【言霊使い】の先輩がめっちゃ『大好き』って言ってるのにそれに気づかない後輩くん
「先輩、いますかー」
僕は部室の中を覗き込みながら、そう聞いたんだけど誰も返事をしてくれなかった。
「あれ? 先輩、どこ行ったんだろ?」
「あきくん」
「わっ!? 先輩!!?」
「【―――】」
先輩を探そうと部室の中に一歩踏み込んだ時、ぱっと後ろから手で目を塞がれて、ざわり、と先輩が耳元で何かを言った。そう、先輩が何かを言ったんだ。
でも、全然聞こえなかった。
けど、それは先輩の声だった。
ふわりと、僕が首からかけているお守りが浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと!? 先輩、なんて言ったんですか?」
「内緒」
「というか、何してるんですか!」
真っ暗になった視界を塞いでる先輩の手が想像以上に柔らかい上に、耳元がくすぐったくって僕は声が上ずってしまった。
「えー。なんかアキくんが来るなって思ったから。そこに隠れてた」
そこ、と先輩が指差したのは扉の裏だった。なるほど。あそこに隠れたら入ってくる時にわからないんだ……。じゃなくて、
「なんで先輩、隠れてたんですか!」
「だって、そっちの方が面白いし?」
面白いし? って疑問形で問われても……。
僕が困り顔をしていると、先輩はにやにやしながら手を離した。
「それよりもアキくん。ついに今夜だよ!」
「流星群ですよね? 見てください。お父さんから天体望遠鏡借りてきましたから!」
僕がそういってカバンの中を見せると、先輩は目を丸くして驚いた。
「あ、これ高いやつでしょ。凄いね、アキくん」
「す、凄いのはお父さんですよ……」
でも先輩に褒められて嬉しいので、思わずにやにやしてしまう。
「ちゃんと写真を撮って先生たちに提出しないとね」
「今年は全然活動できていないですからね」
僕と先輩は天体部という部活に入っているのだけど、部員が僕と先輩の2人きりだ。一応、2人以上いれば部活動として認められるんだけど、人数が少ない所はちゃんと活動している証拠を先生たちに提出しないといけない。
だから、僕たちは今日の流星群をしっかり写真に納めて先生たちに提出しようとしているのだけど。
「今日は曇らないといいですね」
「んー。今年は曇りばっかりだもんね」
僕と先輩が一緒に天体観測にいった時に限って曇るのだ。曇ってしまえば天体観測はできない。だから、まだ今年の実績はゼロだった。
「せっかく入ってきてくれたんだし、アキくんにも綺麗な星を見せてあげたいのに」
先輩がそういって、少し口を尖らせた。
僕たちが住んでる街は星がよく見えることで有名な街だ。だから僕は小さいときから星空が好きだったし、高校に入ってそんな星空を見る部活があると聞いてまっさきに入った。
でも、残念ながら3年生の先輩は0人で、2年生のソラ先輩が1人だけ。
そして、1年生は僕以外誰も入ってこない過疎部活だったんだけど。
「ね、アキくん。今日は【晴れて】欲しいね」
「そうですね! 今日こそは先輩と一緒に星をみたいです」
たった1人の僕の先輩は、三枝星空。星空と書いてソラと読む変わった名前の先輩だ。ソラ先輩も星が好きみたいで、すごく星について詳しい。分からないことを先輩に聞いたらなんでも教えてくれる頼りになる先輩だ。
それに、今日の天体観測はただ部活の活動報告をするだけじゃなくて、もっと個人的な理由で、星を見たかった。
「あ、そうだ。アキくん。今日は【冷える】らしいから、ちゃんと服着るんだよ?」
「大丈夫です! ほら、ちゃんと上着持ってきましたから」
「うんうん。そっかそっか」
先輩はにこにこしながら、僕の頭を撫でた。
正直、僕は恥ずかしいから先輩にやめてくれって何回か言っているんだけどやめてくれない。僕は男だけど身長が低くて、先輩よりも低い。だから、こうして何かあるたびに先輩が頭を撫でてくるんだけど、本当に恥ずかしいんだ。
「あれ、アキくん。お守り変えた?」
「え、変えてないですよ?」
