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013『突然現れた教会』

「最近、萌舞恵の敷地内に教会が出来たそうですの」


 いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして若王子市子。

 萌舞恵女学院はミッション系の学校ではないので、教会があるのはちょっと違和感がある。

 だけど、それよりも問題なのは、


「最近、教会が出来たなんて報告はありませんし、教会が出来るなんていう予定も無かったはずですよ」


 と、司くんが私が思っていた問題点をそのまま指摘してくれた。


「まさか、急に生えてきたとか言わないだろうな?」


 井斉先輩もからかうように市子に尋ねる。


「それが、急に出来たというか––––突然現れたそうですの」


「そんなオカルトがあるわけないでしょ、何かの見間違いじゃないの?」


「いえ、実際に行って見てきましたの。間違いなく教会でしたわ」


 どうしよう、市子がおかしいのはいつものことだけれど、これは本当に色々おかしい。

 ここまでの情報をもう一度言うと、ミッション系ではない学園に、教会が急に現れた。

 うん、色々おかしい。


「それで、その教会はどこにあるのよ」


「あっ、えっと……」


「待って、地図を出すから」


 私は、デスクの引き出しを開いて地図を取り出した。そして、応接用のテーブルに広げる。

 萌舞恵女学院の敷地は、本当に広く、大体『50万m2』くらいと言われている。これはディズニーランドと同じくらいの広さで、東京ドームだと、多分十個分くらいある。

 なので、初めてこの学園を訪れた生徒はもれなく迷う(私ももちろん迷った)。


 市子は地図を少し見てから、第一女子寮と第二女子寮の間にある、何も無い所を指差した。


「ここですわ」


「いや、ここには何も無いわよ」


「それがありますのよ」


 となると、地図には乗っていない教会ということになる。

 でも、急に出来るのはどう考えてもおかしい。そもそも、何か新しい建物が出来るとしたら、生徒会には必ず報告があるはずだ。

 井斉先輩は、市子が指差した所から第三女子寮にかけての道筋をなぞった。


「雲母坂は、この辺詳しいんだろ? 毎朝走ってるし」


「確かに走ってますけど、教会は見たことないですよ」


 私は井斉先輩の言う通り、最近毎朝走っている。元々は市子がダイエットのためやり始めて私もそれに付き合わされる形で走っていたのだけれど––––市子はすぐに飽きたのか、辛いのか分からないけれど、辞めてしまった。

