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003 『学食のメロンソーダ』

「学食のメロンソーダって、市販されているメロンソーダと比べて、やけに美味しくありませんか?」


 いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして若王子市子。だが、今日はちょっと違うところもある。なので、問題です。


 それは、何でしょう?


 しかし問題を出したところで、明らかに情報不足なので––––いつも通りヒントを出したいと思います。

 まあ、ヒントというか、答えなのだけれど。


 では、ヒント。

 生徒会室に、生徒会長と、書記しかいないのはどう考えてもおかしい。


 というわけで、答えは––––副会長が居る。


「––––って、言ってるけど、きらりん!」


「そんなこと私に聞かないでください、井斉いさい先輩」


 私のことを『きらりん』なんて言う、魔法少女のような名前で呼ぶ彼女は、この生徒会の副会長であり、私の先輩にあたる人物である。

 井斉いさい千賀瀬ちがせ。本来なら彼女が生徒会長になるはずだったのだけれど、諸事情により、私が生徒会長になった。

 そう、諸事情。言者の事情と書いて、諸事情。


 だが、まずその諸事情を話す前に、まずはこの学園の生徒会役員の選出方法について話す必要がある。


 この学園の生徒会役員は、新学期の始めに立候補者の中から全校生徒の投票によって決まる。

 生徒会役員が決まる時期が新学期の始めなのは、この萌舞恵女学院が中高大一貫のエスカレーター式なのが関係している。ほとんどの生徒が受験をせずに進学するので、三年生が受験により、生徒会の業務が出来ない––––なんてことはないので、この方式になったらしい。


 投票数一位の生徒が生徒会長で、二位の生徒が副会長、あとは順次、書記、会計に振り分けという感じだ。


 そして生徒会長は私になったのだけれど、私は投票数二位だったのだ。


 一位は、井斉先輩である。なので、彼女が本来なら生徒会長になって、私は副会長の枠に収まるはずだったのだけれど、井斉先輩は、立候補していなかったのである。


 立候補してないのに、投票数一位。私としては完全敗北を上回る、勝負にすらならないといった感じなのだけれど––––井斉先輩が投票数一位になった理由は、別に井斉先輩が、成績優秀だとか、とても賢いとか、そういう理由ではない。


 可愛いのである。

 小さくて、可愛いのである。

 なので、みんなに大人気なのである。


 正確な身長は本人が絶対に教えてくれないので知らないけれど、百五十センチ以下であることは間違いない(百四十五センチを超えているかも怪しい)。

 それに顔も幼く、仕草もどことなくあどけない。


 立候補すらしてないのに、投票数一位になってしまうのだから、井斉先輩がこの学園において、どれだけ人気者なのかが分かると思う(みんなのマスコットキャラ的な人気だけど)。


 だけど、やっぱり立候補していない生徒を生徒会長にするのは問題なのである。なので、去年はならなかった。

 そう、去年はならなかったのだ。

 井斉先輩は、去年も立候補してないのに投票数一位だったのだけれど、立候補してないというシンプルかつ当然の理由で無効票になり、生徒会役員にはならなかった。

 だけど今年は、


「なんだか、面白そう! 私もやってみたい!」


 と言うものだから、協議の結果、二位だった私を繰り上げて、とりあえず副会長で––––となったわけである。


 問題は井斉先輩が、サボり魔だという事だ。そして、ほとんどの人は井斉先輩のことを、ただの可愛いだけの人だと思っている。

 実際は––––


「背が小さくて、可愛いとみんなからチヤホヤされて、すげー楽だわー、お菓子とかちょー貰えるし」


 と、井斉先輩は応接用のソファーに胡座をかいて座った。その目の前のテーブルには、これから女子会をすると言われても否定出来ないような量のお菓子が置かれていた。


「またお菓子を貰ったんですか?」


「そうそう、雲母坂きららざかもいる?」


 井斉先輩は、お菓子の箱をペリペリっと開けながら、こちらを見る。


「仕事があるので……」


「そんなのほっとけばいいんだよ、雲母坂は真面目だなぁ」


「そんなこと言わずに、井斉先輩も少しは手伝ってくださいよ」


 井斉先輩は「やだよー、面倒いし」と頬をかいた。


「それなら、何故生徒会に入ったんですか?」


「そりゃ、少しは内申点が上がると思ったからさ。でも、よく考えたらこの学校中高大一貫だからさ、内申点とか関係ないのな」


「他の大学に進学するのなら、話は別ですけれど––––井斉先輩は、確かこのままエスカレーター式で進学希望でしたもんね」


 井斉先輩は、「まあな」とお菓子を頬張る。


「それに気が付いた時にはもう生徒会入っちゃってたしさー、普段から、『可愛いくて、小さなちーちゃん』を演じてる身としては、今更辞めるだなんて言い出し辛いし」


 何て言うか、『ビジネスロリ』って感じである。井斉先輩は、生徒会メンバー以外の前では自称『幼女キャラ』を演じている(ちなみに、私のことを『きらりん』なんていう魔法少女みたいな名前で呼ぶのは、幼女キャラモードの時だけだ)。


