○第一話
俺は森谷 飛鳥。
女みたいな名前だと、昔よくいじめられた。今でもこの名前はちょっとしたコンプレックスです。
彼女にフラれた。
今日は丸一日、何してたのか何考えてたのか、覚えてないわ。
気づくともう0時をきり、俺は家に連絡するのを忘れていたことに気がついた。まぁ、俺も20だし 親も心配してないと思うけど。
…よし、今日は飲むかなぁ。
近くの立ち飲みバーに入ると、酒のにおいに心を奪われた。
お金持ちっぽいおじさんたちにまじって、少しふっくらした店の女の子に
お酒を持ってきてもらう。
とりあえず軽い酒から飲んでいってしばらくすると、程よく酔えた。
「そこのバーテンの兄ちゃん、いいかね?」
隣に立った白ひげのおじさんが、バーテンダーを呼んだ。
すると、すぐにおじさんの前にバーテンダーが立った。
「はい、いかがなさいましょう?」
大人っぽい口調が年上を感じさせるが、そのバーテンダーは背が小さく、とろんとした瞳をしていたため、一瞬高校生かと思った。
「すまんが、カクテルを頼むよ」
「はい、かしこまりました。」
客から注文を受け、バーテンダーはカクテルを作り始めた。
ずっと見つめていた俺の視線に気がついたそいつは、目を細めてふわっと笑った。心臓の鼓動が、急に大きくなるのを感じる。
待て待て、俺。こいつ男だぞ。女に振られたからって、そっちの方に走ることはないぞ。早まるな、俺!
しかしそいつはすぐに俺から視線を外し、目の前の客に目を向けた。
そしておじさんにカクテルを手渡し、俺に向けたような笑顔で話をする。所詮は営業スマイルか…。
少しがっかりして、そのバーテンダーをしばらく見つめたのち、
「あんた、名前なんていうの?」
なんとなく聞いてしまう。
バーテンダーはびっくりした顔で俺を見た。
「…ぇ…ぼ、僕ですか?」
「そう、あんただよ。俺は飛鳥。…名前教えて?」
そう言うと気が抜けたようにふっと笑って、そいつは答えた。
「…智と呼んでください」
「じゃあ、もうひとつ。あんたいくつなの?」
智と名乗るバーテンダーは、仕事の手を休めて俺と会話してくれる。
「今年で20になります」
「マジかよ、俺と同い年だよ。へぇぇ…もっと幼く見えるよ」
「…へへ、それよく言われちゃうんです」
一応頑張って大人っぽく見せてるつもりなんですけど、と、智くんは無邪気に笑う。さっきより打ち解けた気がする。
「…ぁ、じゃあ飛鳥さん、ゆっくりして行ってくださいね」
バーの店長に呼ばれて、智くんは店の奥に行ってしまった。
(なんか、いい出会いしたなって感じ…。)
俺はまだ少し香る、智くんのコロンのにおいに気を取られながらも、またこようと店の位置を再確認していた。
このときから俺は、もうすっかり智くんに惚れていたのかもしれない。
3日後、暇ができたので智くんが働くバーにまた顔を出した。
「あ、飛鳥さん。また来てくれたんですね」
正直智くんに忘れられていないかドキドキしたが、変わらない智くんの笑顔に、ホッとした。
今日は智くんの前をキープするため、わざと早い時間に来た。
予想通り、バーの客は夜に比べてまばらだった。
「こんにちは、今日は智くんに会いに来たよ」
「そうなんですかぁ?飛鳥さんって、面白い人ですね」
そういって笑いながらも、智くんは机を拭く手を止めてくれない。
まったく相手にしてないってことだろう。
「…ね、智くん。明日の日曜、俺と遊んでくれない?」
身を乗り出して返事を期待するが、智くんは悲しそうな顔をして手を止めた。
「…すみません。明日は空いてないんです…」
「じゃあ、仕事休んでさ。一日くらい休んでもいいじゃん!」
「…でも、僕まだバイトなのに休むなんて、できないんです」
本当にすみません、と頭を下げて、智くんはまた仕事に戻って行った。
まぁ、さすがに出会ってすぐじゃあ、そこまでしてくれないか…。
夜。自宅のベッドの上で、俺は今 考え事の真っ最中。
「はぁ…」
最初はできるだけ、佳奈美のことを考えるようにしてた。でもいつのまにか、俺の頭の中は智くんでいっぱいだった。
俺はがっくりとうな垂れた。
「…俺ってば、いつのまにこんな…」
4日前までは佳奈美のことしか考えられなかったのに…。
「……ごめんね、智くん…佳奈美…」
俺、なんかゲイになっちゃった…