あたし、少し胸が大きくなったのよ
いつもよりだいぶ遅くなってしまったが、神社でのやりとりを終えた後、僕らは帰路についた。僕は自宅へ、そして吉岡は現在泊まっているホテルへ。
「正式に住む場所を決めるのなら、八神君の自宅のそばがいいわ」
などと弾んだ声で言ってくれたが、どこまで本気なのかね……。
彼女と別れてから自宅へ帰ると、既に時刻は二時を過ぎていた。
でもまあ、僕の場合、そういうことも時折あるので、家族は別に慌てて通報したりしない。
僕もこっそり鍵を開けて中へ入り、自分の部屋で素早く服を脱いで眠りにつくだけだ。
いつもの日常である――と思ったのだが。
……うとうとしかけてはっと目を見開くと、なぜか暗闇の中に義妹の葉月がぼおっと立っていた。胸にノートを抱いて。
これもまあ……時折あるといえばある。
その手のことに鈍いこともあるが、僕も特に騒がない。
普段のこの子は、僕に懐いているとても可愛い義妹なのだが、なぜか僕のことが絡む時に限って、奇妙な面を見せる時がある。
海の底から、突如として得体の知れない何かが浮かんでくるように。
「どうかしたか?」
僕がそっと尋ねると、葉月はゆっくりと笑顔を広げた。
かなり無理しているように見えた。
「おにいちゃんが遅かったから、少し心配で。それと、交換日記渡そうと思って」
「ああ、今度は僕の番だったな」
血の繋がらない兄妹同士で、交換日記……当然、僕の趣味じゃない。
以前、どうせすぐ飽きるだろうと思って葉月の「おねがい」を快諾したけど、三年経つ今でも、葉月は飽きていないらしい。
夜中の二時過ぎに、義兄の部屋に日記持ってくるほどに。
「机の上に置いといてくれ」
「うん」
葉月は素直にノートを置き、出て行こうとした――が。
ふいに足早に戻ってくると、いきなり僕の上にぶわっと顔を寄せてきた。ホラー映画の脅かし場面のごとく。
僕が黙って見守っていると、可愛い小鼻をすんすん言わせ、呟く。
「……女の人の香りがする」
「ああ、クラスメイトと会ってたからな」
僕が最低限の情報を明かすと、「好きなの?」と低い声で尋ねた。
そうストレートに訊かれるとわからないな……好意はあるが、僕の好意は好きと呼んでいいものかどうか。
「少なくとも、葉月は好きだな」
小さな手を握ってやると、張り詰めていたものが抜けたような感じで、葉月がため息をついた。
「はぁあああ」
さっきの吉岡のため息と似ていた気がする。
「もうお休み……明日も学校なんだから」
「うん」
ようやく笑顔になった葉月が、こくりと頷いた。
「明日の朝食、なにか食べたいものある?」
「明日香さん(義母)、また取材なのか?」
「そうなの。数日帰らないって」
「そうか……じゃあ、オーソドックスにトーストと目玉焼きで」
「はぁい」
とてとてと部屋の外へ出ようとして、出口で振り向く。
「あたし、少し胸が大きくなったのよ」
なんだか嬉しそうに報告してくれた。
――なんだそれ? どんな返事を期待しているんだ、僕に。じゃあ次は女の子の日だなっとでも答えればいいのか?
戸惑ううちに、葉月は「おやすみなさい」と挨拶して、そのまま部屋を出て行った。
……子供といえども、女の子の気持ちはわからん。
僕は息を吐いて、目を閉じた。