002 『噴水にある落し物』
「最近、噴水の中に落し物が多いという話を聞きましたわ」
いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして若王子市子。
「噴水って、中庭の方? それとも正門の方?」
「中庭の方ですわね」
「じゃあ、落し物って言うと……お弁当のオカズとか?」
中庭の噴水はお昼休みの人気スポットだ。あの噴水の周りに座り、昼食を取る生徒はとても多い。
私も天気のいい日は、市子とよくあそこで食べたものである。
なので、落ちているとしたら、食べ物だと思ったのだけれど、
「それが落ちているのは、全てお金だそうですわ」
どうやら違うらしい。
「お金ねぇ……まあ、落としたら拾えないものね」
噴水はそれなりの深さがあるので、落としたら拾うのは困難だと思われる。
でも、お金ばかり落ちているのはどう考えもおかしい。これは本当に問題である。
「うーん、あり大抵かもしれないけれど、ポケットに小銭を入れていて、落ちちゃったとか」
「確かに落ちているのは小銭だそうですが、一度に落としたとしても、かなりの小銭が広範囲に落ちているそうですわよ」
「となると、落としたのは一人ではないってことよね」
「そうなりますわね」
「もうなんか、一種の怪異現象みたいね」
「妖怪金食い虫ー!」
「はいはい、ふざけてないで真面目に考えてね」
私がそう言うと、市子は珍しく「むむむっ」と真剣な表情で考え始めた。
正直期待はしていない。ただ、黙ってくれればそれでいい。
だが、市子は何か思い付いたようで、にんまりとした笑顔をしてみせた。
「何よ、その顔……」
「ふっふっふー、この名探偵市子にかかれば、こんな事件はお茶の子さいさいですわ!」
「うん、期待はしてないから早く言ってちょうだい」
「ずばり、カラスさんですわ!」
なるほど、と思った。市子にしては、目の付け所はいい。
「前にカラスさんが賽銭箱のお金を盗んで、ハトさんのご飯を自販機で買っているというニュースを見たことがありますわ!」
「私も公園の水道をひねって、水を飲んでいるというカラスの話を聞いたことがあるわ」
「つまり、あのお金はカラスさんが取ってきたお金で、あの噴水を貯金箱にしていますのよ!」
正直、悪くない推理だと思う。でも、これは間違いなくハズレである。確かにその可能性はあり得る。あり得るが、うちの学校の噴水ではあり得ない。
「じゃあ、噴水の底に沈んだお金をどうやって拾うのかしら?」
「えっと、その、潜って……とか」
「水深は、カラスの二倍以上あるのに?」
「むぅ……」
「まあ、市子にしては悪くない考えだったわ」
お金を落としたのではなく、外的要因によってお金が落ちていると考えるのは、悪くない考えだと思う。
でも、結局お金を持っているのは人なのだから、お金を落としたのは人と考えるのが妥当な気はする。
「お金が落ちている理由ではなく、お金を落としてしまう理由を考えた方がよさそうね」
しかし、市子はポカンとした表情を浮かべる。
「音羽ちゃん、何が違いますの?」
「おバカな市子にも分かるように言うなら––––」
市子は「わたくしはおバカではありませんわ!」と抗議したが、無視して続ける。
「自販機の下にお金が落ちているとしたら、それは何故だと思う?」
「それは、誤って落としてしまったからですわ」
「そうよね、自ら望んで自販機の下にお金を置いたりしないわよね。お金を置く理由はないけど、落とす理由はあるってことよ」
「音羽ちゃん、もう少し分かるように言ってくださいな」
「ごめん、私が悪かったわ」
市子のおバカ加減は底知れない。だが、市子はお金を落としたと聞いて何かを思い出したようだ。
「分かりましたわ! 銭洗弁天ですわよ!」
銭洗弁天。鎌倉にあるお金を洗ったら、何倍にもなって帰って来ると言われる、神社だ。
「そういえば、中等部の頃に一緒に修学旅行で言ったわね」
だけど、市子がそんな事を覚えているのはちょっと意外だった。
