メビウス
真由は夜の校舎にいた。
校舎内は薄暗く、外から入ってくる月や外灯の明かりだけが頼りなく真由の歩く廊下を照らしていた。
か、帰りたい…………。
夜の校舎がこんなに不気味とはなぁ。
早く取って帰ろっ!
真由は少し早足に自分の教室へと向かった。
この日、真由は教科書を忘れて帰った。
しかもそれがないと宿題ができない。
だが、そのことに気がついたのは夜の十時。
そして真由はそれを取りに、今この校舎の中にいる。
暗く不気味な廊下を歩きながら、真由は懐中電灯を持ってこなかったことを後悔した。
不意に、最近聞いた学校の七不思議のひとつを思い出した。
夜になると、誰もいないのに廊下に足音が聞こえる。
真由は無意識のうちに足を止めて耳を澄ませていた。
「…………」
何も聞こえない。
「あ、当たり前だよね。あんなの、た、ただの噂に決まってるわよ!」
再び、歩き出した。
『3-6』
クラスプレートが見えた。
教室に入り自分の机から教科書を取り出してこれで帰れる、ということにホッとした。
ドアを開けて階段に向けて歩き出した。
少し歩いて真由は違和感に気づいた。
歩いても、歩いても、階段に着かないのだ。
いや、それ以前に廊下の端が見えても来ない。
「こ、この高校の廊下、こんなに長かったっけ?」
声には出してみたが、真由にはわかっている。
今の状況は明らかにおかしい、と。
廊下がこんなに長いわけはない。
改めて周りを見渡すと教室しかない。
ど、どうなってんのよ!
真由は全力で走り出した。
だが、走っても走っても、どれだけ走っても階段にも、廊下の端にもたどり着かない。
ふと、立ち止まってクラスプレートを見た。
『3-6』
プレートにはそう書いてあった。
それを見て、真由は愕然とした。
「だ……誰か! 誰かいないの! 」
真由は叫んだ。だが、その声に答えるものは何もない。
「な、なによ……なんで……! 」
真由は再び走り出した。
どうして、どうしてよ!
なんで廊下の端にもつかないのよ!
「なんで……こんだけ走ってんのに、どこにも着かないのよぉ!」
その声は、響くことなく空しく虚空へと消えた。
「い……いやだ、いやだ!何で端がないの!何でまた戻ってるの!?帰りたい、帰りたいよ!」
真由は半泣き状態になりながら今までとは逆方向に走った。
どれだけ走っただろう?
どれだけ時間が経ったのだろう?
廊下の端にも何にもぶつかることなく、窓の外の様子が一様に変わることもない。
真由は足を止めた。
顔をあげると、『3-6』と書かれたプレートが目に入った。
あたしは、この世界から、抜けられないの……?
「い、いや……そんなのいやだ……」
真由は泣きながらも前に進みだした。
いつかこのメビウスの輪のような世界から出られると祈りながら、歩きながら、走りながら、廊下を進み続けている。
パタパタ……
足音が聞こえた。
振り返ったが誰もいない。
ただ、夕日に照らされた廊下が続いているだけだ。
光は不思議に思いながらもその場を後にした。
Möbius《完》
メビウスの輪をベースに書いてみました。
最後の場面は現実世界と真由がいる世界との繋がりをあらわしているつもりです。