sg12
いきます。
「失礼します」
ドアの向こうにいたのは、警備員だった。
「大変申しわけありません。ジャイアント様。試合前のこのように大切な時に。実は、一般人民の少年が一人、会場内に侵入いたしまして。もしかしたら、こちらの方へ・・・」
「知らないよ。見たことも、聞いたこともないけど」
まったく表情は変わらない。
「ま、誠に失礼致しました。」
警備員はひたすら恐縮して下がっていった。
「ふーん。そうなの」
ドアの閉まる音ともに後ろから出てきた少年に、巨人が声をかけた。
「まあいいや。いっつも周りにいる同じ人としか会えないから。ところでさ・・・」
「はっ、はいっ」
不法侵入の少年はビクッとしゃちほこばった。
「なにか書くものある?」
「えっ? は? は、は、はい。たしか・・・」
ヅルダ少年は、あたふたと、ポケットをあさって、この日のために小遣いをはたいたマジックペンを取り出して、ジャイアンツに渡した。
「キミ、プロレス好きなの?」
首に巻いてあったタオルを取りながら、ジャイアントが訊いた。
「は、はい。大好きです」
「ふーん」
あのジャイアント様が、直接、お声をかけてくださったばかりか、目の前でサインをして下さっている。それは、地方の一少年にはあまりにも恐れ多いことだった。
「だったら、プロレスラーになるといいよ。みんな喜んでくれるよ。」
「はいっ」
ヅルダ少年は恐縮して背筋をピンと伸ばして答えた。
「そしたら、ボクとタイトルマッチをやろうよ。ボクがそれまでチャンピオンでいられたらだけど」
言い終わると、ジャイアントは変わらぬ表情でタオルとペンを手渡した。
「有難うございます。本当に、有難うございます」
壇上で表彰状を受け取るように、タオルとペンをもらったヅルダ少年は、ぽろぽろと涙を流していた。
コンコン。
「いいよ」
少年は再び巨人の後ろに隠れた。
「失礼します」
今度は、ゼニニッポンの若手だった。
「ジャイアント様。そろそろ、準備の方をよろしくお願いします」
「うん。わかったよ」
ヅルダ少年は涙を拭いながら見上げていた。それは、視界全体を覆い尽くす、あまりも巨大な背中だった。
「あっ、言い忘れちゃってた」
若手が去った後、後ろから這い出してきた少年に巨人は言った。
「葉巻のことはヒミツだよ」
「はっ、はい」
姿勢を正して返事をするヅルダ少年。
「口止め料も貰っちゃってるし」
「えっ、はっ・・・、はあ?」
「全然、元手がかかってなくて悪いんだけど」
ジャイアントはヅルダ少年の手に握られているものを指差してニコリと微笑して見せた。
「ヒミツだよ」
唇に人差し指を当てるジェスチャーが、なんだかとてもユーモラスだったことを、チョンボは憶えている。
「はっ、はいっ」
萎縮していた少年の顔にも、知らず知らずのうちに、笑みが浮かんでいた。
あの日のサイン入りタオルは今もチョンボの手の中にある。
ジャイアントがこの日の出来事を覚えているかどうかは定かでないが、チョンボは昨日のことのようにはっきりと憶えている。彼が試合前に決まって握りしめているボロボロのタオルにはこのときのジャイアントのサインが入っているし、チョンボ・ヅルダ第二専用控え室は、巨人とあの日の少年が初めて出会った一室を再現したものに他ならない。
それではまた。