「わたくし、あそこでお金を誤って落としてしまったのを思い出しましたわ」
「だから、覚えていたのね……」
「それに洗う所の下を見ますと、わたくしのようにお金を落としてしまった人が他にもいるではありませんか! つまり、みんな落としちゃうんですわよ!」
確かに市子の言う通り、銭洗弁天のお金を洗う場所の下には水が溜まっており、そこにはそこそこの小銭が落ちていた。
「じゃあ、みんな中庭の噴水でお金を洗って、誤ってお金を落としちゃった、って言いたいの?」
市子は元気よく「そうですわ!」と答えた。自信満々に。
だけど、これもあり得ない。
「あのね、学校の噴水で銭洗弁天と同じご利益があるわけないでしょ」
「あっ……」
「お金を洗って、それでお金が増えるなら、水道水で洗えばいいじゃない。あれは、銭洗弁天って言う特殊な場所だから効果があるのよ」
「なるほど、硬貨だけにってことですわね」
「余計なことは言わなくていい」
こんなにもつまらないギャグを聞いたのは、生まれて初めてかもしれない。私は溜息を付いてから、席を離れ、いつものようにドリップマシンのスイッチを押す。
「あ、音羽ちゃん、またコーヒーを飲みますの?」
「カフェインは、身体にいいのよ」
「そんな泥水を飲んで、身体にいいわけありませんわよ」
とりあえず、市子は全国のコーヒー愛好家に謝った方がいい(市子はお砂糖をいっぱい入れないと、コーヒーが飲めない)。
私は出来上がったコーヒーを片手に、席に戻る。
「そういえば、お金が落ちているのは中庭の方で、正門の方はないのよね」
「そうですわね」
「何か違いがあるのかしら……」
「水の色とか」
「変わらないと思うわ。確かに中庭の方が日当たりがいいから、水の中のお金が光って見えるとは思うけど」
「あっ、中庭の噴水には女神様がいらっしゃいますわ!」
「そういえばそうだったわね」
市子の言う通り、中庭の噴水には女神像が立てられている。しかし、その女神像がなんの女神様なのかは、誰も知らない。
「分かりましたわ! あの女神様はきっとお金の女神様ですのよ!」
「お金の女神様だから、お金を落としちゃうなんてありえな……いや、ちょっと待って」
「どうしましたの?」
疑問符を浮かべる市子を他所に、私は考えをまとめる。
私の考えが正しければ落ちているお金は––––
「分かったわ、どうして噴水にお金が落ちているのか」
「わたくしは分かりませんわ!」
「じゃあ、今日もヒントを出してあげる」
市子はそれを聞いて、今日も元気に「やりましたわ!」と胸を弾ませた(物理的に)。
「トレビの泉」
「……それはどこにありますの?」
「…………」
市子はおバカだった。ヒントと言っておきながら、まんま答えを言ったつもりでいたけれど、市子には無意味だったらしい。
「なら、別のヒントを出すわ」
「早くしてくださいな!」
「市子のカラスの話に、思いっ切り答えのワードが出てたわ」
「カラスさんの話……えっと、お賽銭を……」
「そう、お賽銭」
「あっ、もしかして……」
「じゃあ、答え合わせの時間ね」
*
場所は、噴水。中庭の噴水。
噴水の側で、何人かの生徒が噴水にお金を投げ込み––––両手を合わせている。
「まさか、お賽銭だったとは思いませんでしたわ」
「最近流行りだしたらしいわね」
聞いた話では、一部の生徒の間で中庭の噴水の女神様にお祈りをするのが流行りだしたらしい。
なんの女神様なのか分からなかったのが、逆に万能の神として捉えられてしまったというところだろうか。
「音羽ちゃん、噴水にお金を投げるのを、本当にやめさせなくてよろしいんですの?」
「別に悪いことをしてるわけじゃないのだから、止める必要はないと思うわ。それに、信仰の自由というのは、法律でも保護されているものなのよ」
「音羽ちゃんは、本当に博識ですわねー」
「市子が無知なだけよ」
「胸はムッチムチですけどね!」
「萎めばいいのに」
「酷いですわ!」
……私もお祈りしようかしら。胸が大きくなりますようにって。