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「エルシャ様、おはようございます」


翌朝、エルシャの部屋のベッドで眠れぬ夜を過ごした私はウトウトしているところを部屋に入ってきた侍女に起こされた。

エルシャの遠い親戚といっても田舎貴族の私の家は侍女などはおらず、侍女に身支度を整えられるという経験は無い。

侍女2人は、私がエルシャではないとわかっているだろうに何も言わずにエルシャとして接してくるので戸惑ってしまう。

用意されたドレスはエルシャが残していったものだろう、薄い緑色のレースがふんだんに使われた可愛らしいドレスだ。

顔も体型もエルシャとは違うので、着る事が出来るのか心配だったが少しキツイが着る事が出来て一安心。


「エルシャ様、お食事はお部屋でお召し上がりでよろしいですか?」

「はい、お願いします」


私が頷くと侍女たちは頭を下げて部屋から退出して行った。

全く無駄口を利かない侍女たちは優秀なのだろうが、人間味が無く少し恐ろしい。

部屋の中にあった鏡で自分の顔を見る。

昨日の夜よりはほほの腫れは引いているが唇の横は紫色になっていた。


「お食事をお持ちしました」


侍女の一人が頭を下げながらワゴンを押して部屋に入ってきた。

慣れた手つきで朝食を用意していくのを座って見つめる。

暖かいパンとバター、野菜とスープとスクランブルエッグというメニューだ。

「いただきます」


城の一流のシェフが作った料理は母親が作ったものよりもかなり美味しかったが、やはり母の味が恋しい。

母と父は元気だろうか。

どうしてこんなことになったのだろうかと途方に暮れながらパンを口に放り込んだ。


「ねぇ、私がエルシャではないとわかりますよね?私の両親は元気かどうか心配だからなんとか連絡を取りたいのですけれどどうすればいいかわかりますか?」


黙って部屋の隅に立っている侍女に聞くと、彼女は顔色を変えずに首を振った。


「私たちは、全ての行動を王に報告するように言われています。発言内容には気を付けてください。エルシャ様」


エドワードが言っていたことはこういう事か。

城に居る人はすべて敵。

誰が、信用を置ける人かは分からないという事だ。

私が少しでも反抗的な態度を取れば両親の命は無いということだろう。

私は諦めて、朝食を食べ終えた。


美味しいはずの朝食はちっとも味を感じることができなかった。



「私はここで何をすればいいのかしら」


侍女が下がり、部屋に一人残された。

広すぎる部屋でソファーに座りながら一人呟く。

ルドル王国の王との結婚をロスペールは望んでいるらしい。

私は居なくなったエルシャの代わりに王に嫁ぐ。

出来れば嫁ぐことなど嫌だが、この状況では逃げ出すこともできそうにない。

それまで姫としてここに居ろと言われても、何をして過ごせばいいのか。

部屋の中を物色してもエルシャがここに居たと言う証はドレス以外は何もなかった。

彼女は結婚が嫌で出て行ったのか、ロスペールが嫌で行方をくらましたのか。

それとも、ロスペールに逆らって消されたのだろうか。


国王の葬儀ではエルシャとは話すことはできず遠くから眺めているだけだった。

彼女と最後に話したのは4歳の時。

毎日の様に遊んでいた時期だ。

エルシャはとても勝気で元気な子供だった。

良くいたずらをして私もとばっちりで怒られていたことを思い出す。

泣いている私を、年の離れたエドワードが慰めてくれていた。

私が泣き止むまで傍にいてくれて、いろいろな話をしてくれた優しいお兄さんだ。

そんなお兄さんに憧れ、エルシャやエドワードに会わなくなった後しばらくエドワードの事を思い出しては今何をしているのだろう、会いたいと思い過ごしていた。

淡い初恋だった。


それがこんな再会をするとは。

しかも、彼を兄と呼べと言う。

美しいエドワードが恋人だったらなどと想像したことはあっても兄だったらいいなと思ったことは一度もない。


ため息を付いて窓の外を見ていると、ドアがノックされ顔を出したのはエドワードだった。

彼は私の了承なしに部屋に入ってくると、侍女を下がらせる。


「今後について話したいと思って」


そう言って私の前のソファーに腰かけた。

相変わらず気だるい雰囲気を醸し出し、王族だからなのか美形だからなのかオーラを醸し出している。

ゆっくりと私を見つめて微かに微笑んだ。


「そのドレスはエルシャのか。すこしきつそうだな」


国王の葬儀の時にエルシャは確かに折れそうなほど細い体系だった。

私も太っているわけではないが、ドレスは腰回りと腕周りがキツイのは確かだ。

少しムッとしてエドワードを睨みつけた。


「太っていてすいませんね」

「太っているとは言っていない。エルシャは瘦せすぎだっただけだ。すぐに新しいものを作らせよう」


他人のドレスを着て過ごすことは申し訳ない気持ちがあったので自分用のドレスを作ってくれるのはありがたい。


「それはありがとうございます」


私がお礼を言うと、エドワードは肩眉を上げた。


「敬語。兄と妹で敬語は可笑しいだろう。それに昔は僕に敬語などつかっていなかったよね」

「幼かったですから」