 だけど、私は朝走るのが習慣付いてしまい、未だに早朝ランニングをしている。

 だから、第二女子寮付近の道筋は割と詳しい。

 第一女子寮の方が行き止まりで、第二、第三と一本の道で繋がるのがこの辺の立地だ。


 第一女子寮は現在廃寮となっており、建物は風が吹いたら倒れてしまいそうな日本家屋。ボロいけど中は結構綺麗な建物だ。

 私と市子が住んでいる第二女子寮は、見た目は西洋風の館で、通称『ミニホワイトハウス』。

 そして、第三女子寮は近代的な建物となっており、普通のアパートみたいな感じだ。


 各寮からは、この道ではなく縦に伸びる道を通って学校に向かうので、基本的にはこの寮同士を結ぶ道は、あまり歩いている生徒はいない。

 そして、学校を挟んで向かい側にあるのが第四女子寮と、第五女子寮である。

 私のランニングコースとしては、第二女子寮を出てから第三女子寮の方に向かい、第三女子寮から学校を目指して、学校からは第二女子寮までクールダウンも兼ねて歩いている。


「第五女子寮でも、話題になっていますよ。会長さんが毎朝ランニングをしていると」


 私のランニングがなんで話題になるのか分からないけれど、まあ『生徒会長が走っている』という意味では会話のネタにはなるか。

 というか、司くんも早朝ランニングをしている為、コースによってはたまに会う。


「最近、やけに『一緒に走りましょう』と他の生徒に言われるのは、その噂が原因だったのね」


「流石は『音姫様』ですわね!」


「…………」


 市子はこうやっておだてるけれど、私はそのあだ名をよく思っていない。


「でも噂じゃあ、雲母坂は走るのが速すぎて、誰も一緒にランニング出来ないそうじゃないか」


「そうですの! 音羽ちゃんはもう、マッハですわ!」


「そんなに出るわけないでしょ。というか、司くんの方が速いわよ」


「いえ、会長もランニングならかなりの速さですよ」


 そんなつもりは無かったのだけれど、運動部に所属する司くんが言うなら、私は結構早いペースで走っているのかもしれない。


「そういえば会長さん、いつも音楽を聴きながら走ってますよね、何を聴いているんですか?」


「Bad」


「雲母坂はマイケルジャクソン好きだもんな」


「リズム感がいいのよ」


「わたくし、音羽ちゃんがこっそり部屋でムーンウォークの練習しているの見たことがありますわ!」


「それは言わなくていい」


「結構上手でしたわよ」


 そりゃそうだ。沢山練習したもの。


「雲母坂はゼログラビティも得意そうだな。というか、ゼログラビティだもんな」


 井斉先輩は、なぜか目線を少し下げた。


「何か言いましたか、井斉先輩?」


「ううんっ、私きらりんのこと大好きっ」


「どうして急に『幼女キャラ』になっているんですか……」


「うちの寮の子たちがねっ、きらりんと一緒に走りたいから、頼んでってお願いされちゃったのっ」


「別に構わないですけど––––その幼女キャラはやめてください。あと、お菓子を貰って、なんでも引き受けちゃうのもやめてください」


「雲母坂は何でもお見通しだな」


 ニヤリと笑う井斉先輩。きっと今のお願いをする見返りにお菓子を貰ったのだろう。


「でも、どうして私なんかと一緒に走りたいのかしら……」


「……なんだ、雲母坂は本当に鈍化だな……」


「そうですわよ、音姫ちゃん」


「私の名前は、音姫ちゃんじゃなくて、音羽ちゃんよ」


「ちゃんって、自分で言ってしまいますのね」


「そこだけ拾わなくていい」


 私は「それで」と先程の質問の回答を尋ねる。


「どうして、私と走りたい生徒が多いのかしら?」


「そりゃ、雲母坂が『音姫様』で『生徒会長様』だからだろ」


「……それが何かあるのかしら?」


 井斉先輩は市子に小声で、


「雲母坂って……なの?」


 と耳打ちしていた。小声だったのでなんて言っているかは、よく聞こえなかった。

 ただ、市子はこっちを見てから頷いていた。なんか、モヤモヤする。


「ちょっと、何なの?」


「いいや、雲母坂会長は優秀だねって話をしていた」


 まあそれはさておき、と井斉先輩は言う。


「それで、教会の方はどうなんだ? なんで急に現れる?」


「若王子先輩は実際に行ったんですよね?」


「そうですわよ、中にも入りましたので間違いありませんわ」


「内装はどうだったかしら?」


「えっと、ステンドグラスって言うんでしたっけ? カラフルなガラスと十字架がありましたわ」


「ううん、そうじゃなくて、建物とか、内装は綺麗だったかしら?」


「かなり綺麗でしたわよ」


 まあ市子の言う通りなら、最近出来たことになるのだから、綺麗なのは当たり前か。

 でも、最近出来たというのは絶対にありえない。一体どういうことなのだろう?


