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011 『カリスマデコリストの噂』

「カリスマデコリストの噂をご存知ですか?」


 いつもの放課後、いつもの生徒会室、そして若王子市子。

 カリスマデコリストなんてワードから連想する人物は、一人しかいない。


「それって、あげはさんのことでしょ」


 そして司くんも、私と同じ意見のようだ。


「自分のクラスにも、鳳さんにスマホケースをデコってもらった人がいますよ。というか、若王子先輩と、会長さんのスマホケースも鳳さんにデコってもらったやつですよね?」


「その通りよ。私のケースも、市子のケースも鳳さんにデコられたものよ。市子は知らないけど––––私は勝手にやられたわ」


 鳳さんは、第二女子寮の寮長先生で、簡単に言うとギャルの人。

 いつだったか、私が鳳さんにテスト勉強に付き合ってもらった時の話なのだけれど、


「おとぽよ、けーたい、没収ぅ〜!」


 とスマホを取り上げられた。その時は、勉強の邪魔になるから取り上げられたのだと思ったのだけれど、私の元に返ってきた時には––––もうキラッキラになっていた。

 ピンクとクリスタルをベースとしたアゲハ蝶が私のスマホの背面に降臨していた。


 なので、カリスマデコリストと言ったら鳳さんの事だと思ったのだけれど、


「鳳さん以外にも、カリスマデコリストが居ますの」


 どうやら、二人居るらしい。


「なんで、そう思うのかしら?」


「そのスマホケースには、シャクヤクの花がありますの」


「アゲハ蝶じゃなくて?」


「はい、アゲハ蝶ではありませんわ」


 鳳さんは自身のデコったものには、必ずアゲハ蝶をデコる。聞いた話では、自分の作品に対する署名みたいな感覚らしい。まあ、名前に鳳とあるのだから、納得の理由だと思う。


「じゃあ、別の人って事になるのかしら?」


「多分ですけど、そうなりますわね」


「鳳さんのお弟子さんとかでしょうか?」


「可能性はありますわね」


「となると第二女子寮の生徒の誰かとかでしょうか……」


 私は候補になりそうな人を、何人か思い浮かべてみる。

 うーん、特にそういうことをやりそうな人はいない。市子はやりそうだけれど、それはあり得ない。だって、市子はとても不器用だから。


「特に思い当たる人は居ないわ」


「音羽ちゃんじゃありませんの?」


「どうして、私になるのよ……」


「あ、いえ、鳳さんの一番弟子と言ったら、音羽ちゃんのことかと思いまして」


「私のどこがギャルだっていうのよ」


 市子は、目線を下にさげた。うん、その視線の先は追いたくない。というか、それは勝手に買ってくるから穿いてるのであり、私の趣味ではない。


「違うに決まってるでしょ。そもそも、そんなことをやる時間がないわ」


 私は書類を振ってみせ、忙しいアピールをしてみせた。

 というか、まーた市子に付き合ってしまった。私は今日も忙しいので、市子に付き合っている暇なんてないのだけれど、


「おーとーはーちゃんっ」


 と、市子が私の肩を揺らしてきた。


「いや、悪いけどシャクヤクの花だけで分かるわけないでしょ。現物があるならまだしも––––」


「ありますわよ」


「へっ?」


 市子はポケットから、シャクヤクの花をあしらったスマホケースを取り出した。


「どうしたのよ、それ」


「実は今のスマホケースをあげぽよさんにデコり直してもらっているのですが、その代替え品として借りましたわ」


「誰から?」


「あげぽよさん本人からですわ」


「本人から借りたの?」


「はい、本人から借りましたわ」


「じゃあ、それも鳳さんのデコったものになるんじゃないの?」


「あ、いえ、わたくしもそう思って尋ねましたの。ですが、違うと言っていまして……」


「じゃあ、誰がデコったのか聞かなかったの?」


「もちろん聞きましたわ。そしたら、『これはねぇ、カリスマデコリストにしてもらったのさっ』と言われました」


「カリスマデコリストねぇ……」


 それはどう考えても、鳳さんのことだと思うのだけれど……。


「それに見てくださいな」


 市子はそう言って、私にスマホケースを渡してきた。

 渡されたスマホケースを見てみると、明らかに鳳さんと違うデコり方だった。

 鳳さんのデコの仕方は、もう満面なく、隙間なく、同じ大きさのホログラムを敷き詰める感じなのだけれど、このシャクヤクのケースはワンポイントである。

 右上に軽く、大小様々なホログラムを飾り、左下にはシャクヤクの花。


 鳳さんのデコを装花とするなら、こちらは生け花である。なんとも雅やかな雰囲気を、このスマホケースから感じた。


 ––––そして、素人目にも分かる。


 鳳さんのケースより、こちらのシャクヤクのケースの方が上手い。


「すごい綺麗ね、このケース」


「わたくしもそう思いますわ」


「……あれっ、そのケースちょっと見せてください」


 と、司くんが手を伸ばしてきた。

 スマホケースを手に取り、まじまじと見つめる司くん。


「これ、第五女子寮にも同じようなのを持っている人居ますよ」


「誰かしら?」


「あっ、いえ、一人というわけではなく、複数人です。自分も最初は鳳さんにしてもらったのだと思っていたのですけれど、そのケースは全てこれと同じ、シャクヤクケースでした」


「大体どのくらいの数か分かるかしら?」


「正確な人数は分かりませんが、二十人以上はいますよ」


 司くんの言う通りなら、第五女子寮に近しい人がデコった可能性はあるが、それは決して第五女子寮にのみ当てはまる話じゃないかもしれない。

 第三や、第四もそうなっている可能性がある。

 第二女子寮は良くも悪くもガラパゴス化している。


 それは、寮長先生である鳳さんが凄過ぎるからだ。鳳さんは完璧超人と言っても過言ではない。料理もそうだし、頭の良さもそうだ。

 昔理事長に色々仕込まれたらしく、大体のことは出来るらしい。

 

