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「そっか、そっか。ロッタももう先輩になったんだな」
ポンポンとロッタの頭を撫でるアサギは、普段通りの年の離れた幼馴染の顔だった。
それにホッとしたロッタは、食い気味に頷きながら口を開く。
「うん。そうなのっ。でもねぇ、ちょっと困った人達で……」
「ふぅーん。例えばどんなふうに?」
「えっとね、雑巾の絞り方すら満足にできないし、手すりの艶出しワックスを階段に塗って、女官長を転倒させたり……ね。あとは、野菜の泥落としをさせたら、あまりの遅さに料理長が激ギレしたり、雑巾がけをさせたらバケツをひっくり返して廊下を水浸しにさせちゃったりとか」
「ぷはっ。そりゃあ、とんでもない奴らだな」
「そうなの。一体どうしてこんな人たちを雇ったのか不思議でならないんだけど、出自を聞くのは、私も訳アリだから……ちょっとね。でも女官長が新人さん達につきっきりになっているから、私はこうしてゆっくりアサギとお喋りができる……あっ」
うっかり先ほどと「忙しい」と言ったくせに、舌の根も乾かぬ内に矛盾することを言ってしまったロッタは、慌てて口を両手を押さえた。
けれど、幸いにもアサギは気付いていない。
半身を捻って、ロッタから顔を逸らして笑いを必死に堪えている。
「アサギさん、あんまり笑っちゃ駄目だよ。新人さんたちも、頑張っているんだから」
「……ぷっ、そ、そうだな。ははっ……うん。ごめん、ロッタ」
アサギのコートをツンツンと引っ張りながら、ロッタは少々意地の悪い幼馴染を嗜めた。
けれど、アサギの笑いは一向に収まる気配が無い。
── 仕方が無い。ちょっと放置しよう。
ロッタはグイっと身体を伸ばして、アサギが落ち着くまでの間、ぼんやりと空を見上げることにした。
***
ざまあみろっ。
高笑いをしたい衝動をアサギはなんとか堪えて─── けれど、どうしたって胸がすく思いは隠しきれず、肩を震わせてしまう。
ロッタは全く気付いていないが、実は、使えない新人メイドとは、かつての王妃の取り巻き達だ。
アサギはロッタに対しては、とても優しいし、甘い。
常に頼られたいと思っているし、可愛がりたいし、デロッデロに甘やかしたい。
けれど、大切な人を侮辱する者に対しては、容赦はしない。
男性機能回復の裏技を伝授したアサギは、ルーファス陛下から絶大な信頼を得た。そしてロッタのあずかり知らぬところで、何度も顔を合わせていた。
会話の殆どは、ムサシ国での妊活方法や、珍しい……でも、女性受けしない伽のやり方を伝授したりといった内容だった。
しかし、ルーファス陛下はムサシ国に並々ならぬ興味を持ったようで政治や文化についても沢山質問をした。
そこでアサギは、ムサシ国で使えそうなしきたりをわざわざ選んで口にしてみた。
【我がムサシ国では、王族の傍付きには必ず平民を加えます。なぜなら、王族は平等な考えを持たなければならないからです。片側の身分だけを傍に置くと、どうしても視野が狭くなりますからね】
王子然としたアサギの言葉に、今回もまたルーファスは目から鱗が落ちたような顔をした。
けれど、その制度にとても興味を持った。すかさず、アサギはこんな提案をする。
【といっても、やはり国が違えばこの制度を取り入れるのは難しいでしょう。しかし、王妃の傍にいる身近な貴族令嬢を、一時の間、身分を隠して庶民の生活をさせてみてはいかがでしょうか?例えば安全な王宮メイドとか?きっと視野も広くなり、今後母となる王妃の支えになってくれること間違いないでしょう】と。
もちろんアサギは、リンフィーザ国の未来などさして興味は無い。
ただただ、ロッタを侮辱した取り巻き達を、無様な姿で地面に這いつくばらせたかっただけだ。
残念ながら、その姿をアサギは見ることができていない。
しかしロッタの報告を聞いただけで、そこそこは満足していた。




