005 『急に四キロ太った理由』
「いや、四キロ太ってたなんて言われても、食べすぎとしか言えないわよ」
いつもの放課後、いつもの生徒会、そして若王子市子。まあ市子と私しか居ないのだけれど。
井斉先輩は料理部にお出かけ(お菓子に釣られたらしい)、司くんは部活。
本来ならこういう日は、市子を軽くあしらってから、仕事に取り掛かるのだけれど––––今日は珍しく、特にやることもないので市子に付き合ってあげることにした。
「でも、太ったって言ってもどーせ––––」
私は市子の脂肪をチラリと見た。胸の脂肪をチラリと見た。
「また、胸が大きくなったとかいうオチなんでしょ」
「そんな急に四キロも太るわけありませんわ!」
「急にって言うけれど、前に測ったのはいつなのよ」
私が気怠げに尋ねると、市子はとんでもないことを口走った。
「今朝ですわ」
「はい?」
「今日の朝と書いて、今朝ですわ」
「いやいや、おかしいでしょ……今朝測って、それで次に測ったら四キロ増えていたって言うの?」
「まさにその通りですわ」
市子の言う通りなら、明らかにおかしい。確かに、市子は頭おかしいし、胸の大きさもおかしいけど、急に四キロも増えるのはあり得ない。
「体重計の故障とか」
「ですが、四キロ増えていたのは学校の体重計ですの」
「あぁ、そういえば市子は、健康診断の時に風邪で来てなかったわね」
「その通りですわ。その代替日が今日でしたので先程測ってきたのですが、今朝測った時と比べまして、四キロも増えてましたの」
「んー、市子は毎日体重測ってるの?」
「測ってますわ」
となると市子の体重計が常時狂っているか、学校の体重計が壊れているかの二択になる––––のだけれど、流石に学校の体重計が壊れているのは考えにくい。
もしくは市子が昼に四キロ以上食べたとか……流石にあり得ないか。それほど食べたら、お腹は間違いなく出るだろう。見たところ市子のお腹は出てない。胸は出てるけど。萎めばいいのに。
「市子の使っている体重計が壊れてると思うわ」
「四つ全部ですか?」
「ちょっと待って、何でそんなに体重計があるのよ」
「えっと、ほら、最近の体重計は色々機能が付いていますので、その……タイプ別に」
呆れて物も言えない。市子が体重を気にしていることは知っていたけれど、まさかそこまでとは思わなかった。
これは、市子の為に言うわけではないのだけれど、市子は全く太ってなどいない。ただ、胸が大きいだけである。だがその大きな胸が理由で着れない服が多いらしく(市子は、ブレザーの前を常に開けている。キツくて閉められないから)、それを気にして自身が太っていると思っているらしい。
なんか、ムカつく。
「萎めばいいのに」
「音羽ちゃん⁉︎ 急にどうしましたの⁉︎」
「何でもないわ」
でも、体重計が四つあるというならば、その体重は間違いなく正確だと思う。
一つならまだしも、四つも同時に壊れているとは考えにくい。
となると、やっぱり学校の方が壊れているのだろうか?
「ねえ、今日一緒に健康診断を受けた人、他に居なかった?」
「居ましたわよ」
「体重計に乗った反応はどうだったかしら?」
「別に普通でしたわよ」
体重を普段から気にしない人なら、それもあり得るとは思う。
仮に学校の体重計が正確だったとして、市子の体重が四キロも増える理由の方を考えた方がいいかもしれない。
「制服のポケットに、何か入れてたとか」
「測った時は体操着に着替えてましたし、それに、わたくしは体操着を脱ごうとしましたわよ」
「うん、止められたのね」
「『それでは服の重さが入ってしまいますわ!』と力説したのですけど、聞いてもらえませんでしたわ」
「うん、当たり前だからそれ」
最近の体重計は服の重さを予め手動でマイナスに出来る機能があると聞いた事がある。
まあ、学校の体重計はそういうデジタルではなく、アナログなものなのでそういうこと出来なそうだけど。
そういえば、朝と夜では体重が少し違うと聞いた事がある。けれど、それを踏まえたとしても四キロはどう考えてもおかしいか。
「本当に四キロだったの? 四グラムとかじゃなくて」
「体重の桁が変わったので、間違いありませんわ」
それは一の位なのだろうか、それとも十の位なのだろうか?
