私、アイドルになれました!
その直後にチャイムが鳴り、担任の先生がやってきてHRとなったので、吉岡とは話す機会がなかった。
しかも、担任は国語の教師でもあって、1時限目がその国語だった。
休み時間がきてようやく機会を得たが、僕は吉岡よりまず、桜井亜矢の方へ歩いて行った。吉岡にも言いたいことはたくさんあるが、さらに気になるのは、彼女の方だったので。
亜矢は例によって始めから僕の方を見ていたので、目配せして教室を出ると、時間を置いて後からついてきた。
僕は廊下の端にある階段を上り、屋上へ出る踊り場のところで立ち止まった。
「それで、どういう事情?」
後からしずしずと上ってきた亜矢に尋ねる。
「……え?」
小首を傾げて本気でわからない顔をする彼女に、さすがに眉をひそめた。
「わからないか? 僕と同じ高校に進学するなんて聞いてないし、ましてや同じクラスになるなんて、偶然とは思えないだろ?」
「あ、はい。もちろん偶然じゃないです、最初から決まっていた必然です」
納得がいったように、亜矢がコクコク頷く。
「守さんの進学先を知った段階で、私が事情を話すと、うちの祖母が、わざわざこの学校の校長先生に頼んでくれました」
笑顔で当然のように説明する。
……今の亜矢には、身内は祖母しかいない。そしてあの人は、僕を例外とすれば、亜矢の病気について唯一理解している人でもある。
普通はそんな症状自体、嘘だと思うだろう。
「今更ですけど……守さん、お久しぶりです」
にこやかに亜矢が一礼した。
呼び方を注意しようとして、思い出した。
そもそも、最初は人前でも平気で「守さま」と呼ぼうとしていたのを、「どうしてもと言うのなら、人目のないところに限って、さん付けでもいい」というところまで妥協したのは、僕自身である。
ある事情により、亜矢は冗談抜きで僕を自分の「上位者」だと勘違いしていて、全ての行動指針を僕の判断に委ねようとする。
文字通り、僕に自分の人生を丸投げしているのだ。
彼女にとっては、それが一番自然なことらしい……難儀なことに。
多分、戦国時代の主従関係どころじゃないだろう。
「中三の進路選択の時、特に何も訊かないなぁと思っていたら、最初からこうすると決めてたんだな」
別に質問じゃなく、僕は呟く。
それが、亜矢にとっては当然で当たり前のことだと、どうして僕は気付かなかったのだろう。
……あと、三年前に亜矢に「あの頼みごと」をされた時、どうして僕は断らなかったのだろうか。
間が悪かったとしか、言い様がない。
亜矢も、当然のことなので特に答える必要はないと思ったのか、ふいに話を変えた。
「あの、守さん。ご報告があります」
「なに?」
吉岡の件かと身構えたが、そうではなかった。
「私、アイドルになれました!」
「……えっ」
驚くと同時に、僕は慌てて自分の記憶を探った。
そういえば、中学三年の後半くらいに、「もうすぐ進学ですが、今後私はどうすべきでしょうか?」と亜矢に真顔で問われ、僕はちょっと考えてから「アイドルを目指すのはどうか」と答えた気がする。
別に悪意からの提案ではなく、全方位的に愛想よくすべきな職業を目指せば、自然と今の病気も快方へ向かうのではないか? などと甘いことを考えたからだ。
この子のことだから、当然、本気で目指すだろうとは思っていたし、今はその努力中だろうなと、僕は勝手に思っていた。
それが、こんなに早くか!