす成分があるからだ、と、言いますが、あんなのはただのこじつけです。何もわかっていない」

真実はこうです。

そう言って、富士崎さんは屋上の扉を開けようとする。

「ちょ、富士崎さん⁉︎」

「はい?」

ガシッと、俺は慌てて富士崎さんの腕を掴んで、開けるのを止めようとする。

「お、俺、満月の日はかなり体調が悪くなるから、その、」

さっき時間を確認したら、6時ちょっと前。もうすぐ月が見えてくる。

でも、富士崎さんは「あぁ、」と言うと、

「今日は大丈夫です」

と、断言した。

「なんで…」

「百聞は一見にしかず。まずは見ていただいた方がわかりやすいかと」

そう言うと、富士崎さんは俺の腕を振り払い、ゆっくりとノブを回した。

柔らかな月光が俺たちを包む。

うっと、俺は思わず頭を抱える。

でも、体調には一向に変化がなかった。

むしろ、さっきから続いていた痛みが引いている気がする。

おそるおそる、顔を上げた。

そして、目を疑った。


月光だと思ったもの。

それは違った。

俺と、富士崎さんの周りをたくさんの小人が囲んでいた。

ぐにゃぐにゃと、歪な星の形をした輝く小人。

ディズニーとか、ジブリとか、そんな映画でしか見たことがない光景がそこに広がっていた。

ポカン、としてしまった俺に、富士崎さんが「これが真実です」と、無表情に伝える。

「え、え?これは?」

「月からの使者です」

さも当然、という風に答える富士崎さん。

「この使者たちを月光浴をするたびに取り込むことで、人々は体の調子が良くなったりしているんです」

「使者?」

「はい。竹取物語をご存知ですか?」

竹取物語って…

「そりゃ、もちろん…」

「この使者たちは、その竹取物語に出てくる月の都の使者たちです」

そして、と、富士崎さんは俺に向き直ると、淡々と告げた。

「私たちは、かぐや姫の末裔です」

「…は!?」

イマイチ理解できない俺。

「…じゃあ、かぐや姫の末裔だから、月を見ると体調を崩すってこと?」

「はい」

富士崎さんは、星の小人を手に乗せる。

小人はその上でゆらゆらと踊っている。

「で、でも、俺の母さんとか父さんは体調が悪くなったりしないんですけど」

「あぁ、それは、」

富士崎さんは、ギュッと小人を握りしめる。小人は、簡単に潰れて花火のような光が飛び散った。

「私たちが先祖返りだからです。」

なおも淡々と続ける富士崎さん。

「竹取物語の最後に、かぐや姫が月に帰るのを嫌がって、隠れるシーンがありますよね?月から使者がやってきたとき、本来かぐや姫を守るはずの兵士たちが極楽にいるような気持ちになって戦意喪失してしまった…実は、普通の人はこれの軽めの症状が月光浴を浴びることで起こっています。だから、体の調子が良くなります。しかし、逆に、先祖返りである私たちは、本能的に月に対して嫌悪感を抱いてしまい、月を見るたびに拒否反応が起こってしまうんです」

「拒否反応…」

「えぇ。しかし、ある日を除いて」

そう言うと、スッと富士崎さんは満月を指差す。

俺もつられて満月を見上げる。月からは使者たち、星の小人が次から次へと振って来ていた。

「それが、今日?」

「はい。今日がなんの日か分かりますか?」

「今日?今日は9月15日…あ!」

あることに気づき、俺は富士崎さんを見返す。

富士崎さんがゆっくりと頷いた。

「旧暦8月15日。かぐや姫の迎えが月から来た日です」 

月の輝きが、さらに増した気がした。

小人たちは降り続けて、ゆらゆら、ゆらゆらと踊っている。

「じゃあ、俺たちやばいんじゃ…」

俺は思わず後ずさる。このまま月に戻されるとかごめんだ。

だけど、俺の心配は空回りして、「大丈夫ですよ」と、富士崎さんが答えた。

「この月の使者たちが私たちを連れ帰ることはないので」

そう言うと、富士崎さんはまた、小人を拾ってグシャっと握りつぶす。

「この使者(ヒト)たちは、いわば月の都から落ちぶれたヒト、堕落してしまったヒトたちです。訳あって、月の都から追い出されてしまった…なので、彼らは無害です。ご安心を」

