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教会の中はしばらく剣がぶつかり合う音が響いていたがすぐに、投降するものが出てきてこの場は制圧された。
ロスペール王に付いていた兵士たちは血まみれで倒れているものも数人いたが殆どは武器を取り上げられて座らされていた。
「マリエル様、教会の中は制圧完了です。外もだいぶ落ち着いてきたようですね」
私を守るように立っていた女性の兵士が言った。
制圧と言っても何がどうなっているのか解らず私は彼女たちに守られながら教会の中に居たままだ。
「一体何が起こっているの?」
エドワードがロスペールを捕まえようとしているのも理解ができない。
エドワードは争いごとが誰より嫌いだった気がするが、剣をもって戦うなどできるのだろうか。
私の問いに、女性兵士が答えてくれた。
「クーデターですよ。エドワード様がジェロード王に協力を求めたそうです」
「エドワードが・・・クーデターを?」
いつもやる気がなさそうな雰囲気をだしていたのに、彼がそんなことを?と思っていると剣を握ったままのエドワードが教会の中に入ってきた。
エドワードの周りには甲冑に身を包んだ兵士たちが囲んでいる。
甲冑の人達の腕には青い布が巻いてあり、わが国の国旗の色と同じ色なので仲間なのだろう。
「マリエル、怪我はない?」
白い騎士服のような衣装のままのエドワードはとてもクーデターを起こしたような人物には見えない。
マントは邪魔だったのかついてはいなかった。
「エドワードこそ怪我は?」
「大丈夫、戦闘はしていないからね」
そう言いつつもエドワードの袖口には返り血が付いていた。
握られている剣にも血が付いている。
戦闘はしていないと言うエドワードだが、戦ってきたようだ。
「外も制圧し終わったよ。ほとんどの人達が降伏状態だったね。叔父上の政権に不満を持っていたみたいだ。それに人数が違う。僕達の方が多いからね」
戦闘中とは思えないほどエドワードは普段と変わりない。
気だるい雰囲気を出しつつ、ゆっくりと私に言った。
「叔父上はどこに逃げたのか見つからないんだ。どうやら教会から外に出た雰囲気は無いみたいなんだよね」
エドワードはそう言いつつ、周りを回す。
「エドワード、ロスペールが見つからん」
甲冑に身を包んだジェロード王が腕に青い布を付けた兵士を連れてやってきた。
彼の剣にも血が付いている。
「この教会の中から出てないようですよ。どこかに隠し部屋があるのかもしれない」
エドワードはキョロキョロあたりを見て言う。
ジェロードもロスペールが走っていった方向を見た。
「こっちの方にあいつは走って行ったな。教会の出入り口付近に通路がありそうだ」
そう言ってマントを翻して歩き始めた。
エドワードも続いて歩いていく。
「叔父上を捕まえるまでは気を付けて。ここを離れないようにね」
エドワードは振り返って私に言った。
彼らが教会の入口へと向かう背を見送り私は教会の一番前の席に座った。
教会に足を踏み入れてからそれほど時間はたっていないが、かなりの疲労感に息を吐く。
「大丈夫ですか?」
私を守るように立っていた女性兵士が声を掛けてくれ私は頷いた。
「大丈夫よ。少し疲れたみたい」
「無理もありませんよ。精神的にかなりストレスを受けているでしょうからね。この教会の中は安全ですから安心していてください」
「ありがとう」
女性兵士の言うとおり、いつの間にか教会内に居た人たちは外に出されて残っているのは私と私を守る女性兵士と出入口に兵士たが立っているだけだ。
エドワード達が教会の出入り口を念入りに調べているのが見えた。
「ロスペール王は見つかるかしら」
座ったまま私が言うと女性兵士が私を振り返った。
「この城からは出れないと思うのでどこかに隠れていると思うのですが・・・っ」
女性は言い終わる前に目を見開いて動きを止めた。
低い悲鳴を上げならの方に倒れ込んできた。
彼女の体を受け止めると手にぬるりとした感触。
彼女の背に回していた手を見るとどす黒い血がベットリと付いていた。
「血が・・・っ」
