言葉の意味
ピンポーン。
玄関の向こうで呼び鈴がなる。
その音で一気に緊張感が僕の中で走った。
玄関は開く。
一つの問題点は難なくクリアした。
「希くん。しつこいぞ」
結愛の親父さんの声に、口を開こうとした時に坂下さんが先に喋った。
「すいません、私は希くんの担当ナースの坂下いさぎと言います」
「担当ナース?」
「担当?」
僕と結愛の親父さんはほぼ同時に坂下さんを見た。
「はい、担当ナースです」
ここは坂下さんに任せる事にした。
「それで何の用ですか?」
「はい、まず結愛さんの話について――」
「お引き取りください」
「そういう訳にもいきません」
「たかがナースが首を突っ込む話じゃないんだ」
「たかが、ですか。ではあなたは生きてほしいと願った人が死んでいく辛さを何十回も耐えられますか?ま、貴方からしたら『たかが』ナースかもしれません。ですがその『たかが』ナースも浅木くんから話を聞いている以上見て見ぬ振りも出来ないんです」
怒っているのか、『たかが』という言葉を強調しながら話を進める。
「どんなモットーをお持ちかは知らないが、話す事は何もない」
「何故ですか」
「そいつには結愛と関わるなと言ってあるんだ。伝える必要があるのか」
「あります」
坂下さんははっきりと、簡単な言葉で伝えた。
「分かった。つい先日浅木君のように働かない人間じゃなくて、働いている結愛の同僚がお付き合いの相談に来た。好きな奴から結婚を断るなんてそんなもの『偽りの愛』に決まっているだろ。だからそのお付き合いを許可したんだ。だから浅木くんはもう関係のない話だ」
一つひとつの言葉が胸に刺さる。声を荒げたかあった。全てに反論したかった。深呼吸をして反論しようとした時に、また坂下さんが先に口を開く。
「本当に何も分かってねぇんだな……」
一瞬誰が言ったのか分からなかった。それほどに声を低くして言っていた。
「浅木くんは、今日を含めてもあと二日の寿命です。もう午後にもなって24時間生きていればいい方なんです。だから結婚の申し出を断った。それがどれだけ辛いか分かりますか?私には分かりません、これで分かったなんて言う事は無責任にもほどがあります。本当に好きだから、『真実の愛』だったからこそ結婚の申し出を断ったんじゃないんですか」
僕の気持ちを見透かされている気がした。
僕の代わりに怒ってくれて、僕の気持ちを代弁してくれて、やっぱり最高の人だ。
「ありがとうございます。ここからは僕に任せてくれませんか」
坂下さんは静かに車の方へ戻って行った。
「そんなコスプレさせてまで必死なんだな。哀れに見えるよ」
「もう勝手に吠えていてもらって構いません。ただ一つだけ言わせてもらいます。斉藤実だけは駄目です。我欲のためなら手を血で染めかねない人です」
「そんな言葉に惑わされるとでも思っているのか」
「それと結愛はどこにいますか」
「何で話をそらすんだ」
「僕はさっき言いましたよね。勝手に吠えててくださいって」
「……チッ」
結愛の親父さんは腕を振り上げた。
そのまま動かずに腕は小刻みに震えていた。
このまま話しても殴られそうなのでもう帰る事にする。
「今日までありがとうございました」
そう伝えて坂下さんのところへ歩いて向かった。
僕たちは同時に乗車した、
「何、煽ってたの?」
「いえ、坂下さんをコスプレさせて、必死だの言われたので制服派と言ったらああなりました」
「じゃああのお父さんはナース萌えする人?」
「じゃないですか?」
なんて冗談を言うほどには心は楽になった。
坂下さんはどこまで計算していたのか分からないけど、ありがとうだけじゃ足りない。
「何か欲しい物無いですか?」
「え?浮気?」
「違います!……ただ感謝をしたくて」
坂下さんの冗談は重すぎる。たまに冗談に聞こえないこともあり反応に困る。
「感謝か~……じゃあ「ありがとう」って言ってよ」
「そういううのじゃなく……」
「これは冗談じゃないよ。本気お願い」
それじゃあ足りないと思って聞いたのに、これでは本末転倒だ。
「人間は言葉に出さなければ伝わらない存在だ。ま、文字は例外だけど。物のプレゼントだけだと伝わらない時だってある。明確で簡単なのに一番伝わり心に響くもの。それが『言葉』と言うわけさ」
「……」
「それで私は今一番、言葉での感謝が欲しんだ」
「言葉での……」
「浅木くんも同じと思うけど言葉では足りない感謝があると思ってないかい?それは間違いだよ。言葉での感謝が一番重い、だから言葉でのいじめも辛いんだ」
「あり……あ…」
改めて言おうとすると恥ずかしくてたまらない。
でも、この流れは言うしかない。
「ありがとう……ございます」
「声小さいけど、お姉さん優しいからそれでいいよ」
もう十分意地悪だ。