僕のことをにこにこと見つめていた先輩が、ふと僕の胸にかかってるお守りをみてそう聞いてきた。
「そうなの? でも、前よりちょっと大きくなってない?」
「え? そ、そうですかね? いつも通りだと思いますけど」
「アキくん、そのお守りいっつもつけてるけど大事なものなの?」
「あ、これ近所に住んでる人から貰ったお守りなんです。なんか僕、生まれつき『よくないもの』を引き寄せちゃうみたいで」
「『よくないもの』?」
こてっと首を傾げながら聞いてきた先輩が可愛いらしくて、思わず微笑しながら答えた。
「ちょっと、オカルトみたいになっちゃうんですけど、なんか幽霊とか悪魔とか? そういうのを集めやすいって小さい時に霊媒師の人から言われちゃって。それで、小さい時はよく体を壊してたんです。それで、引きこもりがちになっちゃって」
「そういえば前に、小さいときは体が弱かったって言ってたもんね」
先輩が前に話した僕のことを覚えててくれたことに嬉しさを覚えつつ、僕は続けた。
「このお守りは僕の代わりにその『よくないもの』を吸い寄せてくれるらしいんです。このお守りのおかげかどうかわかんないですけど……中学校は皆勤賞でした!」
「そっか。じゃあアキくんと天体観測できるのはこのお守りのおかげなんだね」
にっこり笑った先輩があまりにも可愛かったので、僕は思わず目を伏せると気恥ずかしさをごまかすために話題を変えた。
「いっ、いつぐらいに先生来ますかね?」
天体観測は夜にする。
しかも、街中ではうまく観察できない場合もあるので、山に入ってやるから生徒だけでは危ないということで、毎回顧問の先生が車で送っていってくれるのだ。
「それがね、アキくん。先生【来ない】んだって」
「え、なんでですか?」
「【お腹壊しちゃった】みたいで……。今日は無理って連絡があったの」
「連絡があったって……。じゃあ、今日は無理なんですか?」
「ううん! 私たちだけで天体観測やっちゃおうよ!」
「えぇ!? む、無理ですよ!」
僕たちが登る山は車でも十数分はかかるかなり高い山だ。歩いて登るにしても数時間はかかるし、降りるとなるともっとかかる。しかも夜の山道を歩いて降りるなんて怖くてできない。
「あっちの高いほうじゃなくて、ほら学校なら」
「が、学校でやるんですか?」
「うん。夜になれば灯りは消えるだろうし、先生も体調が悪いなら屋上の鍵貸してくれるって」
確かに僕たちの学校はちょっとした山の上にある。
条件が良ければ屋上からでも星も見えるだろうけど……。
「だって、そろそろ活動報告ださなきゃだし、先生来ないんだったら屋上でやるしかないじゃん?」
「た、確かに……そう言われたら……」
先輩からの押しに弱い僕がそう言うと、ソラ先輩が席から立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと聞いてくるね! 大丈夫かどうか!」
「え、もう聞いてくるんですか!?」
「アキくんは部室で待ってて!」
先輩はそういうと、部室から出ていった。
1人残された僕は、先輩に圧倒されてしまい何も言えず、先輩が戻ってくるのを待つしか無かった。
「アキくーん! 屋上の鍵借りれたよ! 22時までに帰れば大丈夫だって」
「す、すごい……」
先輩がすごい笑顔で部室に戻ってきたので、だいたい察しはついていたが先輩は無事に屋上の鍵を借りてきた。しかも、物の数分で。
「今日のピークが21時だから間に合うね!」
「これで写真撮れますね」
「本当は20時までだったんだけど、お願いしたら22時にしてくれたんだよ!」
「す、すごい……」
先輩は時々、こういう無茶を通す。
それが、かっこいい。
「じゃ、さっそく行こっか!」
「え、もう行くんですか?」
「うん! 早くした方が良いし!」
僕は先輩に流されて、人生で初めて学校の屋上に上がった。
ちょっとした山の上にある校舎の一番上。
ぶわっと舞い上がった風が、ばたばたと制服を揺らして冷たい空気が体の中いっぱいに広がった。
