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010『流行りのツインテール』

「ツインテールが流行ってるって何よ、そんなの全然全くこれっぽっちも問題ないじゃない」


 昼下がりの放課後、いつもの生徒会室。そして、若王子市子。

 井斉先輩はサボりで、司くんは別の仕事を頼んだので今は居ない。なので、静かな生徒会室で仕事をしようという時に、このおバカは、今日もおバカなことを聞いてくる。


「いーえ、おかしいですわ! ツインテールの日でもないのに、校内の生徒の半分くらいは、ツインテールですのよ!」


 と、市子はツインテールを揺らした(同時に胸も揺れた。萎めばいいのに)。これは彼女の髪型が常時ツインテールなのではなく、今日のヘアアレンジがツインテールなだけである。


「そういうあなただって、今日はツインテールじゃない」


「流行りには乗るものですわ!」


「はいはい、分かったから静かにしていてね」


「ツインテールの生徒が多いのは、問題ですわ!」


「だから何が問題だって言うのよ」


「だっておかしいと思いませんか⁉︎ 急にですわよ! 急に増えたんですわよ!」


「そういうこともあるでしょ、ほら、前にチュッパチャップスが妙に流行った時期があったでしょ」


「それは音羽ちゃんが、舐めていたからだと思いますわ」


「そんな理由で急に流行るわけないでしょ」


「とにかく、この問題の真相が分かるまでは、わたくし生徒会の仕事はいたしませんわ!」


「あなたはいつもやっていないじゃない」


「うっ……」


「それに、あなたが仕事をしなかったところで全く問題はないわ」


 私が冷たく突き放すと、市子は私の後ろに回って肩を揺らしてきた。


「おーとーはーちゃーんっ」


 大きな脂肪が私の後頭部に当たっている。ちょー重い、萎めばいいのに。


「肩を揺らさないでちょうだい、あと胸も揺らさないでちょうだい」


「あいうえお、あいうえお」


「後ろで母音を言いながら、胸を––––って、ボインと母音をかけてくだらない洒落を言わないでちょうだい!」


「そういえば、雲母坂音羽という名前には、『母音』という文字が含まれてますわよね」


 なのに、ボインじゃない。なのに、私はボインじゃない。萎めばいいのに。


「あなただって若王子市子でしょ、『子』が二回も入っているじゃない」


「胸はキングサイズですわね! 王だけに!」


「萎めばいいのに」


「酷いですわ!」


 どうして、世の中には胸の大きくない人と、大きい人がいるのだろうか?

 人類は皆平等なんて、大嘘である。


 まあ、それはさておき。いつも通りの閑話休題。話を戻そう。


 このままだと、市子が絡んで来て仕事にならない。

 なので。

 本当に不本意で、別にやりたくもないのだけれど、ツインテールの生徒が増えたことについて考えてみることにした。

 まず一番最初に思い浮かべるのは、外部からの影響とか。


「例えば、テレビで芸能人とかがツインテールにしていて、それが可愛かったとか」


「確かにそれはありえますが、校内の半数の生徒が同じ髪型にする程ではないと思いますわ」


「ファッション誌とかで、今年のトレンドになっているとか」


「ありえなくは無いですが、それも同様に半数以上の生徒に影響を及ぼすとは思えませんわ」


 となると、誰から『強制』されたという可能性も考えられる。もっとも近しい強制。


 ––––学則。


 だけど、生憎うちの高校にそのような学則は存在しない。

 派手でさえなければ、ある程度は許されている。肩にかかるなら結ぶとか、前髪は眉の上だとか、そういう学則はこの学校には無い。

 なので、学則も違う。

 何かから影響を受けたとしても、ファッション誌だとか、テレビの芸能人とかではなく、もっと身近な人物の影響の可能性とか。


「うちの高校の誰かがツインテールにしていて、それが可愛かったからとか」


「音羽ちゃんは、ツインテールにしてないではありませんか」


「ちょっと待ちなさい、どうして今の会話の流れから、私がツインテールにしなきゃいけなくなるのよ」


「だって、ツインテールにしていてそれが注目を集めそうな人は、音羽ちゃんか、わたくしか、ちーちゃん先輩くらいなものですわ」


 どうやら市子が言いたかったのは、私がツインテールにしていないことではなく、可愛い私がツインテールにしていないので、先程私が言った、『うちの高校の誰かがツインテールにしていて、それが可愛かったから』が成立していないと言いたかったようである。

