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009 『short shortwo』

「本当の本当に大事件ですわ!」


 いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして若王子市子。そこそこ忙しかったゴールデンウィークを終え(仕事したり、市子のバカに付き合ったりしていた)、今日からまた学校が始まる。


 だけど、市子がおかしい。いや、市子はいつもおかしいけど、そういう意味のおかしいではなく、様子が変だ。

 井斉先輩も市子のただならぬ様子を見て、声をかける。


「若王子、どうしたんだ? 大丈夫か?」


「ダメですわ、もうわたくし一人では抱えきれませんわ」


 いつもなら軽くあしらう私だけれど(司くんが居ないので、やる仕事が多過ぎるため)、さすがに今日の市子は放っておくわけにはいかない。


「ねえ、どうしたの? 悩み事なら相談にのるわよ?」


 私がそう尋ねると、市子は「実は……」と話を切り出した。


「委員長の下着を拾ってしまいましたわ」


「…………」


 どうしよう、色々言いたいことはあるけれど、どうやら委員長は下着に縁があるらしい。

 委員長、相生あいおいあおい。名前の全ての文字が『あいうえお』で構成される、出席番号一番、新学期の席は右上が定位置の女生徒。

 私と市子の同級生であり、同じクラス。そして、真面目の中の真面目。私はこの学園で一番真面目な人物を答えなさいと言われたら、間違いなく委員長の名前を挙げる。

 その委員長が、また下着に問題を起こしたらしい。


「しかも、その下着を今わたくしの胸の谷間に隠してますわ」


「若王子市子、停学」


「酷い!」


「停学に決まってるでしょ、何をやってるのよ、あなたは! 今すぐその下着を返してきなさい!」


「わたくしだってそうしようと思ったのですが、委員長が『穿いてますよ』って言いますので、本当かどうか確認したところ、本当に穿いてましたの!」


「……はぁ、もうやだ」


 何なの? もう本当に何なの? 前からおバカだとは思っていたけれど、まさかこんなにも馬鹿げたことをしてくるとは思わなかった。

 ……なんかとっても疲れた。何もしてないけど、疲れた。とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着こう––––なんて考えていたら、井斉先輩が私達の会話に口を挟んできた。


「それじゃあ、委員長の子は下着を穿いてるのに、落としたってことになるのか?」


「そうなりますわ」


「まあ無難に考えるとして、委員長は下着を二枚持っていて、穿いてなかった方を落としたとかになるのかねー」


「わたくしもそう思って、『黒色の下着を落としませんでしたか?』と聞きましたの。そしたら、落としてないと言いますので、もうわけが分からなくて……」


 市子の言う通りなら確かにおかしい。だけど、とりあえず市子を叱らないといけない点がある。


「胸の谷間にしまう必要は無かったと思うわ」


「咄嗟でしたので」


「……まずは状況を説明してちょうだい」


「確か三時間目の終わり––––あっ、体育の時間ですわね。わたくしは教室で着替えていたのですけれど、次の授業が移動教室なのを忘れていまして、それを委員長が教えてくださいましたの。それで急いで着替えてから、委員長に続いて、ワイシャツのボタンを締めながらわたくしも異動先の教室に向かったのですけれど、教室に入る直前に、委員長のポケットから黒色の下着が落ちまして……」


「それで人前で下着を渡すわけにもいかず、丁度はだけていたところにしまって、ワイシャツのボタンを閉めた感じ––––かしら?」


「その通りですわ……あっ、下着を出しますわね」


「出さなくていいわよ、人様の下着をみんなで見る必要もないでしょ」


「それもそうですわね」


 市子の話を大まかにまとめると、委員長は下着を二枚持っていて、その片方を落としてしまい、市子にそれを拾われ、落としましたよと言われたが、自分のではないと否定したことになる。


 とするのならば、問題点は二つ。『なぜ下着を二枚持っていたのか?』と、『なぜその下着を自分のではないと否定したのか?』となる。

 だが、これにはある程度の説明がつく。


 委員長はついこの前、ノーパンで過ごした経験がある。

 そのため、予備の下着を仮に持ち歩いていたとしても別に不思議ではないし、そのことを理由に、二枚目の下着を常に持ち歩いている––––というのもなんだか恥ずかしいので、隠そうとしたとか。


