015 『プリン消失事件2』
「わたくしのプリンがありませんわ!」
いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして、若王子市子。
市子は、ケーキ入れの中にある(入ってるのは別のものだけど)空になっている四つの容器を見て、ショッキングな表情をしている。
例えるなら、劇画調––––いや、昔の少女漫画にありがちな、白目蒼白だ。恐ろしい子だ。
さて、今私たちは応接用のテーブルに座っている。私と、井斉先輩、司くん、そして遅れてきた市子。
市子は今日も補習だったため(相変わらず小テストが壊滅的だったらしい)、遅れて生徒会室にやってきたのだけれど、どうやら廊下で理事長と会ったらしく、「今日はプリンを差し入れたから」と聞いたらしい。
まあその通りであり、市子がくる少し前に理事長はこの生徒会室を後にしているので––––ここに向かってくる市子の鉢合わせるのは、別に不思議ではない。
そして、生徒会室に入った市子を待ち受けていたのは空になった四つの容器。
ポイントはここからだ。
私達は誰が食べたか知っている。
だって、一緒に食べたから。
だから犯人を知っている。
だれがプリンを食べたのかを知っている。
「どうしてわたくしの分のプリンがありませんの⁉︎」
「さーて、なんでだろうな?」
と井斉先輩はニヤリと笑う。
「ちーちゃん先輩が食べちゃいましたの⁉︎」
「違うぜ」
「では、音羽ちゃんですの⁉︎」
「自分の分しか食べてないわよ」
「じゃあまさか––––司くんですの⁉︎」
「違いますよ、若王子先輩」
「どうして皆さん嘘を付きますの⁉︎」
私達は顔を見合わせて、同時に言う。
『面白いから』
「どうして、急に仲良し連携プレイを披露しますの⁉︎」
市子は「むきぃー!」とよく分からない叫び声をあげた。
「誰がプリンを食べたか当てられるかしら?」
「そうそう、当ててみな若王子」
「やっぱりちーちゃん先輩ですわ! いやしんぼうですもの!」
「癒しん坊って、それを言うなら癒しん幼だろ」
「井斉先輩、あんまり上手くないですよ」
「じゃあ、プリンは?」
井斉先輩の問いかけに私達は顔を見合わせた。
『美味かった』
「だから、どうしてそう一々ハモりますの⁉︎」
司くんは珍しく笑いながら、市子に話しかけた(司くんはいつも大体真面目な顔をしている)。
「若王子先輩、自分達は当たり前ですけれど、誰が食べたか知っていますよ」
「分かりましたわ! 三人で三等分して共犯をしたんですわ! ですので、お互いに庇い合っていますのね!」
「食べたのは一人ですよ、若王子先輩」
それを聞いて、市子は私を指差した。
「じゃあ、音羽ちゃん!」
「理由は何かしら?」
「生徒会長ですので!」
「まったく理由になってないわね」
「では、わたくしの胸が大きいことに嫉妬していますので」
「……うん、それはあるわ、食べてやろうかしら、そのプリン」
「雲母坂、それは今晩にしとけって」
私達はまた三人で顔を見合わせて、ハモる。
『デザートだけに』
「ウザいですわ!」
市子は憤慨していた。だけど、少し考えてから顔を赤らめる。耳まで真っ赤にしている。
「……音羽ちゃん……、わたくしを––––えっと、その」
「うん、そう、食べちゃうわ」
「えっと、それは……」
「かぷってして、ちゅーって感じよ」
「はわわわわわわわわわっ」
市子は謎に慌ててだし、髪の毛をクルクルと遊び始めた。
「お、おと、音羽ちゃんっ、その––––」
「もうあれよ、プッチンとしてるところを、ポキってやって、そこからちゅーよ」
「雲母坂は、面白いなぁ」
「会長さん、それプッチンプリンですよ。しかも、プッチンのところから吸うんですか?」
「ちゅーって、こう裏側からちゅーって」
市子はそれを聞いて、なんだかホッとしたようなガッカリしたような不思議な反応をしていた。
だけど市子は何かに気が付いたのか、少し鼻をヒクヒクとさせながら私に近付いて来た。
「何よ」
「なんだか、少しお酒の匂いがいたしますわ」
「あぁ、プリンに果実酒が入っていたのよ」
「……それで、司くんまでノリノリになっていましたのね」
確かに今日の司くんはちょっとノリノリだ。色んな意味で。特別スペシャルサービス回かもしれない。