まさか王子様と遊んでいたなど4歳の私が理解できるはずもなく、かなり失礼なことをしていたのではないかと思う。


「敬語」


再度注意されて私は言い直した。


「解ったわ。お兄様」

「・・・マリエルにお兄様など呼ばれると嫌悪感が出るな」


嫌そうな顔をして吐き捨てるように言うエドワード。

私にお兄様など呼ばれることは嫌なのかと再度ムッとする。

そっちが自分は兄だと言ってきたのではないか。

正確にはロスペールだが、私は好きでここに来たわけでも、兄と呼びたいわけでもない。

ムッとしている私に気づいたのかエドワードは慌てて私に笑みを見せた。


「そういう訳ではない。マリエルを嫌いなわけではないのだ。ただ、お兄様と呼ばれるのが違和感を感じるな」

「それはそうでしょう。本当の兄と妹ではないのですから」

「敬語」


再度言われて私は頷いた。

王族なのだから兄と妹でも敬語で話していてもおかしくはないだろうにエドワードは気になるようだ。


「では、なんと呼べばいいの?あなたの事」

「昔は、エドワードと呼んでくれていたように覚えているが」

「それは幼かったから・・・」


王子様、それも年上の相手を呼び捨てにしていた幼い頃の私はどうかしていたと思う。

今、大人な男性になったエドワードを前に呼び捨てなどできるはずもない。

エドワードはじっと私を見たままだ。


「しばらくはお兄様でいいよ。マリエル」

「わかりまし・・・わかったわ」


また敬語を使おうとして言い直した私にエドワードは満足げだ。


「今後のことだが、マリエルの両親の居場所は分からない。この城には居ないという事は確かだ」

「生きているの?」


両親が心配で手が震える。

顔を殴られた私より、酷い扱いをされているかもしれないと心配になる。


「まだ殺しはしないだろう。マリエルがエルシャとしてルドル王と結婚をするまでは」

「なぜ、そこまでルドル王と結婚をこだわるの?」


エルシャが居ないのなら、諦めると言う選択は無いのだろうか。


「叔父上はルドル王国と交流を持ちたいというのは表向きで、エルシャを嫁がせて数人の侍従を一緒に国に紛れ込ませ、内部を探りたいのだろう。できれば国を乗っ取るかルドル王を殺して自分が王となるか・・・叔父上の頭の中は自分が王となり世界を征服したいのだろう」


「そんなことができるはずがないでしょう」


私が言うとエドワードは頷いた。


「自分が王となったことによって、欲望が出てきたのだろうな。権力を持つと人は変わる」


「だからお兄様は国王が無くなった時に王にならなかったの?」


私の言葉にエドワードはまた顔をしかめた。


「マリエルにお兄様と呼ばれるのは嫌なものだな。・・・・いや、私が王にならなかったのはそういう理由ではない。世界を旅したかっただけだ」


遠い目をして言うエドワードに私はそっとため息を付いた。

そんなにお兄様と呼ばれるのが嫌なのか。

私も初恋の人をお兄様とは呼びたくはない。


「とにかく僕も帰国してまだ間もない。叔父上と、城の様子がよくわからない。マリエルは叔父上のいう事に逆らわないで暮らしてほしい」


「逆らいようがないけれど・・・それで私は、エルシャとして結婚すればいいのかしら?絶対にボロが出るし、もしバレた時は国同士大変なことになるのではないの?」


エドワードは頷いて立ち上がった。


「そうだね。大変なことになるよ。ルドル王国は戦力は我が国の倍以上。もし攻められたら国は消滅、国民たちはしばらく生活が安定せず大変だろうね。そうならないために何とかしよと思うが時間がかかるかもしれない。しばらくはエルシャとして静かに暮らしていてくれ」


エドワードは座っている私の傍に来ると、手を伸ばして唇の横を触った。


「まだ、青いな。痛みは?」

「大丈夫。冷やしたらよくなったわ」

「そうか。それは良かった。では失礼するよ」


そう言って部屋を去ろうとする背中に私は呼びかける。


「お兄様、私何をして過ごせばいいかしら。すでに手持ち無沙汰なのだけれど」


お兄様と呼ばれ嫌な顔をしつつエドワードは振り返る。


「そうだな・・・エルシャは刺繍や読書をしていたな。マリエルは毎日何をして過ごしていた?」

「私?そうね・・・母と食事を作ったり、庭の畑の手入れや、鶏の世話などかしら。あとは、領地の友達とお茶をしたりしていたわ」


昨日までは毎日当たり前に過ごしていた日々が懐かしい。


「充実した日々だな。・・・そうだな、すこし姫様らしいことをすればいい。ダンスの練習などはどうだ?マナーの練習、経営学など学んで損は無いのでは?どうせ、叔父上はマリエルが嫁ぐことだけを考えているから文句も言われまい」


ダンスと言われて私は少し嬉しくなった。

華やかな生活とは無縁の田舎暮らしだった。

いくら王家と遠い親戚と言えども、名ばかりで実生活は田舎貴族。

舞踏会に行くドレスも無ければ、ダンスなど練習したこともない。


「嬉しいわ。舞踏会でダンスは一度してみたかったの」

「では、そのように手配しよう」


そう言って今度こそエドワードは部屋から出て行った。


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