 ややこしいったら、ありゃしない。というか自分も正直こんがらがってきた。


 まあ、それはさておき。


「でもそれなら、糺ノ森(ただすのもり)先輩もじゃないかしら?」


「糺ノ森先輩はなんていうか、素人に真似出来る髪型じゃないと思いますわ」


「確かに」


 糺ノ森先輩は、毎日美容室帰りのような髪型をしている。

 とても手の込んだ、ツインロール。


「まるでチョココロネのようですわ!」


 確かにそう見えなくもない。チョココロネが二つぶら下がっていると言っても、間違った説明にはならないと思う。

 けれど、例え方としては良くはない。


「……それ、本人に絶対言っちゃだめよ」


「言っちゃいましたわ」


「この、おバカ!」


「わたくしはおバカではありませんわ!」


「はぁ……」


 溜息。言っていい事と、言っちゃいけない事くらい分からないのかしら。


「でも、糺ノ森先輩は喜んでましたわよ」


「糺ノ森先輩は心が広いものね」


「『若王子さんったら、とても愉快ですこと』って笑っていましたわ」


「それ、怒ってるわよ」


 まあ、糺ノ森先輩はなんだかんだ言っていい人だし、市子がこういう子なのも良く知っているので、本気では怒ってはいない––––と思う。多分。


「それと何故か、チョココロネを買ってもらいましたわ」


「うん、それ間違いなく子供扱いされてるだけだから」


 糺ノ森先輩は、市子の扱いが上手いと思ってはいたが––––なるほど。子供扱いをすればよかったのか。


「糺ノ森先輩は、音羽ちゃんと違ってすぐに怒りませんわ」


「悪かったわね!」


「怒ってばかりいますと、『音姫様』ではなくて、『怒姫様おこひめさま』になってしまいますわよ?」


「正直どっちも嫌ね……」


「音羽ちゃんは、笑っていた方が可愛いですわよ」


「……私、もしかして口説かれてるの?」


「こーんな、可愛いわたくしに口説かれて音羽ちゃんは幸せですわねー」


「随分なナルシストね」


 私がそう言うと、市子は壁に立てかけられた鏡を指差した。


「見て、音羽ちゃん。あそこに美少女が二人も居ますわ」


「そう、よかったわね」


「見て、音羽ちゃん。あそこの二人、付き合ってるそうですわよ」


「そう、知らなかったわ」


「どうして、音羽ちゃんはそう冷たいんですの⁉︎」


「まず、鏡に映った自分を指差して可愛いって言うのが絶望的に面白くないわ」


「ギャグに対する文句ですの⁉︎」


「次に、あそこに映っている二人は付き合ってるんじゃなくて、一緒に移動教室をしたり、一緒にお昼を食べたり、一緒に授業を受けたりしてるだけの関係よ」


「それはただの仲のいいクラスメイトって言うんですわよ!」


「ほら、分かったら大人しくしていてちょうだい」


「ワタシ、ツインテール、フエテル、リユウ、シリタイ」


「………………」


 ダメだこの子、何があってもツインテールの生徒が増えた理由を知りたいらしい。


「……それで、いつぐらいから増えたのかしら?」


「正確には把握しておりませんが、先週からだと思いますわ」


「ふぅーん、その頃に何かあったかしら……」


「全校集会がありましたわね」


「あぁ、確かにあったわね。そこで話す内容を一週間くらい考えていたから、よく覚えているわ」


 確か内容は、当たり障りないことと、来たる体育祭に向けての注意事項とかだった気がする。

 そういえば、その時に頭髪に関することを言った覚えがある。


「『クラスカラーのリボンで髪を編み込まないに』って言ったわね」


「そうそう、インスタとかでよく見て『可愛い』って、クラスでも評判でしたわ!」