 ……分からない。全然、分からない。


「皆さん、こちらに座っていますし、お茶でも淹れてきますよ」


 私が悩んでいると司くんが気を使い、お茶汲み役を名乗り出た。司くんは気を使い過ぎだと思う。


「私、甘いやつ」


「わたくしも!」


「会長さんは、ブラックで構いませんか?」


「大丈夫よ」


 司くんは後輩だからというのもあるけれど、こういうことを率先してやってくれるは、本当にありがたい。

 本来なら、仕事をまったくしていない、市子やら、井斉先輩がすべきだと思う。

 でも、市子は何かコップとか割りそうで怖い。


「むっ、音羽ちゃん、何か失礼な事を考えていませんか?」


「考えてない、考えてない」


 市子の癖に鋭い。

 食器の音と共に、コーヒーのいい香りが生徒会室に広がる。やっぱりブルーマウンテンはいい。匂いを嗅いでいるだけで幸せになれる。


「そうだ、冷蔵庫に料理部から貰ってきたクッキーがあるから、一緒に食おうぜ」


「賛成ですわ!」


「司ぁー、冷蔵庫のクッキーも頼むー」


「あっ、了解でーす」


「井斉先輩、後輩を顎で使わないでください」


「えー、ちーちゃん、分かんなーいっ」


「立場が悪くなったら、『幼女キャラ』するのやめてください」


 井斉先輩の行動に苦言を呈したところで、「おまたせしましたー」と司くんが戻ってきた。

 トレーをテーブルの真ん中に置き、一人ずつカップを配る。


「いただきますわ!」


「市子、そこにウエットティッシュがあるから手を拭きなさい」


「はーい」


「会長さんはまるで、若王子先輩のお母さんですね」


「雲()坂だもんな」


「音羽ママー!」


「市子、ふざけない」


 井斉先輩は市子の胸元を見た。


「サイズ的には、こっちがママだけどな」


「井斉先輩、何か言いましたか?」


「きらりんっ、ほら、クッキー食べてみてっ」


「…………」


 私は井斉先輩の『幼女キャラ』をスルーして、クッキーを食べる。

 うん、美味しい。普通のバタークッキーだけれど、変なベタつきもなく、甘みもちょうどいい。


「美味しいですわ!」


「そうね」


 クッキーの甘みが口に残っているうちに、コーヒーを飲む。

 うん、美味しい。キリッとした苦味と、柔らかい風味が味をリセットする。


 そして、考える。

 今回の一件はおかしな点が多い。

 まず、急に教会が現れるのはどう考えてもあり得ない。

 最初からあったと考えるべきだ。

 そして、出来た理由についても心当たりがある。


 だけど、やっぱり教会がずっとあったとして気が付かないわけがない。

 私はもう一度、地図に目線を落とす。

 市子が言うには教会のある場所は、第一女子寮と、第二女子寮の間––––


「あっ」


 と声をあげた私に対し、三人が同時に顔を上げた。


「音羽ちゃん、もしかして分かりましたの⁉︎」


「……そうね、多分間違いないと思うわ」


「いつも一人だけ分かって、ズルいですわ!」


「はいはい、じゃあいつものようにヒントを出してあげるから」


 市子はそれを聞いて、今日も元気に「やりましたわ!」と胸を弾ませた(物理的に)。私はいつも通りソレを見なかったフリして話を続ける。


「じゃあ、まず最初のヒント。当たり前だけど、敷地が広すぎたのはとても問題だった」


「まあ、萌舞恵は生徒数こそ少ないですが、中高大一貫校ですからね」


 と司くんは考えながら言う。


「ですが、敷地の広さと教会が急に現れたことに関係性は見出せませんよ……」


「じゃあ、次のヒント。私の早朝ランニングは間接的な原因になっているわ」


「あれか? 雲母坂のランニングコースが、召喚陣となって教会が出現したみたいな……」


「そんなオカルトはあり得ないです」


 井斉先輩は「じゃあ、降参だ」と手をヒラヒラとさせた。


「じゃあ最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。


 私は地図のある道を指差した。第一女子寮と、第二女子寮を結ぶ道だ。


「私はこの道を通った事がないわ」


 井斉先輩と司くんは、少しだけ考えてから納得したように頷いた。


「なるほどなぁ、そりゃ無いよなぁ」


「ですね、ここは通らないですよね」


 ここで、先程からずっと黙っていた市子が声をあげた。


「わたくしは通りましたわよ!」


「最近でしょ?」


「そういえばそうですわ」


「前にみんなで第一女子寮に行った時に通った道を覚えているかしら?」


 市子は「ここですわ」と学校と第一女子寮を結ぶ道を指差した。


「この道も多分、初めて通ったんじゃないかしら?」


「確かにそうですわ! どうしてですの⁉︎」


「それはね、第一女子寮に用件のある人がいないからなの」


 市子はハッとした様子で、地図を見てから顔を上げた。


「分かりましたわ!」


「そう、じゃあ」


 私は言う。いつものように。


「答え合わせの時間ね」




 *



 場所は、第一女子寮と第二女子寮の間にある、教会。白い建物で、一番天辺に十字架が見える。

 もちろん、私は来るのは初めてだ。


「まさか、誰も通らない道にあるから気付かれなかったなんてなぁ」


 と井斉先輩は左右を見渡した。

 第二女子寮から第一女子寮に向かう生徒はいないので、この教会があるこの道を通る人は、きっと第一女子寮の管理人鳳さんくらいなものだ。


「ランニングをしている会長さんを探して第二女子寮を目指しているうちに、ここの教会にたどり着いてしまったんですね」


 第四や第五女子寮の生徒は、向かい側だから学校からの道を通る。学校から第二女子寮に向かう途中に、間違ってこの教会にたどり着き、そして、「急に教会が現れた」になったのだろう。


 誰も知らない建物が、多くの生徒の目に一気に触れたことにより、認知度を増し––––急に現れた。


 それに第二女子寮は『ミニホワイトハウス』と呼ばれる洋館だ。この白い教会と間違えても不思議ではない。


「ですが、どうしてここに教会が建てられていますの?」


「第二女子寮だけ洋館なのと、きっと関係しているわ」


「どういうことですの?」


「これはあくまで私の予想なのだけれど、第二女子寮が出来る少し前は、この学園はミッション系の学園だったのかもしれないわ。もしくは、ミッション系になろうとしていた。地図にも乗っていないのはそれが理由かもね。記録はないからどちらかは分からないけれど、第二女子寮が洋館なのは、きっとそういうのがあったからじゃないかしら?」


「つまり教会は、その時の名残りってことですの?」


「多分ね」


 百年以上の歴史を持つ萌舞恵女学院。校風は変わらないが制服は変わり、時代に合わせ変化する。

 もしかしたら、当時はミッション系の学園が多かったのかもしれない。だから、それに合わせて変えようと––––もしくは、元々そうだったのを変えたのかもしれない。

 ミッション系だったのか、ミッション系に変えようとしてやめたのかは分からないけれど––––たまに教会にお祈りしにくるのは、イイことのはずだ。


 だから、たまには市子を連れて来ることにしよう。


 市子には悔い改めることが多すぎる。


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