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解呪の為に、乱暴に王妃を抱け。
これはロッタにとったら、さんざん侮辱してくれた王妃に一泡吹かせる為の法螺話ではあるが、国王陛下にとったら長年頭を悩ませている問題を解決するためのたった一つの方法である。
冷静に考えたら、んなわけあるかっとツッコミを入れるところだが、袋小路に入り込んでしまった陛下は、これは妙案だと信じて疑わない。
そして、より詳しく。より効果的に知恵を求めるのは、間違った行動ではない。
…… ないのだが、アサギの計画書には、陛下が求める答えは書かれていない。
さて、困った。本当に困った。いやもう、ガチで困った。
ロッタは恥じらう乙女の表情を浮かべつつ、背中で冷や汗をかいている。
頭の中では、一語一句間違えずに覚えったアサギの計画書を再読するのに忙しい。
─── あーもー、最終手段を使うしかないか。
計画書の最後の最後に、アサギは本当に困った時の対処法を書いておいてくれた。ただ、ロッタとしては、これが何の役に立つのだ?!と言いたくなるようなもの。
「ロッタ嬢、頼む…… どうか不能な私を哀れだと思い、慈悲を与えてくれ」
陛下は物理的に、縋りついてくる。近い。近すぎる。
一人掛けのソファに覆いかぶさるようような姿勢を取った陛下は、そのまま頭を下げる。ロッタは思わず彼の胸を押した。
「わかりました。ですが…… 大変申し訳ありませんが、少々近こうございます」
「…… 失礼。では、頼む」
鬼気迫る国王陛下に気圧され、観念したロッタは、胸に両手を当てると目を閉じ口を開いた。
もうどうにでもなれっと、半ばやけくそになりながら。
「ジュゲムジュゲム ゴコウノスリキレ カイジャリスイギョノスイギョウマツ ウンライマツフウライマツ───」
これ……何?
感情を消し、抑揚を抑えながら、必死に摩訶不思議な言葉を紡ぐロッタの頭には、はてなマークが浮かんでいる。
きっと陛下も首を捻っているだろう。いや、もしかしたら変な生き物を見る目で自分を見下ろしているかもしれない。
最初はそれっぽい雰囲気を出す為に閉眼してみたが、今は違う意味で目を開けることができない。
そしてこの後の展開もまったく予想できない。
けれど無情にも覚えた文言は全て紡ぎ終えてしまった。
ロッタは、そぉっと目を開ける。
「…… へ?」
目の前にいたはずの陛下が、消えていた。
滑舌でトチらないようにすることだけに専念していたせいで、いつ陛下が傍を離れたかまったくわからない。
ロッタは慌ててキョロキョロと周囲を見渡す。
探すこと数秒。一人掛けのソファに腰かけたまま、ぐいっと身体を捻って背後にある大きな窓側を向いた先に陛下はいた。




