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「...... あぁ」
吐息と共に吐き出された小さな呟きは、ロッタからのものだった。
ワタワタとアサギの腕の中でもがいていたロッタだったが、どう足掻いてもここから抜け出すことは不可能だと悟ったようだ。
ようやく観念してくれた婚約者に、アサギはほんの少しだけ腕を緩める。
「アサギ......さま。あ、や、ええっとアサギ王子さま。ん?アサギ殿下? なんか違うなぁ。えっと......」
「無理すんな、ロッタ。いつも通りアサギで良いよ」
「無茶ぶりしないでくださいでございます」
めちゃくちゃな言葉遣いになったロッタに、アサギはぷっと吹き出す。
「やめろ、ロッタ。これじゃあ、会話にならない」
「ですね」
そもそも貧乏ゆえに上流階級のマナーなど身に付けぬまま王宮メイドになったのだ。
いきなりお上品な言葉遣いなど、自分には無理だとロッタは即座に頷く。
「では、改めてアサギさん。あなた様に質問があります」
「ああ、何でも聞いてくれ」
アサギは賓客の紋章を片手でもてあそびながら、ロッタに続きをうながした。
「えっと、アサギさんはいつから王子さまになったんですか?」
「生まれたときから」
「そぉっすか。それはそれは。ところで、何故この国に居座ってるんですか?」
「......居座るって、他に言いようがないのかよ。まぁ良いや。お前が居るから、俺は国に帰る気は無かったんだ」
「ちょっと何言ってるのかわからないですけど......」
「だから、ロッタが好きだから俺はずっとここに居たんだよ。大事なことなのに、二度も聞くな馬鹿」
「......なっ」
アサギの言葉に、ロッタは唖然とした。
正確に伝えると、馬鹿という罵りの前の「好き」という言葉に。
「うゃ、へぇ?......アサギさんが、私を......」
「好きだ。お前が俺に平気で肩車をねだっている頃から、な」
「私、王子さまになんていうことを......。ごめんっ、アサギ。悪気は無かったのっ。本当にゴメン!だから不敬罪で処罰するのは」
「誰が惚れた女を処罰するんだよ。お前、ちょっと落ち着け。あと、慌てるところはそこか?」
本気で呆れ返るアサギは、紋章を握ったまま片手で顔を覆っていた。
「一世一代の愛の告白を、グダグダにしやがって......」
「ごめんなさい」
「謝んな。それより、お前がもうちょっと大人になるまでとずっと我慢してきた俺の気持ちを察しろ」
「うん。なんか、ごめん。でも子供の時に、一緒にお風呂に入りたいって思ってたけど、おねだりしないで本当に良かった。うん、本当に」
「今なら、一緒に入ってやるぞ」
「......っ」
意気消沈しているくせに、アサギはロッタに向けてがっつり気持ちを吐露する。
もう、グダグダ過ぎて、何もかも吹っ切れてしまったのかもしれない。
対してロッタは、幼馴染みが異国の王子で、しかも自分を異性として好きだったことに気づき─── キャパオーバーのため、ふぅっと意識が遠退いてしまった。