「でも、それなら委員長の子に返してあげれば、解決なんじゃないのか?」


 井斉先輩が購買で買ってきたのか、誰かにもらったのか分からないグミを食べながら、市子に尋ねた。


「ですが、受け取ってくれませんの」


「もしかしたら、本当に委員長の下着じゃない可能性もあり得るわね」


 市子同様に委員長も誰かの下着を拾って、それを落としてしまった––––とか。

 いや、これは矛盾している。市子が落としたか聞いた時点で、落としてないと答えているのだから、委員長は黒色の下着を認知していない。

 偶然ポケットに入った可能性はどうだろうか? ……いや、これはもっとあり得ない。そもそも下着なんて代物が落ちてること自体があり得ない。


「ねえ、それを聞いた時、委員長はどんな様子だったかしら?」


「そうですわね……驚いてはいましたけれど、普通でしたわ。それに『黒色の下着は持っていない』とも言っていましたわ」


「まあ確かに委員長の好みとも思えないわね……」


 別に委員長のことをそこまで知っているわけではないけれど、そういう派手な色は好まないと思う。なんとなくだけど。


「雲母坂は黒色の下着を持ってるもんな?」


 井斉先輩がこれまた唐突に私の前ににゅっと顔を出し、からかってきた。適当にあしらっておこうと思ったら、


「また増えましたのよ」


 市子に代わりに答えられてしまった。


「そういうことは言わなくていい」


「サイズアップの––––」


「黙りなさい」


 何も言うことはない。私からこの事に関して、何も言うことはない。


「とりあえず、その下着は落し物リストに入れておくから……」


 エクセルを開いて、落し物リストの欄に『黒色の下着』と入力し、その後に落とした場所と、時間を入力した。


 そして、考える。

 市子が言うには、委員長のポケットから落ちたらしい。なのに、委員長は落としていないと言う。

 本人が認識していないものを持ち歩いている可能性はありえるが、委員長は黒色の下着は持っていないと言っている。なので、確実に委員長の下着ではない。


 ……だめだ、何も思い付かない。なので、私は気分転換も兼ねて、コーヒーを淹れることにした。

 実は五月からは、コーヒー豆が変わっており、ちょっと楽しみだったりする。

 先月は、キリマンジャロだったのだけれど––––今月はなんと、理事長がブルーマウンテンのナンバーワンをくれた。


 ブルーマウンテンのナンバーワンは、喫茶店で飲めば一杯千五百円はするような高級豆で、それを生徒会室でいつでも飲めるのなったら、流石の私もテンションが上がってしまう。もう、アゲアゲである。


 いつもは、ドリップマシンを使うのだけれど、今日はなんとなく––––自分で豆をいてから、抽出する事にした。


 私は戸棚から、カッティングミルと、クリスタルドリッパーと、コーヒーペーパーを取り出し、ミルにコーヒー豆を入れてスイッチを押す。

 このミルも理事長に貰ったもので、そこそこ値段はするらしい。最近は手早くコーヒーを淹れるために、ドリップマシンを多用していたが、たまにはこうやって丁寧にコーヒーを淹れるのも悪くない。


 私はコーヒーが好きだけど、コーヒーを淹れるのも好きだ。


 その日の気分で、豆の挽き方を変えたり、お湯の温度を変えたり、濃さを変えたり。

 ドリップマシンのように毎回同じ味なのも、いいけれど––––たまには私も『本日のコーヒー』というものを作りたくなってしまう。


 なんて、物思いにふけっていると豆が挽き終わってしまうので––––私はテキパキと準備を進める。


 まずは、手早くカップに熱湯を注いで温める。次に、ドリッパーにペーパーをセットして、豆が挽き終わるのを待つ。


 そして、カッティングミルが停止したのを確認してから、コーヒー粉をペーパーに乗せ、カップに入れておいたお湯を捨てる。


 ––––そして、一回目のお湯を注ぐ。


 注いでから少し蒸らすと、コーヒーのいい香りが生徒会室に広がった。最初はお湯を注ぐというよりも、コーヒー粉にお湯を染み込ませる––––と言った方が正しいかもしれない。

