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6

 何食わぬ顔をしてアサギはロッタを覗き込んでいる。


 対してロッタは、精一杯口角を持ち上げ、嬉しそうな表情を作ろうと頑張っている。


 その素直で健気な姿勢に、アサギは「くっそ可愛い」と心の中で何度も叫んでいる。


 そして、つい先ほど対面したロッタと同じ色の髪と瞳の王妃様とのささやかな出来事を思い出して、一人ほくそ笑んでいたりもする。





***


 


 本日アサギがこの王宮へ来たのは、商談ではない。


 王妃懐妊のお礼を直々に伝えたいと、国王陛下から招待されたのだ。


 


 豪奢なサロンに案内されたアサギを出迎えたのは、国王陛下ことルーファスと、その妻王妃マルガリータのご両名。


 長々と感謝の言葉を貰ったアサギであるが、既にルーファスにはロッタは自分の婚約者だと遠回しに伝えている。


 王妃がどこまで知っているのかわからないアサギは、にこやかに受け答えつつ、時を待った。


 そして時が来た。


 家臣に呼ばれルーファスが、一時離席したのだ。




『私の婚約者に対して、なかなかのことをやってくれたよね、マルガリータ王妃』


 たったこれだけで、マルガリータは顔色を無くした。


 すっとぼける余裕すらなかったのだろう。マルガリータは可哀想なほど狼狽えている。


 だがアサギは、攻撃の手を緩めることはしない。


『異国の王子の婚約者を夜伽相手に選んだのは、わざとムサシ国との関係にヒビを入れたかったからなのかな?』

『ま、まさか。わ……わたくしはただ知らなかっただけなのです』


 ま、確かに知らんよね。


 目を細めてマルガリータを威嚇しながらも、アサギは冷静に『ふぅーん』と頷いてみる。


 だが反撃のネタを思い出したのか、マルガリータは急に居直る口調に変わった。


『そ、それに、陛下は仰っていましたっ』

『なんて?』

『夜伽の件は、あなた様から見逃すと言質を貰ったと仰っておりましたっ』

『ああ、言ったよ』

 

 うっすらと笑みを浮かべながら頷いたアサギに、マルガリータは「ならどうして、この件を蒸し返すようなことを言うんだ」と詰め寄ってくる。


 ああ、コイツ。馬鹿だな。


 アサギはギリギリと歯ぎしりせんばかりに睨んでくるマルガリータを見つめ、乾いた笑みを浮かべた。


『勘違いすんなよ。俺が見逃すって言ったのはルーファス殿だけだ。あんたは違う』 


 低く、ぞっとするような冷たい声でアサギがそう言った途端、ルーファスが部屋に戻って来た。


 アサギも善良な異国の王子然で、再びにこやかに懐妊の祝いの言葉を述べた。


 そしてムサシ国から祝いの品と言って、翡翠や真珠といった稀少な宝石をポケットから幾つか出してルーファスに差し出した。


 もちろん涙ながらに受け取ったルーファスは、こちらからも是非ともお礼をさせて欲しいと申し出た。


 アサギはこの瞬間も、待っていた。


 すぐさまめっそうも無いといった表情を作って、辞退しようとする。でも、ここでふわりと笑ってこう言った。


「銀貨3枚でも頂ければ、もう自分はそれで満足です」


 なんて謙虚なことを……と、更に涙ぐむルーファスの隣に座っているマルガリータの顔は見ものだった。


 是非ともロッタに見て欲しかったと、アサギはちょぴり悔んだりもした。


 そして一通りの会話を終えて、アサギが退席しようとすればルーファスは「これからもっと友好を深めていきましょう」とアサギに向かって手を差し伸べた。


 アサギはムサシ国王子として、ロッタの婚約者として、ルーファスは手を硬く握りしめた。


 それは王妃マルガリータの生き地獄が始まった瞬間でもあった。

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