「あ、そう、ですか…」

俺も小人を拾ってみる。

小人は煙みたいに感触がなく、乗っている、というよりは、手のひらに浮いている、という感じだ。

顔も何もないし、喋ったりしない。

ためしに握ってみると、煙が霧散するみたいに消えて、光が飛び散った。


「ここまでで、何か質問は?」

話しかけられて、俺は思わずハッとする。

「えーと、富士崎さんは、何で俺がその『先祖返り』って分かったの?」

正直、まだ信じられないことも結構あるけど、富士崎さんが言っていることには説得力があるので、なんだか納得してしまう。

でも、なぜ、富士崎さんは俺が月を見るたびに体調が悪くなると知っていたのだろう?

「独特の気配があるんですよ」

富士崎さんはあっさりと答えた。

…て、え?

「それだけ?」

「はい」

頷く富士崎さん

「独特の気配って、どんな?」

俺が尋ねると、富士崎さんはうーんと、と人差し指で唇をトントンと叩いて、少し困った顔をした。

まるで、言うべきか言わないでおくべきか迷っているようだ。

「まぁ、勘のようなものだと思ってください」

と、申し訳なさそうな顔をする。

「俺には分からなかったけど.…」

「わかる人と、わからない人がいるんですよ」

富士崎さんは無表情で答える。

「あー、じゃあ、富士崎さんは何でそんなにいろいろ詳しいの?」

すると、富士崎さんは少し目を泳がせて「祖母が教えてくれたんです」と答えた。

「うちの家系は少し特殊なもので…どうやら、かぐや姫の血が一番濃いのがうちらしいんです」

「本家ってこと…?」

「それ以上は言えません。すみません」

と、ぺこりと頭を下げる。

「あ!いや、いいよ。なんか言える範囲と言えない範囲がある感じ?」

「そうですね。なので、あまり外部にこのことは言ってはいけないんです」

チラッとこちらを見る富士崎さん。

「今回は同じ先祖を持ち、かつ、同じ先祖返りであったため、あなたに話しました。しかし、あなたの家はどうやら本家とはかなり離れた家系のようなので、やはり話す範囲も限られます」

「そっか…」

「なので、お願いですが、」

ズイッと、富士崎さんは俺に近づくと、

「このことは、()()()()()誰にも言わないでください」

と強く言った。

強い圧を感じる声と、必死な目に思わずたじろぐ。

「う、うん。言わないよ。てか、言っても誰も信じてもらえないと思うし…」

「そうですか。ありがとうございます」

と、富士崎さんはまたぺこりとお辞儀をした。


「最後に一つ、私から質問よろしいですか?」

頭を上げた富士崎さんは、ピッと人差し指を立てて言った。

「あ、うん。何?」

「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

……

……

……へ?

「今⁉︎」

「はい。あまり学校に行けない身なので、未だに同じクラスの人でも顔と名前が一致しなくて…」

「あー、そういえばそうだったね」

俺はちょっと拍子抜けしてしまって、ハハハ…と、抜けた笑いが出てしまう。

「でも、よく考えたら、俺も富士崎さんの下の名前知らないや…」

「なんだ。お互い様じゃないですか」

富士崎さんもフッと少し笑うと、手を差し伸ばして、

「富士崎 (ルナ)です。よろしくお願いします」

と言った。

俺も手を差し伸ばすと、

「輝夜 神門(みかど)です。よろしく」

と、彼女の手を握り返した。













ぜひ、感想等よろしくお願いします。

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