「ちょっと寒いですね」
「今日は冷えるって天気予報で言ってたよ」
「上着持ってきててよかったぁ」
「どこならよく見えるかなぁ」
先輩は屋上を歩きながら、望遠鏡を置くベストポジションを探しはじめた。
「先輩。星が出始めてから決めたほうが早くないですか?」
「もう出てるよ」
「え?」
「ほら、あそこ」
ソラ先輩がまっすぐ指差した先には、一番星が輝いていた。
「わっ、本当だ。先輩、目がいいですね」
「ふふん。凄いでしょ」
「はい! 先輩は凄いです!」
「あ、あんまり正直に褒められると照れちゃうけどね」
「でも、僕。本当に先輩のこと凄いと思ってます! 尊敬してます!」
「わ、分かったから。ほら、そ、そういうのはまた今度たっぷり聞くから」
「そうですか?」
そんな! 先輩に先輩の凄さを伝えられるチャンスだったのに。
先輩は夕焼けで顔を赤くしながら、ぶつぶつ何かを呟きはじめた。
大丈夫かな、と思って先輩を覗き込んだ瞬間、先輩が勢いよく「あーっ!」と、声を出した。
「ど、どうしたんですか? 先輩」
「学校でやるんだったら、あれがいるよ! あれが!」
「あ、あれってなんです?」
「ちょっと待ってて! 買ってくる!」
「え、買い出しですか? 僕が行きますよ!」
こういうのは後輩が行くんだってサッカー部の友達から教えてもらったんだ。
「ううん! アキくんは望遠鏡見てて! 良いやつだから、壊れたり盗まれたりしたら大変だから!」
「わ、分かりました!」
でも、先輩にそう言われてしまったら納得するしかなかった。
「すぐ戻ってくるから」
「はい!」
先輩はそのまま風みたいに屋上を駆け下りていった。
元気だなぁと思っていると、そのまま校庭に出て自転車を漕いでどこかに行ってしまった。
「今日は、ちゃんと晴れると良いなぁ」
そう思いながら、スマホを開いて雨雲レーダーのアプリを開いた。
「……うわ」
僕はそこに映ってる雨雲の動きを見て、思わず声を出してしまった。ちょうど20時にかけて、雨雲が僕たちの地域にかかるようなシミュレーションになってたからだ。
「……そんな」
多分、予報通りなら流星群が見れる。1時間ちょっとの触りだけだろうけど、学校に提出する写真ならそれで良い。でも、本当は今日こそ……今日こそ、ちゃんと先輩に言いたいことがあったんだ。
「いや、でも……。でも、これはシミュレーションだから」
僕は自分にそう言い聞かせるようにして、アプリを閉じた。そうだ。まだシミュレーションだから、こうなると決まったわけじゃない。まだまだ晴れる可能性は残ってる。降水確率は30%だし。
ため息をつきながらスマホのホーム画面に戻ると、そこには先輩とのツーショットが映っていた。気持ち悪いと思われるかも知れないけど、この写真は僕の宝物だ。
中学生の時まで、僕は人と喋るのが苦手だった。
それを埋めるように、星のことを勉強した。
でも、先輩はそんな僕にも優しく接してくれて、知識も僕より圧倒的だった。ソラ先輩は3年生の先輩にも知り合いがたくさんいるし、先生たちからも頼りにされてる。それに、顔も広いし可愛い。ウチの学校の3大美少女なんて呼ばれてるくらいだ。
そんな先輩が僕を変えてくれた。人と喋ることが苦手だった僕に、人と喋る楽しさを教えてくれた。部屋に引きこもってた僕を、外に連れ出してくれた。
だから、僕はそんな先輩が……。
「アキくん、【――】」
がちゃ、と音を立てて先輩が屋上に戻ってきた。
「あ、おかえりなさい。先輩」
「ただいま!」
屋上に戻ってきた先輩の両手にはたくさんのお菓子が。
「うわっ。すごい買ってきましたね」
「せっかく学校でやるんだから、普段じゃできないことやらなきゃだよね!」
「あれ? でも、先輩。いつも天体観測するときお菓子たくさん持ってきてません……?」
「山で食べるのと屋上で食べるのは違うの!」
「な、なるほど……」
僕は納得できたような、納得しきれないような不思議な気持ちのまま、1つ気になっていたことを聞いた。
