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次の日から私は充実した日々を送ることになった。
エドワードは、”エルシャ”の為に教師を派遣してくれ、経営学、マナーとダンスの授業を入れてくれた。
午前中は、経営学をし午後はマナーかダンスの授業を行う。
両親の情報は全く入ってこず、ロスペールと顔を合わせることもなかった。
城の中は、皆よそよそしく私をエルシャと呼び無駄口は利かない。
所々立っている兵士たちも私を監視してるように感じた。
久しぶりにエドワードが私の部屋を訪ねてきた。
「お久しぶりです。お兄様」
唯一の仲間だと思っているエドワードと話すことは私のストレス解消になっているらしい。
彼の顔を見てホッとするがそれを見せず私はツンとして挨拶をした。
「ずいぶんな挨拶だな」
私の態度を見てエドワードは軽く肩をすくめる。
約半月も姿を見せず、どれだけ私が心細い思いをしていたか。
そんな私の態度になぜかエドワードは少し嬉しそうだ。
もしかして、ちょっと冷たい態度が好きな変態なのかしらと冷たい視線を送ると彼はまだ嬉しそうに部屋に入ってくると後ろを振り返った。
侍女が大量の荷物を部屋に運び入れ、あっという間に部屋の中はプレゼント包装された荷物でいっぱいになった。
「ドレスが出来上がったよ。マリエルに合わせたサイズだから今よりも動きやすいと思う」
「ありがとう。それにしては荷物が多いと思うのだけれど」
立ち上がって運び込まれて荷物を眺めている私に、エドワードは満足げだ。
「ドレス以外にもアクセサリーと靴もあるからね」
「それはエルシャのがあるから・・・」
ドレス以外は、エルシャが残していったもので不自由はしていない。
「僕がプレゼントしたかっただけだから気にしないで」
「気にしないでと言われても・・・」
これだけのドレスと宝石は一体いくらかかったのだろうか。
我が家もドレスを作るお金がなかったわけではないが、ドレスを作るぐらいなら領民の為にまわそうとしていたためお金の出所が気になる。
まさか、国民たちの税金だろうか。
「マリエルは真面目だからな。僕は城を出てから事業をいろいろやっていてね。意外とお金持ちなんだ。お金使いきれないから気にしないで。エルシャにもプレゼントはよく送っていたよ」
妹だからプレゼントするのは当たり前だと言うようなエドワードに戸惑いつつ、国民の税金でないのなら安心だと私は頷いた。
「これからダンスの練習でしょ?着替えたら?」
窮屈なドレス姿の私を見て、エドワードが言った。
確かにいつ破けてもおかしくないので頷くと、エドワードは箱を一つ取って侍女に渡した。
「このドレスがいいと思うよ今日は。きっとマリエルに似合う」
「はぁ」
別室に行き、侍女に手伝ってもらいながらエドワードの選んだドレスに着替える。
腕周りとお腹周りはエルシャが着ていたものよりも余裕ができて動きやすくなった。
やはり自分サイズの洋服が一番過ごしやすい。
レースがふんだんに使われていたエルシャのドレスとは違いエドワードからプレゼントされたドレスは簡素でありながらも豪華な刺繍がしてあり豪華さは失われていない。
濃い紫色は私の瞳の色と同じだ。
「良く似合っている」
着替えて出てきた私の姿を見てエドワードの表情は柔らかい。
普段は無表情が多いが、よく見ると薄く笑っていたりすることもある。
これは幼少期から変わっていないようだ。
「ありがとう。とても動きやすいわ」
「それは良かった。では行こうか」
エドワードは私の手を取ると歩き出した。
「どこへ?」
「もうすぐダンスの練習時間だろ?今日は僕も参加しよう」
「えっ?」
驚く私の手を引っ張ってエドワードはダンスの練習の部屋へと向かう。
城の廊下を歩くと、各所に立っている兵士たちの視線が痛い。
「僕たちを監視しているのだろうね。堂々としていればいいよ」
私の隣を歩いているエドワードが呟いた。