「私もテレビドラマで見たことあるわ」


「とても可愛いヘアアレンジですのに……どうして禁止にしてしまいましたの?」


「髪型に気を配り過ぎて、体育祭に集中出来なかったら、元も子もないでしょ。一応内申点に響くのよ」


 もちろんうちの高校は、真面目な生徒達ばかりなので、そんなことにはならないと思うのだけれど––––この目の前のおバカは……正直怪しい。


「市子も勉強はダメダメなんだから、こういうところで稼がないとダメよ」


「わたくし走るの遅いから不利ですわね……」


「走る速さは関係ないわよ、イベント毎に対する熱意とか、態度とか、そういうのを見られるのよ」


「パン食い競争は頑張りますわ!」


「食べ物に対する熱意で頑張らなくていい。あと、パン食い競争は種目に無いから」


「去年はありましたわよ⁉︎」


「今年は無くなるって、会議の時に話したじゃない––––聞いてなかったの?」


「聞いてませんでしたわ!」


 うん、まあ期待はしてなかった。仕方ないので、その理由を市子に教える。


「レースのたびにパンを一回、一回、セットするのが時間かかるのよ。それで時間の都合上、今回は無しになったの」


「ぶー、音羽ちゃんのけちー」


「私が決めたんじゃないわよ、多数決で決めたのよ」


「音羽ちゃんのけちけちー!」


「はいはい、ごめんなさい。当日に美味しい菓子パンを買ってあげるから、我慢してちょうだい」


「やりましたわ!」


 単純過ぎて、心配になってきた。

 本当に体育祭当日が心配である。もちろん市子のこともあるが、体育祭の方も。

 体育祭実行委員を含め、多くの生徒が携わり準備してきたのだから、私が生徒会長なのを抜きにしても上手く行って欲しいと思う。


 この学校は、イベント毎にはやたらと気合いを入れており、体育祭のパンフレット一つとっても、完成度がとても高い。表紙とかも、知り合いの漫研の子がとてもいい絵を描いてくれたのを覚えている。

 まあ絵は上手いが、いたずら好きなのがたまに傷だけど。


 あ、そういえば、あの表紙––––


「市子、体育祭のパンフレットどこにあったかしら?」


「それなら、わたくしのカバンに入ってますわよ」


「ちょっと出してちょうだい」


「ちょっと待っていてくださいな」


 市子はカバンから、体育祭のパンフレットを取り出し、私に渡してきた。


「やっぱり……」


 表紙には、やたらと可愛いツインテールの女の子が、バトンを片手に走る絵が描かれていた。


「みんなコレに影響されたってわけね」


 これで問題解決である––––と思いきや、市子は首を横に振った。


「それもあり得ませんわ」


「……何故かしら?」


「先程も言ったではありませんか、ソレを理由にしたとしても、半分近くの生徒が同じ髪型にする程ではないと思います。あったとしても、一割がいい所だと思いますわ」


「さっきから気にはなっていたのだけれど、どうして市子にそんなことが分かるのよ」


「わたくしは、この学校のオシャレ番長ですのよ!」


「……そう」


「あっ、信じてませんわね」


「市子がオシャレなのは否定しないけれど、それがなんの関係があるって言うのよ」


「わたくし、流行りには結構敏感なのですけれど、流行りと言いますのは、全ての人にとって流行っているわけではありませんのよ」


「……熱でもあるの?」


「どうしてそうなりますの⁉︎」


「市子が、急に難しい話をし始めたから」


「平熱ですわよ!」


「まあ、でも言いたい事は理解出来たわ」


 流行––––最近だと『バズってる』とも言うらしい。だが、この『バズってる』という言葉をどれだけの人が知っているだろうか?