「そうだ。先輩、さっき屋上に入った時なんて言ったんですか?」
「んー?」
「ほら、僕の名前を呼んだ時に……」
「内緒!」
「そ、そうですか……」
大丈夫かな。変なこと言われてるんじゃないのかな。
僕は少し心配になったけど、笑顔でお菓子を広げる先輩を見ているとそんな気持ちはいつのまにか消えていた。
しばらくの間、僕と先輩はお菓子を食べながら談笑した。
やがて太陽がゆっくりと街の向こうに消えていくと、ゆっくりと星々が空の向こうから顔を覗かせる。
「星、見えてきたね」
「綺麗ですね」
「うん、綺麗だね」
僕と先輩が空を見ていると、ひゅお、と冷たい風が吹いた。それが思ったよりも冷たく、僕は小さくくしゃみをすると、上着を取り出した。
「アキくん、【上着着た】方が良いよ」
「もうこの時期は夜になると寒いですよね」
僕が上着を着ると、先輩もカバンの中からもこもこの服を取り出して着ていた。
やばい。めっちゃ可愛い。
「どうしたの?」
「その、先輩が可愛くて」
僕がそういうと、先輩は目を丸くして驚いた。
「……もう」
そして、にこりと笑うと、
「アキくんも可愛いよ」
「ちょ、ちょっと! 僕は男ですよ!」
「えー。でも、可愛いんだから良いじゃん」
僕は少しむっとして反論した。
可愛いと言われて、自分が男だと見られてない気がしたから。
「アキくん」
「なんですか?」
「【―――】」
先輩の口がゆっくりと動いたが、声は発せられなかった。
「え!? えっ! なんですか?」
「今のがわからないのはちょっとナシだよー」
「そ、そんな……」
先輩はいたずらが成功した子供みたいに、にやっと笑うと椅子を動かして僕の右隣に置いた。
「アキくん。手を出して」
「え?」
「あ、両手じゃなくて右手」
「はい」
座ったまま僕が先輩に右手を差し出すと、先輩は僕の手を取ると、そのまま僕のコートに手を入れてきた。
「あっためて」
「は、はい……」
先輩の手は柔らかかったけど、少し冷たかった。
でも、次第にあったくなっていった。
それは、すごく不思議な感じだった。自分の服の中に2つの手があるのもそうだし、自分の熱が誰かを温めているというのが、不思議だった。僕も先輩も何も言わないで、ただお互いの手を握っていた。
でも、僕はそんなことよりも心臓の音がうるさすぎてそれどころじゃなかった。ドクンドクンと、手を繋いでいる先輩にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、うるさくなり続ける心臓が恥ずかしかった。もしかしたら、先輩にも自分の心臓が聞こえてしまってるんじゃないかと思ってしまった。
「……キくん。アキくん」
「あっ、はい!?」
先輩に呼びかけられて、僕ははっとした。
「そろそろだよ」
「え?」
スマホを取り出して時間を見ると、ちょうど20時になっていた。
「……予報だったら、曇りだったのに」
「【晴れて】よかったね」
そこに広がっていたのは満点の星だった。
雲ひとつを見せない星空に吸い込まれるかのように、僕はそれを見上げていた。
「はい! これでちゃんと天体観測ができます!」
僕は手を繋いだまま先輩と一緒に望遠鏡の前にたった。
「ちょっとまってね。証拠の写真を取るから」
「は、はい」
先輩が三脚にスマホを置いて、セットすると慌ててこっちに走ってきた。
そして、そのまま僕の手を取って握りしめた。
僕も思わず握り返してしまう。
そんな時に、タイミングよくぱしゃりと写真が取れた。
「取れたよ。活動写真」
そういって先輩がスマホの画面を見せてくれた。
スマホのカメラだから、星は映ってなかったけど望遠鏡を前にして僕と先輩が手を繋いだまま並んでいる写真だった。
「せ、先輩。手、繋いだままですよ」
「あ、本当だ。つい繋いじゃった」
「つ、ついって」
「だってアキくんの手、あったかいんだもん」
そう言われてしまった僕は、恥ずかしくてうつむいてしまった。
「もっかい撮ろっか」
「は、はい……」
今度は先輩が望遠鏡を覗いてる僕の写真をぱしゃりと取った。