確かに私を見る兵士の視線は鋭く、いつも見張られている気配はしていた。
私だけではなくエドワードも同じように感じていたようだ。
「・・・怖いわ」
私が言うとエドワードが薄く微笑んだ。
「大丈夫だよ。叔父上に逆らわなければ殺されはしない」
ダンスの練習部屋に入ると、教えてくれている女性の先生が驚いた顔をしてエドワードを見た。
「今日は僕が相手になろうと思って。女性同士だと感覚が違うだろう」
エドワードの言葉に先生は安心したように頷いた。
先生が男性パートを踊って教えてくれているのをエドワードは知っていたようだ。
先生は私の所に駆けて来ると、耳元で囁いた。
「よかったわ。ダンスの指導の文句を言いに来たのかと思いましたわ」
「そんな、先生にはよく指導していただいているのに文句なんて言わないですよ」
まだ2週間ほどだが少しはまともにステップを踏むことができるようなったのは先生の指導のおかげだ。
エドワードは部屋を見回して懐かしそうに私を見た。
「そういえば、昔ここでエルシャとダンスの練習をしたな」
私とエルシャを重ねて見ている瞳が嫌で顔をそむける。
妹とは思えないと言いつつ私を通してエルシャを思い出しているのではないだろうか。
エドワードは私の手を取って体をホールドさせる。
「さぁ、始めようか」
いつの間にか、指導権が先生よりエドワードになったようで先生は慌てて手を叩いた。
「そ、そうね。ではゆっくり目の曲からいきましょうか」
先生の合図により部屋の隅に置いてあるピアノに座っていたピアニストがワルツを奏でる。
がっつりとエドワードにホールドされた状態で先生と踊った時よりも密着率が高い。
「近すぎない?」
エドワードから身を放そうとするが、背中に置かれた手はぐっと私を抱き寄せてますます密着する形になった。
こんなにくっついて踊るのかと彼を見上げると、すぐ傍にエドワードの整った顔があった。
彼は、私の目を覗き込んだ。
「やっぱり。エルシャより瞳の色が濃いね。エルシャの髪の毛は白に近い銀色だが、マリエルは銀色に近い」
「・・・私はエルシャではないもの」
あの美しいエルシャと比べられることにショックを受ける。
それでもエドワードは私の顔を覗き込みながらリードしつつワルツを踊り続けた。
吐息がかかるぐらいの距離でエドワードとダンスを踊ることが恥ずかしくなり顔を下に向けるがそのたびに、エドワードの指導が入った。
「マリエル。顔を下に向けるのはマナー違反だよ。僕の顔をずっと見るんだ」
マナー違反と言われてしまい仕方なく顔を上に向ける。
エドワードの青い瞳と見つめ合いながらワルツを踊る。
整った顔にじっと見つめられると感覚が可笑しくなってくるのか、幼少期に遊んでもらった頃を思い出した。
いつも優しく遊んでくれ、膝の上に乗せてもらいこうやって青い瞳と見つめ合って何でもないことを語り合っていたような気がする。
やはり吐息がかかるぐらいの距離間に早く曲が終わってほしいと思った頃に曲が終わった。
エドワードから解放されてほっと息を吐く。
「だいぶ上手に踊れるようになったね。もう少し練習すれば国外のパーティーに呼ばれても大丈夫そうだね」
エドワードは言ったが、国外のパーティーに出ることなど結婚してからだろう。
このままだと本当にルドル王と結婚をしてしまうのではないかと不安になる。
「お兄様と仲がいいのね」
先生は私が本当のエルシャではないとは知らないらしく、私たちを見て微笑んでいる。
「そうですね。自慢のお兄様です」
私がお兄様の部分を強調して言うとエドワードはまた嫌な顔をした。
「兄と呼ばれるのは慣れないな」
「私も、マリエルではありません」
小声で言い返すと、エドワードは頷いた。
「そうだったね。エルと呼ぼうと思っていたのに、どうしてもマリエルと呼んでしまう」
「気を付けてくださいね、お兄様」
また強調してお兄様と呼ぶとエドワードは軽くため息を付いた。
「このままだと、本当に君はエルシャとしてルドル国に嫁いで行ってしまいそうだ」
「そうならないことを祈るわ」