 可愛い振る舞いをしていれば、色々な人からチヤホヤされて、優遇される。

 幼くて、あどけない仕草は言ってしまえば演技であり––––実際は、幼いのは幻で、あどけないではなく、あざといが正解である。


 普通だったら、背の低い人はそのことを気にしたりするらしいけれど、井斉先輩は『背が小さくてよかった』と言ってしまうような人なのである。しかも、自分の名前を逆さから読んで『せがちいさい』になるのも、気にしてるどころか––––利用している。


 まあでも、一回だけ助けてもらった事もある。予算会議で揉めた際に、井斉先輩が一言、「お願いっ」と可愛らしく頼んだ所、すんなりと予算案が通った覚えがある。本当に『可愛い』の使い方が上手な人である。


 でも、それを踏まえても、私にとって井斉先輩は、市子と同じくらい問題児だということに変わりはない。市子同様に仕事もしないし。


 おまけに会計の子は、部活との兼任であまり来れないので––––この生徒会は、現状私一人で回していると言っても過言ではない。

 だから、メロンソーダの味とかはどうでもいいし、そんなことに構っている暇はないのである。

 しかし、


「どうして美味しいんですの⁉︎」


 と市子がうるさいので、本当はしたくないんだけど、しょうがないので、ちょっとだけ付き合ってあげることにした。


「そういえば、学食のメニューにある飲み物は、メロンソーダだけよね」


「どうして、メロンソーダだけあるのでしょうか?」


 と市子は悩み顔を見せるが、それは井斉先輩がすぐに解決してくれた。


「それは、他の飲み物は自販機で買えるからだろ」


「なるほど、確かにそうですわね!」


 二人は、その理由で勝手に納得してはいるが、先程の疑問に対する根本的な問題は、ソコではない。なぜ学食のメニューに、メロンソーダだけあるのか? である。

 別にジュースは、他にもある。りんごジュース、オレンジジュース、カルピスとかとかとか。

 なのにそれらはメニューには載っておらず、メロンソーダだけが学食のメニューに載っている。もちろん、自販機のラインナップにもメロンソーダは存在するので、メロンソーダだけ自販機にないから、学食のメニューにある––––なんてこともない。


 それと、メロンソーダがメニューに追加された時期も気になる。確か、去年の秋辺りから急に学食のメニューに追加されたのを覚えている。

 ……メロンソーダってそんなに人気なのかしら?


「私は、ジュースはあまり飲まないのだけれど、メロンソーダってやっぱり子供は好きな飲み物なの?」


「私は結構飲むよ、奢ってもらえるし」


 と井斉先輩は緑色の舌を見せた。メロンソーダの着色料が舌に付いてしまっている。


「こうやってやると、可愛いって言われるからよくやる」


「まあ、子供っぽくはありますね」


「メロンソーダを飲んで、舌を見せて、さらにメロンソーダを飲める永久機関だな」


 本当に自身の見た目を有効活用している人である。そして、それを聞いて羨ましがる市子。


「ちーちゃん先輩ズルいですわ!」


「若王子も、その大きな胸を雲母坂に押し付ければ––––」


 井斉先輩は私の方をチラッと見る。その後、目線を少し下げた。


「––––って、それはダメだ逆効果だ」


「何か言いましたか、井斉先輩?」


 私が井斉先輩に視線を合わせようとすると、井斉は急にニッコリと笑った。


「……ちーちゃんは何も言ってないよっ」


「急にぶりっ子をしないでください」


「きらりん怖いよー、綺麗な顔が台無しだよー?」


「おべっかを使っても、私はお菓子なんてあげませんからね」


 井斉先輩短く「ちっ」と舌打ちをした。そもそも私は、お菓子を持ち歩いているタイプじゃない。


 まあ、それはさておき。いつも通りの閑話休題。話を戻そう。

 私は先程思い付いたもう一つの疑問を、二人に聞いてみた。


「そういえば、二人ともメニューにメロンソーダが追加された時のことを覚えてる?」


「覚えてますわ! 夏休み明けに来たら、急にメニューにあってびっくりしましたわ!」


「代わりに、かき氷はメニューから消えてて、ショックだったよなー」


「それはまあ、夏が終わったらかき氷は無くなると思います」


「ちなみに私は、いちご練乳が好きだった」


「あ、わたくしもですわ!」


「それは同意ね」


 学食のメニューには、夏限定でかき氷が追加されており、特にいちご練乳は一番人気の味であったのを覚えている。


 丁度かき氷と入れ替わりで、秋にメロンソーダが入って来た。しかし、メロンソーダを飲みたくなるのは、暑い夏がメインな気もする。

 夏に合わせてかき氷を出すのだから、メロンソーダも秋ではなく、夏に出すべきだったのではないだろうか?


