sg11
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“巨大な背中”。それはあの日のヅルダ少年が出会い、見上げていたものであった。
それはジャイアントが、プロレスにおける最高峰、世界に冠たる三大ベビー級タイトルの統一チャンピオンとなった直後、一連の凱旋帰国興行でのことだった。
ジャイアント・パパ様がやって来る。
「山二つ向こうでゼニニッポンプロレスが興行をうつ」とは、つまり、そういうことであり、ヅルダ少年のみならず、近隣のすべての人民にとっても一大事件であった。
あのジャイアント様を肉眼で拝むことが出来るかもしれない。誰もが、「このチャンスを逃すまい」とプラチナチケットの入手に奔走したが、結局は、他の地方会場同様、なんらかのつてを持つ有力者か金持ちに独占され、一般人民に行き渡ったのはごく僅かだった。それでも諦めきれない者がほとんどであり、当日の試合会場は、巡礼者の集う聖地の様相を呈した。
ヅルダ少年も、当然、“巡礼”の群集の中にあって遠巻きにしていた一人であったのだが、そのうちに居ても立ってもいられなくなって、駆け出した。「ジャイアント様にどうしても会いたい」、どうしてもその気持ちを抑えきれなかったのだ。
息を切らせ、どうにかこうにか試合会場の体育館に忍び込んだまではよかったが、どこにジャイアントがいるかわからない。警備員に追われ、逃げ込んだ部屋の中で、ヅルダ少年はそれに出会った。
ヅルダ少年は窓際に立っていたものに度肝を抜かれた。それは、窓の外を向いてタバコをふかしている人の背中に見えたが、見たこともないほど大きいのだ。
(も、も、も、もしかして・・・)
それは、プーッと煙を吐き出た。
早鐘のように心臓が脈打つ。口をパクパクさせるばかりで、なにも言葉がでてこない。そうしてるうちに、巨大な背中の主がゆっくりと入口の方を向いた。
「あっ、見つかっちゃった」
そう言って、葉巻をくわえ直したのは、夢にまで見た“あの方”だった。
「体に良くないんだよね。よくわかってるんだ。だけどね、なかなかやめられないんだよ。これが」
アワアワと立ち尽くすばかりの少年に、世界の大巨人は、街頭テレビで見たあの仏頂面で、語り続けた。
「周りにいるみんながね、ボクに政治家になってくれって頼むんだよ。そうしたら、きっといい国になるからって。断れないよ。ボクにはさ。だから、選挙にでたんだ。難しいことはみんなやってくれるって言うし。そしたら、通っちゃってさ。それから、葉巻を吸っているんだ。だってさ、外国の立派な政治家ってみんな吸っているだろ。ボクもいい政治家になりたかったからマネをしてみたんだ。そうしたらやめられなくなっちゃって・・・」
「そ、そ、そ、そ、そ、そうですか」
ようやくの思いで、ヅルダ少年は喋った。
「うん。そうなんだ。それが今じゃ大臣だよ。ボクよりも、よっぽど相応しい人がいると思うんだけど、みんなボクじゃなきゃダメだって。ホントかな? 勉強する時間がないから、ひらがなとカタカナをちょっとしか読めないんだよ。ボクは。それでいいのかな?」
「も、も、もちろんですとも」
葉巻を吸いきったジャイアントは、無愛想なままの顔で、両手でパタパタと煙を扇いで窓から外へと追い出している。
「ボクには他にやらなければならないことがあるんじゃないかって思うんだ。ボクって未だに信じられないけど、これでも一応ゼニニッポンの社長だし。本当はみんなにタダで試合を見てもらいたいんだ。必要なお金はもう十分過ぎるくらいあるはずだから、“もうお金はとらなくてもいいだろ”って、周りの連中に話したんだ」
そう言いながら、ジャイアントは部屋の真中のソファーまで移動した。
「そうしたら、“あれはお布施みたいなものです”だって。ボクは神様なんかじゃないし、そんなに大したことないのにね」
「と、とんでもない。とんでもないです」
ブルブルと頭を振るヅルダ少年の言葉には、力がこもっていた。どこからどう見ても、「大したことない」はずがない。
「みんなよりも、ちょっぴりカラダが大きいだけさ。だから、エラいのは、ボクを生んでくれた母上であり、食べさせてくれた父上なんだ。ボクじゃないよ。ボクもがんばっているつもりだけど、ボクより苦労していて、がんばっている人はいっぱいいると思うんだ・・・」
コンコン。
ドアをノックする音がした。
ジャイアントは「後ろに隠れて」とジェスチャーで示してから、
「いいよ」
とこたえた。
ヅルダ少年はソファーの後ろで体を丸めた。
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