28.我が家の策士
「母上!」
屋敷に帰り着くなり、私は母上がいるサロンに飛び込んだ。
「あら、おかえりなさい。フェリックス」
私の様子などお構い無しに、優雅にティーカップをテーブルに置きながら微笑む母上。
サロンにはセバスチャンと父上もいる。
「母上! お土産があのソースだってどうして言ってくださらなかったんですかっ!」
「だって、言ったらきっと貴方嫌がると思って」
ニコニコといつもより1.5倍増しの女神のような笑顔に見惚れて一瞬言葉を失ってしまうが、すぐに気を取り直し母上に詰め寄る。
「それはそうですよ! 殿下への手土産があのような安物でいいんですか?」
ケヴィンたちが作ってくれた手料理を安物などとあまり言いたくないが、超一流の高級品ばかりが集まる王家への手土産がアレって…………
私の心中は分かっているはずだが、今日の母上はちょっといつもと違う。なんか、悪戯っ子のような、おてんば娘のような……イキイキしているように見える。
「たまには手作りの品も興があって面白いでしょう? で、殿下の反応はどうでしたか?」
「どうって……どうもこうも、後で頂くと言っていましたが。ほんと、心臓に悪いのでこれっきりにして…………」
「やっぱり毒味係の確認が1度入るわね。まぁ、なるべく多くの人に存在が知られる方が好都合だから丁度良いわ」
ぶつぶつと独り言を言う母上には私の存在は意識の外らしい。
そんな母上に眉を寄せるが、もう一つ確認しなければならないことを思い出した。
「もうっ! あ、それから! 売るってなんですか!?」
「売る? あぁ。あのソース、とっても美味しいでしょう? 売ればきっと人気になるわ!」
瞳を輝かせて立ち上がった母上はガバっと私の手を取り、ふんわりとドレスの裾を翻しながらクルクルと回る。
「スパイスたっぷりの料理界に新風巻き起こす二種類のソース。ソースひとつあれば、沢山のスパイスがなくても簡単に美味しい料理が作れてしまう優れ物! こんな画期的な発明が人気にならない訳がないわ!」
「は、母上っ!」
母上は優雅にクルクルと回転しながらサロン内をステップ踏んで軽やかに踊っているが、私は両手を掴まれドタバタと足下も不恰好に振り回されている。
「安心して頂戴。もうソースを取り扱ってくれる専売店は決まっているのよ。人気が出たら、領地に工房を作りましょう。材料になるバジルとトマトの栽培に力を入れるよう専用の畑も早速用意させたのよ。自領で材料までまかなえるようになるまでは仕入れる必要があるけど、そこも確保済みだからバッチリよ」
いつになく雄弁に話す母上。ソース販売計画は彼女の中で完璧に出来上がっているようだ。
それにしても、こんなに行動力のある人だったのか母上って…………
唖然としている私の頬にキスを一つ落として、母上はそうそうと付け加えた。
「セバスチャンへもお土産として持たせたのよ。ね、セバスチャン」
急に名前を呼ばれてキョトンとしていたセバスチャンだが、うん、と頷いた。
「えとね、パンに付けてサーラの父上と母上も一緒に食べたよ。美味しいって言ってた」
「あらあら! マリベデス侯爵も?」
歓喜の声を上げる母上と対照的にどんよりした表情で胃の辺りを押さえている父上。
「………………マリベデス侯爵だけならまだしも…………殿下に献上したということは、国王に献上したも同然…………本当に良かったのだろうか。ソースに付加価値をつけるのも確かに必要だが……………いや、そもそも…………」
ブツブツと独り言を呪詛のように呟き、自分の世界に入ってしまっている父上はそっとしておこう。
「あ、それでね。サーラの父上がね『こんやくのもうしこみをしたいからこんどおうかがいのてがみをだすっていっててね』って言われたんだけど。それってなに?」
セバスチャンの発言にサロン内の動きが止まった。