「なら、犯人は司くんですわね!」
「どうしてそう思うんですか、若王子先輩」
「普段と様子が一番違いますので」
「はじゅれです、若王子先輩」
「ほら若王子、はじゅれって言ってるぞ」
「そうよ、はじゅれよ市子」
「何ですの! どうして今日のみなさんはそんなにウザいんですの!」
市子は今度は四つの容器を手に取り、それぞれ調べ始めた。
「これを食べたのは、音羽ちゃんですわね!」
「うん、当たりよ」
正直ビックリした。空の容器から食べた人を割り出すなんて、市子は結構出来る子なのかもしれない。
「この容器からは、音羽ちゃんの匂いがしますわ」
「反応に困るわね」
「若王子は犬だな、犬」
「ワン王子ですね」
司くんがノリノリだ。ちょー面白い。ちょーウケる。
「でもそれなら、若王子ワン子の方が語呂が良いと思うわ」
「さっすが、雲母坂ー」
「流石です、会長さん」
「音羽ちゃん! それにちーちゃん先輩に、司くんも、正気に戻ってくださいな!」
私達は再び、三度顔を見合わせた。
『書記はワン子』
「ウザいですわ! それに、書記じゃなくて、正気ですわよ!」
再び憤慨する市子をよそに、私はプリンを食べる時に飲んでいたコーヒーの残りかけを飲んだ。
コーヒーを飲んだだからだろうか、少し落ち着いてきた。
なんか、普段の私にあるまじき発言をいくつかした気もするが、気にしないことにしよう。
「それで、プリンを食べた犯人は分かったのかしら?」
「全然分かりませんわ!」
「そう、私は知ってるわよ」
「……そりゃあ、知ってないとおかしいですわよ!」
「ヒントどうする?」
「要りますわよ!」
市子はもうキレ気味に言った。やけ気味と言ってもいいかもしれない。
「じゃあ、最初のヒント。プリンは人数分あった」
「だから、わたくしの分が無くなっていますわよ!」
「じゃあ、次のヒント。私達は嘘は付いていない」
「ついているではありませんか! わたくしのプリンは誰かのお腹の中ではありませんか!」
「最後のヒント」
というか、答えなのだけれど。
「市子のプリンはまだあるわ」
「だから、空になって––––」
「これ、市子のプリンじゃないのよ」
「では、誰のプリンですの⁉︎」
私達はここでまたまた顔を見合わせた(もう何回目か数えてない)。
『えみちゃん』
「……えみちゃん、ここでプリンを食べていきましたの?」
「そうよ、五人で食べようと思って、五つ買ってきてくれたのよ」
プリンは最初から、四つだったのではなく、五つだった。そして、四つ目を食べたのは持ってきた張本人であり、理事長の冷泉夷本人だ。
「この後用事があるようだから、私達で先に食べてしまったけれど––––理事長、『市子と一緒に食べたかった』って言ってたわよ」
「それは、その、補習で……」
「分かってるわよ、ただ、今度はそうならないようにちゃんと勉強しなさい、分かった?」
市子は小さな声で「分かりましたわ」と返事した。
「じゃあ、市子の分のプリンは冷蔵庫にある––––」
私が言い終わらないうちに市子はすごいスピードで冷蔵庫まで行き、お目当てのプリンを手に一口食べ、また一口食べた。そして本当に、一瞬と形容してもいいほどのスピードでペロリと平らげてしまった。
井斉先輩はその光景を見て、呆れていた。
「若王子のやつ、すごい食いっぷりだな」
「市子はいつもあんな感じですよ」
「若王子先輩、プリン大好きですもんね」
少しは元どおりになって来た司くん。それにしても、司くんにアルコール類は絶対にダメだと今日のことでよく分かった。
大体四人集まると一人はお酒に弱いの法則を、ここに提唱しようと思う。
理事長もアルコールが入っているとは知らずに買ってきてしまったと謝っていたけれど、今度から差し入れがあった場合、私が気を付けないとダメだ。
「あの、一つだけ疑問がありますの」
「なぁに?」
「どうしてすぐに、わたくしの分のプリンは冷蔵庫にあると、教えてくれませんでしたの?」
私達は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
『だってそっちの方が面白そうだったから』
「むきぃー! もうそのハモるのやめてくださいな!」
こうして、『プリン消失事件第二幕』は幕を閉じた。