「ねぇ、メロンソーダって秋でも飲みたくなるものなの?」


「そうだな……コーラとか、そういう炭酸系のジュースと、変わらない感覚な気もするな」


 と、井斉先輩。


「そういえば炭酸といえば、学食のメロンソーダはあまりパチパチしませんよね」


 市子の意見に井斉先輩も「だなー」と同意した。


「炭酸が薄いというのは、評価ポイントになるのかしら?」


「どうだろ……でも、市販のメロンソーダとは明らかに違う味がすると思うかな」


「そうですわね! それと日によって濃さが違う気もしますわ!」


 なるほど、日によって濃さが違うね……。

 つまり学食のメロンソーダは、お手製のメロンソーダだと考えて間違いない。メロンソーダの作り方。最も簡単で、誰でも作れる方法。秋になって、急に学食のメニューにメロンソーダが追加されたのは––––


「あ、音羽ちゃん、その顔、さては分かりましたわね?」


「そうね、分かったわ」


「ズルいですわ!」


「なんか、そうやって知った顔されるとむかつくな」


 市子はいつものように自分で答えにたどり着きたいらしい。そして、井斉も私だけ答えが分かったのが気にくわない様子だ。


「はいはい、じゃあまたヒントだしてあげるから……」


 それを聞くと市子は、今日も元気に「やりましたわ!」と胸を弾ませた(物理的に)。私はそれを見ないフリして話を進める。


「まずは、舌が緑色になるのはおかしいと思わないかしら?」


「……なりますわよ?」


「そうだよ、なるよ?」


 井斉先輩は、緑色の舌を私に見せてきた。


「じゃあ、市販されているメロンソーダを飲んだら、舌が緑色になるかしら?」


「なりませんわ!」


「は、はらはい!」


 井斉先輩は、舌を出したまま喋ったので何を言っているか分からなかったが、とりあえず可愛い––––と思っていたら、井斉先輩は私を見てニヤっと笑う。


「今、可愛いと思ったろー?」


「自分で自分のことを、可愛いと言う人のことを、日本では可愛くないって言うんですよ」


「ちぇ、雲母坂は鉄仮面だなぁ」


 内心少しだけ可愛いと思ったのを上手く誤魔化せたようだ。これ以上その話をされるのも嫌なので、私は次のヒントを提示する。


「じゃあ、次のヒントね。いちご練乳以外のかき氷の味を覚えているかしら?」


 と私は尋ねたが、二人は黙ってしまった。覚えてないのだろう。


「まあ、覚えてなくても問題ないわ。ポイントは、いちご練乳が一番人気だったということよ」


「わたくし、かき氷は関係ないと思うんですけど……」


「じゃあ最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。


「メロンソーダの作り方って知っているかしら?」


「そんなの知りませんわ!」


「じゃあ、カルピスソーダの作り方なら知っているわよね」


「カルピスソーダ……カルピスを炭酸で…………あっ、もしかしてっ……」


 井斉先輩も市子同様に、答えが分かったようで「なるほどなぁ……」と頷いていた。


「じゃあ、答え合わせの時間ね」




 *




 場所は学食、そして目の前には三つのメロンソーダ。

 作り方は、メロンシロップを炭酸で割る。


「まさか、かき氷のメロンシロップを炭酸で割っているとは思いませんでしたわ」


「それもシロップと炭酸が、6/4くらいの割合ね」


「だから、味が濃くて、炭酸が薄かったのか」


「でもこの方法なら、イチゴソーダとかも作れますわよね、どうしてメニューにはないのでしょうか?」


「それは、いちご練乳ばかり売れてしまったからよ。二人とも、沢山食べたでしょ?」


「わたくし、毎日食べましたわ!」


「私なんか、一日二杯食べてお腹壊したことあるな」


「それは、自業自得としか言えませんけど––––大事なのは、反対にメロン味のかき氷はそれほど売れなかったってことなの。なので、メロンシロップが余ってしまったのよ」


「なるほど、それを解決するためのメロンソーダでしたのね!」


「舌が緑色になるのも、メロンシロップで作っているからよ」


「やはらひほひにはるふはね!」


 井斉先輩はまたまた舌を出しながら、喋ったので何を言っているのかは分からなかったけれど––––唯一分かるのは、今日の生徒会の仕事が全く終わっていないということである。


 現実は、メロンソーダのように甘くはない。


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