個人的には、十の位の気がする。市子は、体重が胸に行き過ぎている。食べた物が頭ではなく、胸に行っているのは間違いない。
「萎めばいいのに」
「音羽ちゃん! 先程からどうしましたの⁉︎」
「何でもないわ」
市子に比べて、私の胸はどうしてこう……お淑やかなのかしら。
このままだと、四年に一度『ワールドカップ』と聞くたびに煽らている気分になりそう––––いや、大事なのは胸の大きさなんかではないわ。大事なのは器の大きさよ!
……まあ、私はお椀じゃなくて、平皿だけど。
「萎めばいいのに」
「音羽ちゃん? 体調が悪いのでしたら、保健室まで付き添いますわよ」
「大丈夫、悪いのは体調じゃなくて、成長だから」
「わたくし、保健の先生を呼んで来ますわ」
市子はそう言うと、小走りで扉へと向かって行く。止めないと。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
「だって、音羽ちゃんがつまらないジョークを言うなんて、絶対におかしいですわ!」
「つまらないって何よ! ちゃんと韻を踏んでいたでしょ⁉︎」
「音羽ちゃん、わたくしが先程購入したアイスを差し上げますから、落ち着いてくださいな」
市子は備え付けてある冷凍庫を開き、アイスを取り出した。
スーパーカップと書かれたアイスを、取り出した。
「あああああああああぁぁっ!」
「音羽ちゃんが壊れちゃいましたわ!」
どうして私はこんなにも小さいの? なぜ私は、こんなにも絶壁なの?
しかも『ice cream』と、『I scream』をかけた微妙なギャグまで披露してしまった(市子は英語が苦手なため、気付かれなかったのは幸いかもしれない)。
……もう辞めよう、他のことを考えましょう。
そう、体重よ。体重が四キロも増えた理由を考えましょう。あーあ、私の胸も四キロくらい増えればいいに。
「ねぇ、市子の胸は何キロくらいあるのかしら?」
「四キロちょっとですわね」
「萎めばいいのに」
「音羽ちゃん! いつもの素敵な音羽ちゃんに戻ってくださいな!」
「心配しないで、今のは冷静な『萎めばいいのに』だから」
「そんなこと言われましても、わたくしには分かりませんわよ!」
憤慨する市子を他所に、私は席を立ち、ドリップマシンのスイッチを入れる。そのまましばらく待っていると、コーヒーのいい香りが鼻腔を刺激する。
やっぱり、ドリップコーヒーはいい。私はインスタントコーヒーも、缶コーヒーも結構好きだけど、それでもどのコーヒーが一番好きかと聞かれたら––––迷わずドリップコーヒーと答える。豆の挽き方、お湯の温度、その日の気分によってドリップコーヒーは表情を変える。
そして私は、コーヒーが入るのを待つ時間がとても好きだ。ぽとり、ぽとりとカップの底に溜まるコーヒーを見つめながら、ぼんやりとする何でもない時間。
ドリップマシンが音を立てて、抽出終了のランプが点灯したのを見てから、私はカップを手に取った。
そして、出来上がったコーヒーを一口飲みながら、席に戻る。
「音羽ちゃんはちょっと、コーヒーを飲み過ぎだと思いますわ」
「大丈夫よ、カフェインは身体にいいんだから」
「いつもそう言いますけど、それを言うなら糖分も脳の栄養って言うではありませんか。ですが、糖分は太る元ですわ」
「市子は、頭を使わないからじゃない?」
「むっ」
不満な視線をこちらに向ける市子を他所に、私は考える。
学校の体重計の単位が、キロではなくポンドだったという可能性はないだろうか?
いや、これもあり得ない。ポンドで表示された場合その体重の誤差は、四キロ程度ではすまない。確か、百ポンドが四十五キロくらいだったし気がする。
市子が体脂肪率を、体重と間違えている可能性はどうだろう?