 だから、第二女子寮の生徒は、鳳さんについなんでも頼ってしまう傾向がある。

 スマホのケースだって、身近にデコれる人がいれば、そっちに頼む事だろう。


 なので第二女子寮以外では、シャクヤクケースの方が普及している可能性は十分にある。

 そもそも、シャクヤクケースの方が完成度は上だ。


「あげぽよさんのお弟子さんは、師匠を超えたということなのでしょか……」


 市子の言うこともあり得なくはない。この二つのケースは、なんとなくだけれど似ている部分も多い。

 特に、必ず署名とも取れるものを入れるところとか。


 シャクヤク。シャクヤクの花から連想する人物。花言葉は確か、『恥じらい』、『謙遜』、『はにかみ』。


 花から一番最初に連想したのは、糺ノ森先輩だけれど、仮に彼女がスマホケースをデコったとして、シャクヤクの花を署名のように入れることは絶対にない。

 糺ノ森先輩はとてもお淑やかな人で、そういう風に自己主張の強い人ではない。


 委員長はどうだろう?

 私たちのクラスの委員長、相生葵あいおいあおい。名前の文字が全て『あいうえお』で構成される、首席番号一番、真面目の中の真面目。

 彼女は、個人的に『恥じらい』という部分に関しては、なぜかとても該当する気がする。

 なんでかは本当に分からないけど。いや、本当に。

 でもこれもあり得ない。真面目な彼女がスマホケースのデコに精を出す姿を想像出来ない。スマホの待ち受け画面、地球儀だし(これはあんまり関係なさそう)。


 なら、アゲハ蝶のように名前にシャクヤクを含む人はどうだろう?

 漢字にしたら、確か『芍薬』。

 ……うん、居ない。


 こうなってくると、普通にシャクヤクの花が好きな人物と考えるのが妥当な気はするけれど––––それじゃあ範囲が広すぎる。


 芍薬、シャクヤク、英語では、『Chinese peony』。

 ちなみに英語で『顔を真っ赤に染める』を意味する、『blush like a peony』は、シャクヤクから来ている。

 うん、全く関係がなさそうだ。


 他に考えられるとしたら––––詩とか、短歌とか。花というのはよく出てくる印象がある。

 まあ、古語となるとちょっとややこしくなってくるけども––––うん?

 古語?

 一つの考えが私の中で繋がった。


「分かったわ」


「本当ですの、音羽ちゃん⁉︎」


「うん、多分間違いないと思う」


 驚く市子に対して、私は自分に言い聞かせるように確認を取る。うん、筋は通っている。


「わたくしにはさっぱり分かりませんわ」


「じゃあ、今日もヒントを出してあげる」


 それを聞いて市子は今日も元気に「やりましたわ!」と、胸を弾ませた(物理的に)。私はいつも通り、それを見なかったフリして話を続ける。


「まず最初のヒント、多分鳳さんのお弟子さんじゃなくて、師匠よ」


「あげぽよさんより仕上がりがいいからと言って、そうとは言い切れないと思うのですが……」


「それが言い切れるのよ」


「……むぅ、分かりませんわ」


「じゃあ、次のヒントね。シャクヤクの花を毎回必ず入れるなんて、本当に大ヒントだと思うわ」


「となると、シャクヤクを名前に含む人物と考えてもいいと言うことですか?」


 と司くんが尋ねてきた。


「そうね、それで間違いないわ」


「ちなみに、その人物は自分も知っていますか?」


「全校生徒が知ってるわ」


 私の大大大ヒントに、司くんはしばらく考えてから、「あぁ」と納得したように頷いた。


「会長さん、よく気が付きましたね」


「まあ、糺ノ森先輩からお花のことはそれなりに聞いてるから」


「分かりましたわ! ずばり、糺ノ森先輩ですわね!」


「はい、ハズレ」


「じゃあ、ちーちゃん先輩ですわ!」


「校内の有名人を順番に言っていくの禁止ね」


「むぅ……」


 市子は私に対して、膨れっ面をしてみせた。ちょっと可愛い。


「じゃあ、最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。


「シャクヤクってね、古名では『夷草えびすぐさ』って言ったのよ」


「それって、もしかして……」


「じゃあ、答え合わせの時間ね」




 *



 生徒会の仕事を終えた私達は(主に私と司くんが頑張った)、帰宅する前に理事長室を訪ねた。

 残念ながら、理事長は不在だったけれど、理事長室の前にこんな物が置いてあった。


『えみちゃんのカリスマデコリストの予約表!』


 青いファイルに入った予約表を見ると––––すごい、半年先まで予約がいっぱいだ。


「カリスマデコリストって、理事長のえみちゃんでしたのね!」


「昔、鳳さんは理事長に色々教わったらしいけれど、多分その中にデコり方もあったのだと思うわ」


 二人が仲良くデコっている姿を想像したら、ちょっと微笑ましくなった。

 シャクヤクの古名。『夷草』。理事長の名前は、冷泉れいぜいえみし。同じ漢字。


「ですが、それでしたらどうしてこんな回りくどい署名の仕方をしたのでしょう? 古名なんて、普通気が付かないですよ」


「それはほら––––シャクヤクの花言葉が『謙虚』だからじゃないかしら」


 正直理由にはなってないとは思うけれど、これはそのうち理事長に聞いてみれば分かることだ。

 だから、深くは考えない。


 また市子にその理由を追求されたら困るから––––

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