 表面にキラキラとした泡が出始めるた頃に、続けて二回目のお湯を注ぐ。


 コーヒー粉の中心点を目掛けて、たっぷりと少し円を書くように––––そして、また待つ。


 ドーム状に膨らんだ泡が、くぼんで来たタイミングで、三回目のお湯を注ぐ。


 最後の一滴まで落ちるのを待ってから、私はカップを手に、デスクへと戻る。


「音羽ちゃんは本当にコーヒーが大好きですわねー」


「私の血液はコーヒーで出来ているわ」


 なんて、冗談を言いつつ、カップを傾ける。

 ––––なんて、美味いのだろう。苦味、酸味、甘み、コク。全てが均一にバランスよく調和している。すっきりとした苦味と柔らかな酸味が口の中に広がり、それを追うように優しい甘みが舌を喜ばせる。


「生徒会長になって、本当によかったわ」


「音羽ちゃん、コーヒーが美味しいのは分かりましたから、早く下着の謎を解いてくださいな!」


 仕方ない、まあちょっとだけ気分も良くなったことだし、もう少しだけ付き合ってあげよう。

 市子は胸を押さえて、なんだかソワソワとし始めた。


「うー、やっぱりレースのヒラヒラが当たってムズムズしますわ。音羽ちゃん、出しても構いませんか?」


「まあ、落し物リストに入れたわけだし。いいわよ」


 市子はそれを聞いて、胸のボタンを外し、胸の谷間から黒色の下着を取り出した。

 それを見て、井斉先輩は驚きの声をあげる。


「うわっ、やばっ、そんな下着あるのか」


 井斉先輩の言うことは分かる。下着は丸まっているため、その全貌は分からないが、黒色のヒラヒラとしたレース生地で出来ており、さらに所々透けている。


「確かにすごいわね」


「でも音羽ちゃんの持っているやつの方が––––」


「黙りなさい」


 私は今の市子の発言に対して、何も言うことはないし、何も思うことはない。

 私は市子の持っている下着を指差した。


「とりあえず、それ渡してちょうだい」


「欲しいんですの?」


「違うわよ! 落し物として保管するから、渡しなさいと言ったの!」


「冗談ですわよ?」


「……いいから、早く渡して」


 私は市子から下着を受け取り、畳んでから保管しようと思い一度広げたのだけれど、それを見て思わず笑ってしまった。

 そして、今回の一連の事件の真相を知った。


「あっ、音羽ちゃん、さては何かに気が付きましたわね」


「そうね、分かったわ」


 私がそう言うと、市子は「ヒント、ヒント!」とはしゃぎ出した。


「はいはい、分かったから……、じゃあまず最初のヒント、これは間違いなく委員長の落し物ね」


「でも委員長は落としてないって言ってましたわよ」


 と市子。対して井斉先輩は、自身の考えを述べる。


「なら、別の色の下着とかか? その黒いのは裏地で、表面は別の色みたいな」


「発想は近いですが、違います」


 井斉先輩は、お手上げと言わんばかりに手をヒラヒラと泳がせた。


「じゃあ次のヒントね。委員長は、黒色の下着は落としてないわ」


 市子は少し考えてから、「落とすと黒くなる下着ってありますの?」と首を傾げた。


「あるわけないでしょ」


「むぅ、分かりませんわ……」


「じゃあ、最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。


「先程、黒色のシュシュが落し物にないか問い合わせがあったわ」


 市子と井斉先輩は急いで、私の広げた()()()()()()を見に来た。

 そう、これは黒色の下着なのではなく、最初から黒色のシュシュだったのである。

 それを市子が下着と勘違いをして、委員長にはシュシュではなく、下着を落としてないか聞いたため、委員長は落としてないと答えたのだろう。

 まあ、確かに丸まっていると下着に見えなくもない。


 こうして、今日も事件とも呼べない何かを勝手に起こして、勝手に解決した生徒会であった。

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