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アサギの首には本日も王宮に立ち入ることができる紋章がぶら下がっている。
でもコートのポケットの中にはもう一つ紋章が入っている。
それは、滅多にお目にかかれない稀少な【賓客】の紋章だったりする。
え? なんでそっちを首にぶら下げないの?と思う者もいるだろう。そして、雑にポケットなんかに入れて良いの?と不安に思う方もいるだろう。
ま、後者の方はアサギの自己責任なので気にしないであげてほしい。
でも、前者の方は一応理由がある。
何を隠そう、アサギは東の島国であるムサシ国の第14王子である。
長男とは28個の年の差がある為、彼が生まれた時には既に次期国王の継承者は決まっていた。
ムサシ国の王子は、異国に遊学に行く義務がある。
アサギも慣例に従い、ここリンフィーザ国へと僅かな供を連れて遊学へと赴いた。
遊学の期間は特に定められてはいない。
大抵の王子は、1、2年で異国の文化を学び帰国する。
でもアサギはリンフィーザ国がいたく気に入り、13年も居座っていたりする。
いやもう遊学のレベルじゃなくね? いい加減、自国に帰れよ。
そう言いたくなる者もいるだろう。
しかし、仕方がないのだ。
アサギは好きな人がいるから。妻にするなら、この人じゃないと嫌だと決めてしまっているから。その相手はお察しの通り、ロッタだったりする。
もともとアサギはムサシ国のしきたりで、身分を隠し、商人の息子としてリンフィーザ国で生活しており、ロッタと出会ったのは本当に偶然だった。余談だが、シノザキという家名は家臣のものを拝借している。
しかし人は、”偶然”を都合良く”運命”とも呼ぶ。
運の良いことに、この第14王子は商人としての才があったので、ロッタには怪しまれることも無くずっと”商人アサギ”として接することができていた。
ま、本当の身分をロッタが知った際、距離を置かれるのが怖かったから、必死に商法を学んだというのもあるけれど。
…… というアサギの諸事情はこの辺にして。
アサギはロッタのことが好きなのだ。
でも、ロッタは自分のことをただの幼馴染としか見ておらず、かつ、どんなに窮地に立たされても自分のことを頼ってくれない。
メイドとして働くことになったのを黙認していたのは、女性の多い職場ならある意味安全だと思っていたし、その間に外堀を埋めてしまえば良いと思っていた。
末端王子とて、腐っても王族。
平民落ちの異国の女性を妻にするのは、色々と大変だったりもするのだ。
そんな最中、アサギを震撼させる夜伽事件が起きた。
ロッタがそれを甘受しなかったことと、一泡吹かせてやると息巻いてくれたことは救いだったが、アサギは王妃を許す気は無かった。
一瞬で殺すなど生温い。未来永劫、生き地獄を味わってもらわなければ気が済まなかった。
さて、そんなアサギが王妃マルガリータに対してどんな復讐をするかというと───
異国の王子の婚約者であるロッタを侮辱し、あろうことか側室以下の扱いをした罪をなすりつけることだった。
ま、当の本人であるロッタは、そのことはまだ知らないけれど。