血が出ていると言い終わる前に、彼女の体越しに衝撃が伝わり私のお腹に痛みが走った。
「お前が、エルシャではないからだ!」
女性兵士の後ろにロスペールが凶悪な顔をして長剣を握っているのが見えた。
彼女の体越しに刺されたのだと認識して悲鳴を上げながら後ろへと倒れた。
私の体の上にのしかかっている女性をどかして通路へと出る。
お腹が痛み、手を当てるが女性兵士の血が白いウエディングドレスを染めていて自分の血なのかどうか判明できない。
刺された痛みはあるが、酷い傷ではないだろうと判断して四つん這いになって少しでもロスペールから離れようと移動した。
「マリエル!」
遠くでエドワードの声が聞こえる。
通路の奥、教会の出入り口付近にいたエドワードが剣を片手に走ってくるのが見えた。
後ろでは私を守っていた女性兵士たちがロスペールと剣を交えている音が聞こえる。
不思議とすべてがコマ送りのようにゆっくりと流れるように景色が見えた。
後ろを振り返ると、行く手を阻んでいる女性兵士を倒してロスペールが私に剣を振り上げているのが見えた。
ゆっくりと剣が振り下ろされるのを見ながらなんとか回避しなくてはと思うが、私の体は動かない。
目を逸らせず剣が振り下ろされ、私の背中をロスペールの剣が切りつけた。
痛みで悲鳴すら上がらず、通路へと倒れる。
「マリエル!」
エドワードが叫びながら近づいてくる。
私は、必死にエドワードに手を伸ばした。
彼は私を乗り越えて、後ろに居るロスペールを斬りつける。
振り返ると、斬りつけられたロスペールが後ろに倒れエドワードは尚も剣を構えて床に倒れたロスペールの体を剣で突こうとする。
「止めろ、殺してしまっては裁判にかけられん」
走ってきたジェロード王が私を飛び越えて自らの剣でエドワードを止めた。
「裁判か・・確かにそうだな」
エドワードは呟いて、剣を収めると私の方に跪いた。
「マリエル、大丈夫か?」
背中が痛み全く大丈夫ではないが何とか頷くとホッとしたようにエドワードは息を吐いた。
「傷は浅そうだから大丈夫だとは思うけれど」
「傷が浅いなんて嘘でしょ。すごく痛いわ」
泣きながら私が言うとエドワードは慌てて私を抱き上げた。
「お腹も刺されたの痛いのよ」
エドワードは驚いたように目を見開いて私の体を見た。
「血まみれだけれど、マリエルの血ではなさそうだな」
傷を見ようとエドワードが私のドレスを脱がそうとして慌ててジェロード王と周りの女性兵士たちが止めに入った。
「ここで女性の服を脱がすなどありえんぞ、エドワード。すぐに運んで医者に見せろ」
ジェロード王が周りの女性に伝えると、彼女たちは頭を下げてから私を運ぼうとエドワードと私の間に入ろうとする。
「まって、僕が運ぶから。医者はどこに居るの?」
そう言って背中の傷に触れないようにエドワードは私を抱き上げた。
「こちらです」
女性の案内で歩き出したエドワードだが、背中とお腹が痛くて涙が出てくる。
そんな私を見て、ジェロード王が呟いた。
「泣けるぐらい余裕があれば大した傷ではないな」
エドワードもジェロード王も酷いと思いつつ、痛みほど傷が深くないと言われ安心してエドワードの胸に顔を押し付けた。
「エドワードが剣を使えるなんて知らなかったわ」
傷は浅いと言われても、痛む背中に響かないように小声で言うとエドワードは薄く笑った。
「密かに訓練していたんだ。かなり昔からね。一時は剣で生計を立てようかと思っていた時期もあったほどだよ。それよりも違う投資で儲かったからやらなかったけれど」
「凄いのね」
「叔父上が居なくなったから僕が今度は王位に就くことになるけれど、マリエルは付いてきてくれる?」
教会を出て私の傷に響かないようにゆっくりとエドワードは歩く。
城の長い廊下に柱が影を作りだしている。
あれほどいた兵士の姿が一人も見えず、廊下を歩いているのは私を抱えたエドワードと医務室まで案内する女性兵士だけだ。
「もちろんよ。エドワードが傍にいてくれればそれでいいわ」
「ありがとう。そう言ってもらえると思っていたよ」
エドワードは珍しく満面な笑みで私を見つめて自分の頬を私の顔にくっつけてきた。