「うん。これで良いでしょ」
「わっ! 先輩、見てください!」
「ん? おおっ」
写真を取られ終わった僕の目に入った一筋の流れ星に流されるように、僕が視線を空に上げると、そこには天上全ての星が落ちてきているのではないかと思うほどの星の雨だった。
「これは凄いね」
「凄いです」
「昔はさ、星を使った魔術があったんだって」
「魔術ですか?」
「うん」
先輩の口からそんなオカルトなものが出てくるとは思ってなかったので、僕は少し驚いた。
「それに今もそうなんだけどさ、昔は星を使った占いってのが世界中どこにもであったんだよね」
「占星術ですか?」
「うん。星の力を借りて、未来を見るってやつ。でもさ、こんなの見ちゃうと……未来が見えちゃうような気がしてくるよね。それに、魔術もそう。だってさ、星が落ちてくるんだよ? なんか凄いことが起きそうじゃない?」
「……はい!」
僕も今まで流れ星を見たことはあった。
でも、それはせいぜい数回。
けど、いま僕たちが見ているのは違う。
流れ星たちが絶え間なく墜ち続けて、消えていく。
無数の白い線を、黒いキャンバスに塗りたくるかのように星が降っていた。
「……せ」
先輩、と呼ぼうと僕が先輩を見て、思わず息を呑んでしまった。
ただ、じっと星を見る先輩はとても純粋な笑顔で本当に、ただ本当に心の底から星が好きなんだということが伝わってきて。
そして、何よりも美しいと思った。
先輩の、その横顔が何よりも綺麗だと思った。
「ん? どうしたの、アキくん」
「……先輩に見惚れてました」
「……っ!」
先輩が顔を赤くしながら、口を噛んだ。
「そ、そういうのダメ」
「そういうのってなんですか?」
「急に見惚れてるとかいうの!」
「だ、ダメなんですか?」
「だ、だって……」
先輩はそういって狼狽えたが、すぐに顔をあげた。
「とにかく! ダメなものはダメなの!」
「そ、そうですか……」
「だ、だって……。もっと【――――――】」
尻すぼみに小さくなっていく先輩の声は、最後の方まで聞こえなかったけど口は動いていて何かを言っていることは分かった。だから、僕は一生懸命、先輩が何を言ってるのかを理解しようとして……ぱぁん! と、音を立てて僕のお守りが破裂した。
「うわっ!?」
「だ、大丈夫!? アキくん」
まさかお守りが破裂するなんて思ってなかったので、びっくりして僕は後ろにこけてしまった。
「いてて……。……あ、お守りが」
僕は粉々になってしまったお守りを見ながら、ぽつりと漏らした。
「あ、アキくんのお守りが急に爆発しちゃったよ!?」
「ば、爆発しちゃいましたね……」
「大丈夫なの? というか、お守りが爆発するって何!?」
「……どうしよ」
「それ、『よくないもの』を吸い寄せるんだよね……?」
ソラ先輩が心配そうに聞いてくる。
こんなことで先輩を心配させるのも悪いと思いながらも、僕は言った。
「そ、そうなんです。よく覚えてないんですけど、僕は霊感もある……みたいなこと、言われて夜泣きとかもすごかったらしいんです。それが小学校にはいるまでずっと続いてて……。そしたら、近所に住んでる人がこのお守りをくれたんです。これをつけてる間は『そういうの』の姿が見えなくなるし声も聞こえなくなる……って、貰ったんです」
「えっ、それ大丈夫なの?」
「僕もオカルトだと思ってますけど……。でも、その人からこのお守りを貰った時に教えてもらったんです。許容量を超えると破裂するぞって」
僕の説明に先輩は「うーん」とうなり始めると、顔を上げた。
「ね、それ大丈夫なの? 騙されたりしてない?」
「だ、大丈夫ですよ! お守り以外は特になにも無かったですから!」
「ふうん。でも、お守りくれるなんて変わった人だね。女の人?」
「ちっ、違います! 違います! 男の人です。というか、この学校の人です。ほら、3年生に黒瀬先輩っているじゃないですか」
「んー? ああ、白崎先輩と付き合ってる人だ!」
「そうです! あの人が小学校の時にくれたんです」
