当然のように吉岡が僕の隣に座る
翌朝、僕は意識していつもの時間から大きくズレないように調整し、登校した。
人殺しなんて大胆なことした後は、行動パターンを変えない方がいい。
あいにく、「朝に弱くて」と雑談の中で愚痴っていた吉岡は、まだ来ていなかったが。いかにも低血圧そうな感じだしヴァンパイアだし、ある程度はやむを得ないだろう。
……まだ正式な席替えはしていないので、僕は窓側の空いた席に座った。
すると、後から教室に入ってきた友人の谷川が僕を見つけて片手を上げ、隣にどさっと座った。
「おー、八神はいつもはえーな」
中学以来の腐れ縁のせいか、明るく声かけなどしてくれた。
「いやぁ、単におまえが遅いだけだろうと。また再放送の古いアニメでも見てたかー?」
実際、もう八時十五分になるところだ。
「はははっ、そっちは録画さ。遅いってのは、HRのチャイムが鳴った後に入ってきた場合だろっ。俺は普通だ、普通」
「普通の高校生男子は、朝からサリーちゃんの録画なんかしないって」
……こういうくだらないやりとりができるのは、僕が意識して三年前以前の自分を演じているからだ。
その頃は、僕だって年齢相応で、今ほど壊れていなかった。
今の素のままだと、暗すぎてドン引きされる恐れがある。
そうすると、三者会談などで呼ばれた明日香さん(義母)なんかが、「普段の八神君は誰とも会話しなくて」なんて担任から打ち明けられて、どっと心配する可能性があるからな。
こう見えて、僕は身内には気を遣う方なのだ。
義母の明日香さんは、うちの呪われた亡父とは籍を入れる前だったし、奴が死んでからは、あいつの連れ子である僕とは、もうなんの縁も責任もないはずなのだ。
それでも、未だに生活を支えてくれている彼女には、それくらいの負い目がある。
「ところでさ、昨日訊こうと思ってたけど、おまえ、あの妖精みたいな美少女と、どういう関係なんだ?」
谷川が、興味津々の目つきで身を乗り出す。
……なるほど、それで隣に来たか。
「いや、別に。入学前にちょっと知り合ったくらいの関係かな」
「ちょっとねぇ……おまえのちょっとは最終段階に近い気がするな……あの時の彼女の目つきを見れば」
「気のせいだろ? 明るく健全な友好関係だよ」
昨晩、ストッキング越しとはいえ、吉岡の太股を触りまくった件はおくびにも出さない。
「けっ、嘘つけー」
どのみち、信じてもらえなかったが。
「ま、桜井には気をつけろよ。彼女、だいぶ気にしてるようだったから」
「は、桜井? 桜井って桜井亜矢?」
「……他に桜井って名の知り合いがいるのか、おまえ?」
呆れたような目つきで見られた。
「中学の三年間、ずっと同じクラスだったんだろ? 忘れるなよ」
「いや、でも進学したし――て、まさか桜井もこの高校?」
「……は?」
呆れたような目つきが、度し難い馬鹿を見るような目つきへとレベルアップした。
「同じ高校どころの騒ぎじゃない。昨日もいただろうが。後ろを見ろよ」
焦って振り向くと、最後尾の席にいた子と、ばっちり目が合った。
少女漫画みたいな大きな瞳をした、桜井亜矢その人である。
前は後ろで髪をまとめていたのに、今はストレートロングの髪型に変化している。
……それで、気付かなかったのか。
彼女は――僕を見つめて柔らかく微笑み、小首を傾げた。
「うわっ」
慌てて向き直ると、僕は谷川にガミガミと八つ当たりした。
「中学の三年間はともかく、こんな偶然があるかっ」
「偶然じゃないのかもな。だいたいおまえはモテすぎ――」
愉快そうな顔で言いかけた谷川は、そのまま口を閉ざしてスライドドアの方を見た。
谷川だけではなく、クラス中が妙に静まり返った。
……密かに大勢の注目を浴びつつ、外人さんみたいな真っ白肌の吉岡が、教室に入ってきた。
しかも、「教室では目立たないようにしような」と昨晩話して相互理解を得たはずなのに、彼女は悠然と歩いて僕の脇まで来た。
机に置いた僕の掌にそっと自分の手を重ね、囁く……わざわざ身体を折り、僕の耳元で。
「……おはよう、八神君」
それからちらっと谷川の方を横目で見た……ある種の意図を持って。
十分に伝わったと見えて、谷川は慌てて立ち上がり、「ええと、俺実は他の席に行こうと思っててさー」などと呟き、速攻で移ってしまった。
そして、当然のように吉岡が僕の隣に座る。
……正直、頭の痛い展開だった。