いや、これはもっとあり得ない。確かに市子の胸には余計な脂肪は付いてはいるけれど、それが体重と四キロ差なんてのは考えること自体が、馬鹿馬鹿しいと言える。
ここまでの市子の発言で気になってことと言えば––––やっぱり、市子の胸の重さと、増えている体重が同じなのは引っかかる。
「もしかして、自宅で体重を測る時に、胸だけどこかに乗せたりしてないでしょうね」
「そんなことしませんわよ」
まあ仮に自分で持ち上げたとしても、体重は変動しない。
「市子の四つの体重計はいつぐらいに買ったものなの?」
とは聞いたものの、市子がそんなことを覚えているとは思えない。だか、その予想は外れた。
「全部一緒に、半年前に購入しましたわ。どれを買おうか悩んでしまい、結局全て購入しちゃいましたの」
「市子にしては物覚えがいいわね」
「設定とかが大変でしたので、よく覚えていますわ」
「設定ねぇ、身長とか、年齢とかかしら?」
「そうですわね、後は……性別ですとか、地域ですとか」
「性別は分かるけど、地域まで設定するの?」
「場所によって、体重が変わるそうですわよ」
「最近の体重計は本当にすごいわねぇ」
「音羽ちゃん、それでわたくしの体重が増えた理由は分かりましたの?」
「全然分からないわ」
体重計、本人、身の回り、その辺の物に何かあるかと思ったけれど、特に何もなかったように思える。
「市子の体重計は、胸の重さを自動的に減らす機能とかもあるのかしら?」
「そんな機能ありませんわよ、確かにこれが無ければ大分体重は軽くなるとは思うのですけど……」
市子はそこで、少し考えてから、「あっ」と小さな声をあげた。
「何よ」
「分かりましたわ、体重が増えた理由」
「どーせ、また変なことを言うんでしょ?」
しかし、市子はチッチッチと、生意気にも指を振った。そして目をキラキラさせながら、言う。
「今日はわたくしがヒントを出す番ですわね!」
「……もしかして、やりたかったの?」
「そりゃ、やりたかったですわよ! 音羽ちゃんのヒントを出す時の顔!」
「私の顔がなんだって言うのよ」
「まるで、『こんなことも分からないの? ヴァーカ!』って言われているような顔でしたわよ!」
「私はそんなこと言わないし、そんな顔もしないわよ」
「いいえ、してますわ!」
「してない」
「してますわ!」
これでは拉致があかない。私はコーヒーカップを傾けてから、市子を促す。
「ほら、ヒントを出したいなら、早く出しなさい」
「では、ヒントですわ!」
と威勢よく言ったはいいものの、市子は言葉に詰まってしまった。
「早く出しなさいよ」
「ヒントって出すの結構難しいですわね」
「学校の先生が、テスト問題を作る感じによく似てると思うわ」
「分かりにくい例えですわね」
「それで、ヒントは出るの? 出ないの?」
「出ますわよ!」
「なら、早くしてちょうだい」
「では、ヒントですわ! えと、体重計には服の重さを、手動でマイナスにする機能がありますわ」
「それは知っているけれど、それがなんの関係があるって言うのよ?」
市子は間違いなく、全裸で体重を測っているのでそんな機能は必要ない。
「それがありましたの、だって、わたくしはその機能を半年前に設定していますもの」
「半年前は服を着て測ってたの?」
「いえ、全裸でしたわ」
やっぱり。まあ、追求はしないけど。
「二つ目のヒントはいりますか?」
「いらないわよ」
正直ため息しか出ない。市子が引いたもの、それは––––
「じゃあ、答え合わせの時間ですわね!」
「それ、わたしのセリフ」
*
場所は市子の部屋、まあ私の隣の部屋なのだけれど。
私と市子は、萌舞恵第二女子寮に住んでいる。寮の特徴としては、ご飯が美味しいのと、大浴場がある。だが、それは今回関係はない。
大事なのは市子の体重計である。
市子は体重計を操作し、衣服分のマイナス値を表示した。そこには『-4kg』と表示されていた。
「胸の重さを引いたのをすっかり忘れていましたわ」
「まず、その胸の重さを引くという発想が何なのよ」
「だって、四キロですわよ! 四キロ! そんなものを体重にカウントするのはおかしいとは思いませんか⁉︎」
「だからって自分専用の新しい体重の計測方法を作らないの!」
「いーえ、来年から体重の計測は胸の重さをマイナスすべきですわ! この案を生徒会に提出しますわ!」
「却下よ」
「酷いですわ!」
そんなのは当たり前だ。だって、私の体重は多分変動しないし。
はぁ……萎めばいいのに。