白崎先輩というのが、ソラ先輩と並んでウチの学校の3大美少女と言われてる生徒だ。だから、名前だけならウチの生徒全員が知ってる。その彼氏と言えば、ソラ先輩も怪しい人だとは思わないだろう。
「うーん。あの人、見た感じ普通の人だったからこっち側だと思ってなかったんだけど……油断したなぁ」
「油断、ですか?」
「ううん。なんでも無い。こっちの話だよ」
先輩は僕を安心させるかのように、にこりと優しく微笑むと……ぶつぶつと何かをつぶやき始めた。
「そっかぁ。通りでアキくんが全然振り向いてくれないわけだ。っていうか、今までのやつ全部聞こえてなかったのかな。じゃあ、私の空回り……? うわっ。本当に? やらかしてたの……?」
「あ、あの……先輩」
違う。違うんだ。
僕は今日、ちゃんと言いたいことがあったんだ。
お守りのアクシデントがあったけど、本当は今日ちゃんと言いたいことが。
「うん? どうしたの?」
「こんな状況だけど聞いてもらえますか」
星を使った、魔術があるらしい。
星を使った、占いがあるらしい。
そう、教えてくれたのは先輩だった。
今なら、その気持ちも分かる。
分かってしまう。こんな大事なこと、星に頼りたくなってしまうのが……人間だから。
バクバクと、心臓がうるさい。
うるさくて、自分の声が聞こえない。
でも、言わないと行けない。
言わないと行けないんだ……だから、星に願いを込めた。
「先輩のことが、好きです」
ただ、上手く行きますようにと。
「だから、付き合ってください!」
僕は恥ずかしくて、思わず目を下げてしまった。
先輩のリアクションが分からない。
何を考えているのかも分からない。
しばらくして、静かに言葉が返ってきた。
「な、んで……?」
それは、不思議な何故だった。
なぜ、『好き』なのか……それを、問いかけているんじゃないと思った。
でも、僕には先輩が『何に対して』何故を言ったのか分からなかったから。
「嘘……だって、そんなことって……」
先輩は困惑したまま、独り言を呟いていた。
「だって、私の【言葉】は届いてなかったんでしょ……? えっ? どっちなの? 本当にとどいてたの……?」
「あ、あの……。先輩……?」
困惑しつづける先輩を僕が呼ぶと、先輩はぎゅっと手を握りしめてゆっくりと僕の名前を呼んだ。
「……アキくん」
「は、はい!」
「今からいうことは、大切なことだからちゃんと聞いてね」
「はい!」
告白の答えかと思って、僕はごくりとつばを飲み込んだ。
「実は私、言霊使いなの」
「……はい?」
しかし、返ってきたのは全く予想外の言葉だった。
「言葉を使って、いろんなことができるの。言うことを聞かせたり、ちょっとした自然現象を起こしたり」
「え!? じゃあ、今日が晴れたのって……」
「ううん。これが難しいとこでさ。人なら良いんだけど、天気となると運の方が強いの。そりゃ、晴れるように言ったけど……。本当に晴れるかどうかはまた別なんだよ」
「……はい」
先輩が何を言ってるのか分からず、僕はそれを聞き流す。
いや、理解ができないから聞き流すしかないのだ。
「それでさ……。うーん、色んな人に色んなことしてきたけど、でもまさかびっくりだよ。アキくんのこと、凄い凄い好きって言ってたのに全然好きになってくれないし」
「え? 僕は先輩のことずっと好きでしたよ」
「もう、そういうのダメって言ったでしょ!」
先輩が顔を赤くしながらそう言うので、僕は先輩の言葉を訂正したのだが怒られてしまった。
「だから、びっくりしちゃって。私の【言葉】が届かないなら、星を使うしか無いなって思った。だから、アキくんをここに呼んだんだ」
「……それって?」
恐る恐る先輩に聞いてみる。
心臓が飛び出しそうなほど高鳴っている。
僕の言葉に、先輩は星空のような透き通った笑顔で、
「アキくん、大好きだよ」
僕は心臓が爆発したんじゃないかと思うほど大きく高鳴ったのを感じながら、それにかき消されないように大声を出した。
「僕も先輩が大好きです!」