 おじいちゃんや、おばあちゃんは知っているとは到底思えない。

 そして、知っていたとして、使用している人はどれだけいるだろうか?

 仮に冊子を見て、ツインテールが可愛いと思いはしても、自分もツインテールにしようと思う生徒が、半分近くも居るとは思えない。それに、コレにそこまでの影響力があるとも思えない。

 ……もう一度考え直す必要がある。


 体育祭は、関連性が高い可能性はあるが、本筋ではなさそうだ。

 誰かがツインテールにしていたとしても、それを半分近くの生徒が真似をするのは考え難い。もちろん、このパンフレットの影響でもない。


 そういえば市子は、私か、井斉先輩か、自分がツインテールにしていたら、その可能性はありえると言っていた。良くも悪くも、生徒会メンバーは注目を集める。

 しかし、私はツインテールなんてしたことないし、井斉先輩はツインテールというよりもピッグテールだし、市子がツインテールにしたのも、ツインテールが校内で流行ったからである。


「……さっぱり分からないわ」


 私は白旗を上げる意味も込めて、市子にパンフレットを返した。

 すると、市子は何かが気になったのか、そのパンフレットの表紙を食い入るように見つめた。


「どうしたのよ」


「この表紙の子、ちょっと音羽ちゃんに似てますわね」


「まあ、髪の色とか、長さは一緒だけれど––––ちょっと待って、そのパンフレット、もう一回貸して」


「音羽ちゃん、急にどうしましたの?」


「いいから貸して」


 私は市子からもう一度パンフレットを受け取り表紙を見た……やっぱり。


「あっ、音羽ちゃん、さては分かりましたわね?」


「そうね、分かったわ––––ツインテールの生徒が増えた理由」


「わたくしは、分かりませんわ!」


 市子は大きさ仕草で悔しそうに、両腕をブンブンと揺らした。同時に胸も揺れた。萎めばいいのに。

 正直に言うと、私は答えの分からない市子をからかうのが好きである。

 なので、私はいつものように言う。


「なら、ヒントを出してあげるわ」


 市子は今日も嬉しそうに「やりましたわ!」と、胸を弾ませた(物理的に)。私は今日もソレを見なかったフリして、話を続ける。


「例えば、この学校専門のファッション誌があったとしたら、どう思う?」


 市子は少し考えてから、首を傾げた。


「そんなものありませんわよ」


「じゃあ、次のヒント。実は、この体育祭に限ればそれがあったのよ」


「……まさか、このパンフレットがそうだと言いますの?」


「正解」


「でもこのパンフレットはファッション誌ではありませんし、表紙の子が来ているのは体操着ですし、そもそも表紙の子がツインテールだからと言って、それをみんなが真似するとは……」


「なら、その似ている女の子が私本人だったとしたら?」


「確かにそれなら真似する可能性もありますが、あくまで似ているだけではありませんの?」


「じゃあ、最後のヒントね。その表紙を書いた子はいたずら好きよ。体操着をよく見てみて」


「……あっ、ふふっ」


 市子も答えが分かったようで、表紙を見て笑った。

 気持ちは分かる。私も、そのイタズラには笑うしかなかったのだから。


「じゃあ、答え合わせの時間ね」




 *




 体育祭当日、学校に到着すると、ほとんどの生徒の髪型がツインテールになっていた。

 私は苦笑いをしながら、体育祭のパンフレットを見る。

 表紙の女の子。ツインテールの女の子。その女の子のゼッケンには、『雲母坂きららざか』と書かれていた。

 悪戯というよりかは、悪ふざけの類と言える。まあ、こんな事で私は漫研の子を咎めたりはしない。


 だって、イラストの私は胸が大きかったから。

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